第9話 花金
~花音view~
金曜日。今日は昼休みに生徒会立候補者向けの選挙説明会がある。
「花音~。行くわよー」
「すぐ行くー」
昼休み開始と同時に教室へやってきた九音と一緒に生徒会室へ向かう。
「大河先輩に会ったら、いつ絵ができそうか聞いてみようかなー」
「またあの男の話ぃ?」
「先輩の話じゃなくて、絵の話だよぉ」
「同じことでしょ」
「違うと思うけどなー。九音が先輩に思うところがあるのはわかるけど、そんなにツンツンしちゃ理不尽だよ」
「そんなこと言ったって……」
「先輩が九音に攻撃したとかじゃないんだから、傍から見たら九音の言いがかりだよ。今日にでも謝ったほうがいいって」
「ふん……」
これは当分だめかなぁ。
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そんなやりとりをしつつ生徒会室に到着すると、部屋の中は明かりが消えており、鍵も掛かっていた。
二人で「今日で間違いなかったよね?」と若干不安になりながら待っていると、二人の男子生徒がやってきた。
「ごめんごめん。待たせちゃったね。ここ、二年の教室からは遠いから」
謝罪しながら鍵を開ける武藤会長。もう一人は、眼鏡をかけたちょっと強面の知らない人だった。
「君たちが立候補者ですね。はじめまして。俺は内城。よろしく」
見た目の印象とぴったりのバスボイスだったが、やけに畏まった口調で挨拶された。なんというか、武人のような人だ。
「はじめまして。飯山花音です。よろしくお願いします」
「妹の九音です。よろしくお願いします」
「双子とは聞いていましたが、本当によく似ていますね」
「あはは。よく言われます」
「内城先輩は副会長ですか?」
「今はそうです。でも、次期副会長は君たちのどちらかにやってもらうので、俺は会計に立候補しますよ」
「え? どうしてですか?」
「副会長職は次期会長への足掛けですからね。一年生が務めるのが通例なのですよ」
「なるほど……」
「まあ、会長以外の役職は実際はどれも名ばかりで、都度分担しながら仕事をすることになるだろうから、気負わないでくださいね」
何事もなく挨拶が済んだところで武藤会長から声がかかり、この場の全員が入室した。
**
先輩たちと私たちの四人に加えて、選挙管理委員会の方たちが着席したところで、武藤会長が口を開く。
「全員集まったね」
「え? これで全員ですか?」
「うん。これで全員」
「生徒会役員は全員参加するって聞きましたけど、大河先輩は?」
「先輩はほら、非正規役員だし……。一応声は掛けたんだけど、今日はもう帰っちゃったらしいから」
「帰った?」
午後の授業はどうするつもりなの?
「絵を描くから帰るって言ってたよ」
それを聞いた隣の九音は、あからさまに嫌そうな顔をする。
ここのところずっと、学校以外では原稿に生活リソースのほとんどを注ぎ込んでいる九音にとって、平日の正午から絵を描きに帰宅できるというのは羨ましいことこの上ないだろうし、それが先日舌戦を繰り広げた大河先輩なのだからなおさらだろう。
「まあそういうわけだから、このメンバーで始めるよ。時間もないしね。じゃあ今から配るプリントをもとに説明するから、質問があれば聞いてね」
その後は一通りの説明を受け、食事の時間がとれる余裕があるうちに解散となった。
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「花音は今からお昼? ずいぶん遅いね」
「泉美」
教室に戻ってお弁当を食べていると、泉美が話しかけてきた。
大河先輩と知り合ってから、秋谷さんだと先輩と混同して紛らわしいということでお互い名前呼びに変わった。
私にとって、小学校までは双子ということで名前で呼ばれることが普通だった。中学からは姓で呼ばれることが増え始めてはいたが、やっぱり名前呼びのほうがしっくりくるので、このほうがありがたい。
「あっ。そういえば生徒会選挙の説明が今日だって言ってたっけ」
「うん。さっき終わったとこだよ」
「そっかそっか。お疲れ。何に立候補するの?」
「なんか成り行きで副会長に立候補することになったよ」
「へー! じゃあその次は会長だ! 出世頭だね~」
そういえば泉美に聞いてみようと思ってたことがあった。
「ねえ、大河先輩がもう下校してるらしいんだけど」
「兄貴? そうだねえ、金曜日はいつも昼に帰ってるよ。本人はよく『半ドンだ』とか『花金』とか言ってるけど」
「半ドン? 花金?」
「あたしも初めて聞いたときわかんなくて調べてみたら、サラリーマン用語だった。半ドンは仕事が午前中までのことで、花金は翌日を気にせず真夜中まではしゃげる金曜日のことだとか」
「なんでそんな言葉知ってるの?」
「兄貴、今や同世代の友達より大人の友達と付き合うことが多くなったからかなぁ。日に日にオッサン達に毒されてるっぽいんだよねぇ」
「大人の友達って……そんな人とどこで知り合うの?」
「ツイッターだよ。だいたい自転車仲間」
「へー……」
ネットで知り合った大人に会うのって怖くないのかな。
「三年生は金曜日って午前授業なの?」
「ううん、そんなことないよ」
「えっ。じゃあサボり?」
「まあサボりっちゃサボりだけど、出る必要無いからサボりとも言えないんだよね。兄貴の場合」
「んん? どういうこと?」
「もう単位取ってるやつなんだって」
「え……それってつまり……」
「兄貴、留年してるから」
なんと。大河先輩が留年生だったなんて。
聞けば、単位取得済みの授業は復習がてら顔を出すか、そうでなければ生徒会室で暇を潰したり、後の授業が無ければ下校しているらしい。
「だから『半ドン』かぁ……」
「ちょっとずるいよね~」
今の私たちの時間割は、どの曜日も午後まで授業がある。昼で帰れるのは正直羨ましい。
「そういえばさっき生徒会の人が、大河先輩は絵を描くから帰るって言ってたらしいんだけど」
「絵? ああー。そういえば兄貴は昨日も家で何か描いてたね」
「先輩、ちゃんと描いてくれてるんだ! よかった~。ねえ、いまどれぐらい描けてるかわかる?」
「うーん。手元まで見てなかったからどれぐらいかはわかんないなぁ。でも割と集中して描いてたよ」
「そっかぁ。完成が楽しみだなぁ」
「ねえ、絵が気になるならさ、放課後うち来ない?」
「えっ。いいの?」
「もちろん」
願ってもみない提案だ。
「泉美のおうちってどこだっけ?」
「うちは新高島平のほう」
「よかった。私の家は蓮根だからそんなに遠くないし、方向も一緒だよ。それじゃあ放課後、お邪魔させていただきます!」
「よしよし。じゃあ放課後ねー」
いまから放課後が楽しみになってきた。
「それはさておき、もうすぐ昼休み終わるけど、おべんと食べないの?」
「えっ? あわわわわ!?」
私は慌ててお弁当をかきこんだ。
【筆者注】
内城君のフルネームは内城剛です。




