アメジストの恋 前編◆ミレーネ視点
エメラルドにダイヤ、ルビーにサファイア。
キラキラと光る輝きは色褪せない。
変わることのない永遠の美。
「ミレーネ・ファーロング?アンタってもしかして、ラゴマリアの王太子に婚約破棄されたあの女か?」
思考を邪魔した不躾な質問に私は顔を上げる。
こざっぱりした短い黒髪に人懐こそうな笑顔を浮かべた男が、興味津々といった顔でこちらを見ていた。
クレサンバル王国に留学して一ヶ月と少し。
留学とは言っても旅行のようなもので、私は気が向いたら学校に顔を出すのみで、あとは試験期間を除いてほとんどの時間を自室と図書館で過ごしていた。授業は聞かなくても、テキストさえあれば試験はパス出来ることを知っていたから。
図書館で図鑑を眺めている時間は至福の時。
しかし、今日はそうもいかないらしい。
「失礼ですが、どちら様ですか?」
無礼者は驚いた顔でキョトンとして見せる。
「リゲル・カローナだよ。クレサンバルに留学に来てるくせに王子の名前も知らないのか?」
「王子……?」
「呆れたもんだな。俺はこの国の第二王子だよ。そんな非常識だから王太子に捨てられるんだ」
勝手に突撃して来て勝手に話し続けるこの男が王族であろうが平民だろうが、はたまた罪深い罪人であろうがどうでも良かった。
彼は今、私の時間を奪っている。
美しい石を愛でるための私の自由時間を、無許可で。
「捨てられたのではなく、お互いの希望です」
「なに?」
「私はラゴマリアの王太子妃になりたかったわけではありません。そして、留学生だからと言ってこの国の王族に興味を持つ必要はないはずです」
「………はぁ?」
「加えて貴方は第二王子でしょう?こんな場所で私を揶揄うぐらいの暇がある王子の機嫌を取るなんて時間の無駄だわ」
「お前!どの口が……!」
憤る男を真っ向から見据える。
人差し指を立てて「この口ですが」と唇に近付けると、カッと赤面した王子はブツクサと文句を言いながら部屋を出て行った。
再び読書に戻ろうとしたところ、一部始終を見届けていた周りの女子たちが寄って来る。いつもは挨拶すら交わさない彼女たちが、急に手のひらを返したように声を掛けて来るから驚いた。
「先ほどの殿方はリゲル様ではなくって!?」
「ミレーネ様はリゲル様とお知り合いなの?」
「いいえ……他人ですけど」
「リゲル様は気に入った令嬢にしか声を掛けないって有名よ!貴女すごくラッキーだわ」
どちらかというとアンラッキーだと思う。
私は自分が好きに使える時間を減らされた挙句、見ず知らずの男に一方的に詰られた。あの鬱陶しい男が第二王子ということだけど、ラゴマリアもクレサンバルも王族の男は皆揃ってパッとしない。
群がる女たちもその富と権力に惹かれているだけ。
高貴な皮を剥いで、泥水に浸せば、誰も振り向かないのではないか。
「馬鹿馬鹿しい」
「えっ?今なんと仰いました?」
「………いいえ、何も」
これ以上この場に居座るのは面倒だと考えたので、私は開いていた本を閉じて立ち上がった。コソコソと視線を交わし合う女たちを置いて、図書室を後にした。




