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49.これからの日常



「え?グレイスと……ですか?」


 ヒンスはゴホンッとわざとらしい咳払いをして「彼女が商会の仕事に興味を持っているから話をするだけだ」と早口で言って退けた。


 珍しく私より早く食卓に着いていた父は今日帰りが遅いと言うので、どこへ行くのかと確認すると急に黙った。怪しく思って問い詰めたら、なんと彼は私の親友と食事に出掛けると言う。


「悪いがお前が思うような仲ではないからな」

「何も思ってないのですが……」

「………とにかく、夕食は外で食べる」


 そう言い切ると妙に足早に去って行くから私は尚更のこと怪しくなって、同じように目を丸くするメイドと顔を見合わせた。


 いや、応援出来ないわけではないけれど。

 なんというかショックは大きい。


「ごちそうさま。少し外の空気を吸ってくるわ」


 私も朝食を済ませて、メイドに一言伝えて部屋を出た。

 ルシフォーン公爵家の使用人たちは今日も真面目に各々の仕事をこなしている。まだ寒い日が続いているけれど、今日は珍しく朝から暖かな日差しが窓から差し込んでいた。




 ドット公爵家の公開尋問から二週間が経った。


 ベンジャミンを始めとして一家四人はラゴマリア王国の東部にある孤島に罪人として投獄されることになった。一説では隣国との繋がりを持つシシーだけは、ニューショア帝国に引き渡されたとの話もあるけれど、定かではない。


 マルクスが廃人のようになったとか、キーラ夫人が自死したとか、有る事無い事がまことしなやかに広がっていく貴族社会は、非常に「日常的」だ。


 少し落ち葉の散った裏庭の上に寝転んでみる。

 見上げた空はどこまでも青々と広がっていた。




「ここに居たんだね。イメルダ」


 聞こえてきた声に、私は閉じていた瞼を開いた。


 覗き込むように見下ろすレナードの姿があった。

 走って来たのか、白い息を吐きながらラゴマリアの太陽は嬉しそうに笑う。思わず言葉を失って、私は何度か瞬きをしてみる。どうやら妄想ではなさそうだ。


 ドット公爵家の一件があった後、一週間ほどは毎日レナードからの連絡を待っていた。手紙が届いたか毎朝確認して、電話が鳴るのを今か今かと待ち受けていた。


 だけど、二週目に入ったら流石に期待は出来なかった。

 彼は忙しくて私のことを忘れたのかもしれないと思った。デリックのことで気不味いという気持ちもあり、自分から連絡する勇気も出ないまま、今に至っていた。



「貴方は…いつも私を見つけるのね」


 婚約破棄された最悪の結婚式を思い出す。

 騒ぎ立てる群衆の中を抜け出して自分を慰めていた時も、レナードだけは私の元へ来てくれた。あの時は気付かなかったけれど、彼がああして私の場所を探し当てたことは素直に驚くべきこと。


「分かるよ。君は一人になりたい時、だいたいこうやって空が大きく見えて風通しが良いところに居る」

「そんな場所たくさんあると思うけど……」

「本当だよ、分かるんだ。俺はイメルダを見つける天才だからね」

「ふふっ、なにそれ」


 思わず笑った私の頬にレナードの手が触れた。

 吸い込まれそうなエメラルドの瞳を見つめる。


「レナード……私、待ってたの」

「うん」

「貴方が来るのを、ずっと待ってた」

「……ごめん、遅くなって」


 レナードはそう言って小さな箱を差し出した。

 その白い箱の中には、失くしたと思っていたエメラルドのイヤリングが入っていた。碧色の石に寄り添うように小粒のパールが輝いている。


「どうして…貴方がこれを?」

「上着の胸ポケットに入っていたんだ。たぶん、君に連れ添って階段を上る時に落ちたんだと思う」

「そう………」


 ほんの少しの勇気がほしくて、ポケットに触れる。

 小さなカミュから発せられるほわりとした温もりが伝わった気がした。母は、今も何処かから私を見てくれているだろうか。


 頬に添えられた手を引くと、レナードとの距離はグッと近くなった。


「まだ答えは間に合う?」

「答え……?」

「レナードのことが好き。言いたかった…こうやって貴方に伝えたかった、黙っていて……ごめんなさい、」


 悲しくないのに溢れる涙を指で拭って、レナードは笑った。

 それは本当に太陽みたいに眩しい笑顔で。



「イメルダ、君のことを愛し続けるよ。だから、どうか……俺と結婚してほしい」


 私は大きく頷いて手を伸ばす。


 君を愛することはない、と言われた公爵令嬢の恋の行方を見守った小さなうさぎは、こっそりとそのポケットの中で笑ったとか。笑ってないとか。




 End.



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