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08.エメラルド



 翌朝、さっそく私はベティが探し出してくれた洋品店へ出掛けた。長年私に付き添ってくれているだけあってベティは私の好みを熟知している。


 隣町ともなると、目深に帽子を被って周囲を気にする必要もないし、誰かに指をさされることもない。私は久しぶりの買い物を安心して楽しんだ。



「あ、これ……」


 もう帰ろうかという頃、私はショーウィンドウに飾られる美しいエメラルドグリーンの宝石に目を奪われた。人差し指の先ぐらいの大きさの石がゴールドの鎖で繋がれただけの、とてもシンプルなネックレスだ。


「あら、お嬢様が持っているイヤリングに似ていますね」

「ええ。同じデザイナーのものなのかしら?」

「揃いで付けるときっと素敵でしょう」

「それが…あのイヤリングは失くしてしまったの」

「そうなのですか?」


 私は黙って頷く。


 ベティの言うイヤリングとは、数年前の誕生日に父が贈ってくれたものだった。小粒のエメラルドに小さなパールが左右非対称で並んでいて、私はとても気に入っていた。


 だけど、結婚式の準備などに追われているうちにいつの間にか見かけなくなって、気が付いた時にはもうどこへ行ったか分からない状態になっていたのだ。ベッドの下から片方は発見することが出来たけれど、もう片方は未だに行方不明。


「残念ですね。こちら、中へ入って確認されますか?」

「いいえ、やめておくわ。今日はもうたくさん買ったし」


 私は荷物持ちの使用人を見る。

 車まで運ぶ係の彼は、げっそりした顔をしていた。


「ごめんなさいね。今度から送ってもらうようにする」

「いいえ、お嬢様のお役に立てて何よりです」

「……ありがとう」


 申し訳ない気持ちになり、ぺこりと頭を下げる。


 道端に出ている露店でベティと私はオレンジを搾ったジュースを買って、疲労困憊の使用人の男にも同じものを渡した。


 家まで配送を頼まなかったのは、急いでいたから。

 今は木曜日なので土曜日のパーティーまでもうあと一日しかない。人前に出るのも緊張するし、髪を切ったからそれに対して変な勘繰りを受けないかという恐れもある。自意識過剰だと分かっていても、そうした場所で受ける尋問じみた会話を上手く躱わすのは楽なことではない。



「そういえば……」

「どうしたの?」

「アゴダ・セイハム大公といえば、広大な南部の土地の管理を任されていると聞きますが、パーティーを王都で開催されるということは暫くこちらに滞在されるのでしょうか?」

「どうなのかしら。父はそのあたりの話はしていなかったけれど…」

「セイハム家は代々美男の多い家系で有名ですので、お嬢様にとって良いお話があるかもしれませんね」

「ベティ、貴女までそんなことを言うの…?」


 ジトッとした私の目を見てか、否定するようにベティは胸の前で両手を振る。


 私たちは飲み切ったジュースの空瓶を返却して、待たせていた車に戻った。すぐに走り出した車は人混みをすり抜けてルシフォーン邸へと向かう。


 私はしばらくの間目を閉じてレナードのことを考えていた。いつだって思い出すのは、あのほろ苦い夜のこと。思い出というのは便利なもので、何度繰り返しても誰にも迷惑は掛けない。


 言うなれば、少し、心が寂しくなるぐらいで。



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