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第100話 シューベルト/未完成交響曲

飯山(いいやま)康介(こうすけ)view~


『本当に飯山かよ! 久しぶりに声聴いたよ! 何十年ぶりだ!?』


「何十年なんて言うほどじゃないだろ辰巳(たつみ)。せいぜい二十……いや、言うほどか。歳食ったなぁ……」


 通話中のスマホから笑い声が聞こえる。懐かしい。そういえばちょっとクセのある笑い方をする奴だった。

 通話相手の辰巳は大学時代の人力飛行機サークルメンバーだった同級生であり、そしてパイロットになる()()だった男だ。


 こうして電話をかけるまでが大変だった。

 なにせ大学を卒業してからもうずいぶん経っている。未だに連絡を取り合える同窓なんて片手で足りるほどで、その中に辰巳や、辰巳に近しい人物はいなかった。

 そもそも電話番号というものが、このSNSやメッセージアプリ全盛時代において死にかけの個人情報だ。最初は途方に暮れそうだった。

 しかしどうにかSNSの検索機能を用いて本人のアカウントに辿り着き、コンタクトを取って電話番号を交換することに成功し、今に至る。


『で、電話までしてきて突然どうした? 不動産投資、マルチ、宗教勧誘、全てお断りだぞ』


「しないよ。僕がそういうことするように見えるか?」


『冗談だよ。……と言いたいところだが、音信不通だった奴がいきなり接触してくる場合の定番コースらしいんだってよ』


「ああ、うん……。音信不通だったのは本当に悪い」


 大学を出てからというもの、サークルメンバーとの交流は皆無に等しかった。

 そうなってしまったのは僕の心の弱さが原因であり、言い訳の余地もなかった。


『まったくだ。飯山に伝えたいことがあったのによ。全然連絡つかないから諦めてたんだぜ』


「僕に?」


『六年前……いや、年越したから七年前の話だな。俺はまた鳥コンに出場したんだ。放送観てたか?』


「……いや、ごめん。観てなかった」


『なんだ。観てなかったのかよ』


「そうだ。そうなんだよ。僕はあれからずっと……。あの日からずっと、目を背け続けてるんだ」


『……そうかよ』


「でもな、辰巳。最近娘に言われてしまったんだ。『後悔を後悔のままにしないほうがいい』ってさ」


『娘! お前にそんな大層なこと言う娘がいるのかよ。いくつだ?』


「高一だよ。しかも双子だぞ」


『高一! 双子! はあぁ。独身の俺には想像もつかねえや。しかもお前相手に説教って! 面白い娘さんだな。いや、この場合はよくぞ言ってくれたと言うべきか』


「ん……」


 よくぞ言ってくれたか。そうだな。痛いところを突かれてしまったよ。


『後悔してるんだろ。あの選考落ちの封筒を開けたあの日からずっと。だから俺に……あの日一番みっともなく泣きべそかいてた俺相手に電話を寄越してきたんだろ』


「みっともなくなんて、そんなこと言うなよ。僕はお前のあの涙が羨ましかったんだぞ」


 あれは本気で銀翼に青春を賭けていた男の涙だった。あれほどの想いを抱えて向き合っていたお前が羨ましくて、一方で一滴の涙も湧かずひたすら虚無感に苛まれていただけの自分がどれだけ惨めだったか。

 笑って終わることも泣いて終わることもできなかったという、数ある後悔のひとつだった。


『恥ずいこと言うんじゃねえよ。お互いもうオッサンなんだからよ』


「オッサンになったからこそ言えることだってあるんだよ。それより、大会出場したんだっけ? どうだったんだよ結果は」


『飛んだ。飛べたよ、ちゃんと。空に』


 ――飛んだ。

 その一言に万感の思いが込められていた。


「そうか。良かったな」


『ああ良かったよ。本当に飛べて良かった。飛ぶまで大変だった。最初は俺一人でチームを立ち上げたんだ。ずっと独りでちまちま作って、声かけて回っても休日に一人か二人手伝いに来る程度で。最初のテストフライトまでに五年もかかった』


