『溺愛以外お断りです!』12
いつも冷静で頼り甲斐のあるミレーネ。
才能と行動力のあるグレイス。
じゃあ、私は?
「君とまたこうして会うことになるとはね。もう死ぬまで顔を合わすことはないと思っていたよ」
大袈裟に溜め息を吐くと男はやれやれと首を振る。
記憶の中の姿より少し痩せた身体を眺めた。
「そうね……私もそのつもりだったわ、デリック」
「随分と変わっただろう?自慢の美貌がこのザマさ」
デリック・セイハムはそう言って頭に触れた。長く伸ばしていた金色の髪は短く刈られ、痩せて窪んだ目元には琥珀色の双眼が恨めしげに浮かんでいた。
私のせいだと言いたいのだろうか。
彼がこうなってしまった責任は、私にあると。
私とデリックの間には頑丈な鉄格子が嵌っていて、見張りの者も居るので変な真似は出来ないと分かっていても、背筋はピリピリした。
「それで、どうしたんだ?落ちぶれた僕のことを笑いに来たのか?それとも結婚の報告でもしに来た?なんて言ったって、君たち二人をくっつけたキューピッドは僕だもんな」
乾いた声でひとしきり笑うと、デリックは私を睨んだ。
「どれも不正解よ。今日は貴方にセイハム大公のことを聞きに来たの」
「父のこと……?」
「最近王宮を訪問して言葉を交わす機会があったわ。大公には何か考えがあるようだけど、思い当たる節はない?」
「それを知っていたとして、僕が君に言うと思うか!?」
嘲るようにそう吐くと、デリックは片手を目元に当てて堪え切れないように笑い出した。
見張りの男が仲裁に入っても暫くの間は収まる様子もなく、まるで壊れた機械みたいに肩を震わせて笑い続ける。私はただ静かにその様子を見守った。
「イメルダ、君はやっぱり王室に入る器じゃない。敵のことを敵に聞く阿呆が居るか?のこのこ一人で乗り込んで来て、随分と気丈になったんだなぁ…!」
無礼だぞ、と見張り番がデリックの座る椅子を蹴り上げた。ビクッと飛び上がった振動がこちらまで伝わる。
「気丈になんてなってないわ。私は今でも無知で臆病よ」
「あぁ、そうだろうよ。優秀な友人と権力のある婚約者に守られて、君は誰よりもお姫様に向いている」
再び見張りが近付いて来たのを見て、私は「会話をしたいので大丈夫です」と制止した。
デリックの言うことは正しい。
頼れる友人と婚約者に守られた無能な令嬢。
世間知らずでお人好し。そのくせ自分に下される評価を気にしてグレイスの本が出版されることを恐れている。友人の成功が嬉しい傍らで私は怖くて仕方がない。本を読んだ国民が、登場人物を私と重ねて、後ろ指を指すんじゃないかと。
「デリック……私は気付いたの」
「気付いた?何に?」
「私はどんなに背伸びしても私にしかなれない。友人のように賢くも、レナードのように強くもなれない」
「…………」
「だから不恰好でも、情けなくても自分の手でもがくことにした。もう周りに甘えたりしないわ」
ポケットから取り出した紙を広げて見せる。
デリックの目が大きく見開かれた。
「このマークを知っている?南部には、黒百合会という何でも受け持つ集団が居るらしいけど」
「どこで…これを、」
「ボランティアでよく孤児院に行っててね、そこで先生をしている女性に聞いたの。彼女は出身が南の方で、セイハム家の噂もよく知っていたわ」
「へーそれはそれは。確かに俺たちは南部じゃ有名人だ」
「惚けないで。その様子じゃ黒百合会の活動も知っているんでしょう? ……資金の出所についても」
「………ははっ、父が聞いたら怒るだろうな。メイドか?運転手か?随分とお喋りな奴が潜り込んでいるらしい…」
デリックは両手で顔を覆うと天を仰いだ。
「アゴダ・セイハム大公が黒百合会と繋がっているのは本当?懇親会に大公が出席したという話は…」
「父は懇親会に出ていない!断ったんだ!」
「断る?繋がりを重んじる組織だから懇親会の参加は絶対だと聞いたけど」
「証拠もないのによく疑えるな!言い掛かりで逮捕出来るほど司法は甘くないぞ!」
「これはただの確認よ。答え合わせをするための」
「はぁ?」
身を乗り出したデリックの前で、椅子を引いて立ち上がった。聞きたいことはおおよそ知ることが出来た。
立ち去ろうとした時、仕切り板が大きく叩かれた。
目を遣るとデリックが拳を押し付けている。
「イメルダ……これだけは忘れるな。腐った枝は切り落とされる。お前が宝物のように思っている純愛だって世間にとっちゃあただの不貞だ」
「………私を裁くのは貴方ではないわ」
「忠告してやろう。次に切られる枝はお前かもしれない」
憎しみに歪む双眼を見下ろして踵を返した。
部屋を去る際に一度だけ頭を下げて、私は廊下へ出た。