「ファーストフライトまで五年か……」


『だって俺、パイロット出身だぞ。機体製作の全体像までは知らねえし。ほとんど知ってるお前に手伝ってほしくて探したけど連絡つかねえし。製作チーフのお前がいたら二年は短縮できただろうに』


「すまん……」


『んでな。さすがにテストフライトは人数集めないとできないから、強引に大勢巻き込んで飛ばしたんだわ。でも全然飛ばなくて。そしたら何人かが見てらんねーわとか言ってめっちゃ手を出してくるようになって。設計図もごっそり書き替えられて。挙句の果てには機体は俺達が作るからお前は(エンジン)を鍛えてろって言われてよ! 俺は最初からそうしたかったわ!』


 一人で盛り上がってギャハハと笑い飛ばしている。

 僕はこの会話を電話越しにしていることが惜しいと思った。居酒屋でサシでするべきだった。


『で、結局またそこから三年かけて機体を完熟させて、大会にエントリーして出場が叶ったわけだ』


「だいぶ時間かけて準備したんだな」


『そりゃあもう。一度飛ばしたら今度こそ次は無いって覚悟だったからな。金もありったけ注ぎ込んだし。大会側に馬鹿正直に総額を教えたらオンエアでそのまま紹介されちまってよ。そのせいでSNSでは社会人チームはカネ使い過ぎでズルいだのなんだの言われたわ』


「いくら使ったんだ?」


『ざっと七百万だな』


「おおう……」


 思った以上に注ぎ込んでいた。

 人力機製作予算の相場はだいたい百万円だ。それと比べるとべらぼうに高い。

 いや、でも製作期間八年とすると妥当ではある……か?


『社会人チームはズルいとか言われても、大学生チームだってだいぶズルいよな。平日の午後からでも人工(にんく)は集まるし、倉庫代は当然通年無料。予算だって学校やOB・OG会からある程度まとまった金額が入ってくる。学校にある工作機械や専門ソフトだって使える。休日の貸し倉庫で、少人数でちまちま作ってきた身としては羨ましい限りだ』


「そうか。あのときの僕らは恵まれてたんだな……」


 たぶん倉庫代は相当かかっただろう。総額から察するに、一部の部品は外注もしたんだろうと思う。


「しかしネットで叩かれたなんて災難だな」


『いや気にしてねえよ。むしろ誇らしい気持ちだぜ。俺はここまでやり切ったんだぜってな』


「ってことは結構距離飛んだ?」


『まあな。二位だった。一枚ペラ機では歴代最高記録だ』


「すごいじゃないか! しかも一枚ペラ? なんでそんな特異な仕様を」


 人力飛行機のプロペラは二枚の(ブレード)で作るのが主流だ。

 一枚羽のプロペラは二枚のそれよりもパワー効率に優れるのだが、重量や推力、抗力のバランスが悪く振動問題を発生させる弱点がある。それらを相殺するカウンターウエイトなどの対策を施すと効率のメリットが薄れてしまうので、一枚ペラ機は亜流とされる。

 最近のは観ていないからわからないが、少なくとも僕の現役時代には一機もいなかった。


『使いたかったプロペラがあってな。そのプロペラは一枚しかなかったんだ』


「使いたかったプロペラ?」


『俺が墜落したときのだよ。あのプロペラ、一枚はグシャグシャに壊れたけどもう片っぽは無事だったじゃん。残ったほうはもう誰も使わないって言うから、俺が貰ったんだ』


「えっ? あのときのプロペラを? お前が持ってたの?」


『そうだ。俺が持ってた。ずっとそばに置いて、絶対にこいつを琵琶湖の空に飛ばしてやるんだって思ってた。卒業してみんなバラバラになっても、お前や、皆が汗水垂らして作ったこのプロペラだけでも付けて飛ぶんだって』


「…………」


 言葉が出なかった。

 あの日墜落してバラバラになったあの機体が。

 飛べない翼になってしまったはずの僕の機体の一部が、何年もの歳月を経てから一人の男の執念で空に飛び立っていただなんて。


『まあ一枚ペラとして使うためにだいぶ改造して原型がなくなりかけてたんだが、それでも正真正銘あのときのプロペラだったぜ』


「辰巳……お前どうしてそんなことを……」


『どうしてって、そんなの決まってるじゃん。皆をあの空に連れて行くのがパイロットである俺の使命で、後悔で、夢だったからだよ』


 夢だった。

 あの機体を飛ばすことが、あの日の僕ら全員の夢で、もうとっくに諦めていたことだった。

 けれど、知らないうちにそれは叶っていた。


『大学の時、大会が終わったら皆に言おうって決めてたことがあったんだ』


 なにを。と聞き返すこともできず、僕は息を吞んで言葉を待った。


『俺のために翼を作ってくれてありがとう』


「あ……え……」


 僕はもう間の抜けた声しか出てこない。

 それなのに、辰巳の声は満足感に満ち溢れていた。


『……やっとだ。やっと言えた。飯山、お前で最後だ。これで俺の物語は完成した。ありがとう。最高のプロペラだった!』


 お前が飛ばしたのはほとんどお前自身が作ったもののはずなのに。

 何十年も前の義理を、それも今まで目を背けていたような僕にまで果たしてくれた。

 ああ、お前ってやつは……。


「こっちこそ、ありがとう、辰巳。空に……僕らの夢を乗せて行ってくれて……。ごめん……ほんとに、ごめん……ありがとう……」


 声が震えていたかもしれない。いい歳したオッサンが恥ずかしい。

 でも、お前がパイロットで良かった。

 そしてこんな僕が製作チーフで、本当に、ほんとうに申し訳なかった。


 ごめん。ありがとう。



 **



 それからまたしばらく話した後、通話を切った僕はリビングのオーディオを起動した。

 ブルートゥース接続のレコードプレーヤーにレコード盤をセットし、針を落とすと荘厳なシンフォニーが流れ始める。


 シューベルトの交響曲第七番『未完成』


 全四楽章のうち、完成しているのは第一、第二楽章までで、第三楽章が書きかけのまま作曲が中断された曲である。

 三年目に大会直前に棄権し、最後の四年目は書類選考落ちで何もすることなく終わった僕の鳥コン人生のような未完成具合だ。


 しかしこの交響曲は未完成ながら絶大な支持を得、レコード業界ではベートーヴェンの『運命』と双璧を成すドル箱として君臨していたほどだ。

 書きかけの第三楽章は完成度が低いとも言われ、作曲を中止したのは正解だったという声もある。

 そのことが、未完成であることも悪いことじゃないと思わせてくれていた。

 未完の名作なんて、考えてみればよくある話だ。特に連載モノの漫画や続刊小説なんかは、国民的人気タイトルでも完結の気配がない作品が山ほどある。

 連載中は大人気だった作品でも、結末で評価を落としたなんて例もある。

 ゆえに僕は、未完成であることを否定した九音の訴えに対して懐疑的だった。しかし――


『……やっとだ。やっと言えた。飯山、お前で最後だ。これで俺の物語は完成した。ありがとう。最高のプロペラだった!』


 己の物語を美しく完結させた男のセリフに、僕の心は強く揺さぶられた。

 未完成でいいなんて間違いだったかもしれない。そう思うほどに。


「九音にはどうも敵わないなぁ……」


 うちの娘たちは、もうとっくに僕より先へと進んでいるのかもしれない。

 ここはひとつ彼女の信じる道を信じてみようじゃないか。父親として。ただの考える(アシ)として。


「なあ、シューベルト。あんたもこの曲を完成させたらよかったんじゃないか」


 未完成の傑作を響かせる円盤は、ただくるくると回り続けるだけだった。



おかげさまで(?)第100話に到達しました。

現時点で35万文字を突破しており、執筆当初の完結予想文字数になっていますが、完結までまだこの章を含めて三章残っています。やばい。長期戦に突入してしまったか……。

夏真っ盛りに新年の描写を書いていてて季節感ないなとも思っていたのに、気がつけば季節に追いつかれそうです。書き終わるころにはたぶん追い越されてるかも!?

兎にも角にも執筆は引き続き頑張ります。応援してもらえたら嬉しいです。

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