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47.公開尋問



「公爵……どうか、楽にしてほしい」


 片手を上げて着席を促すコーネリウス国王を前に、ベンジャミンは引き攣った顔を見せていた。部屋の中央に四つ並んだ椅子に一族が腰掛けると、すぐに衛兵たちがその後ろに立つ。


「な…なにか、悪いご冗談でしょうか?」

「冗談………?」

「私たちは表彰を受けると聞いて、今日この場へ馳せ参じたのです。今しがた聞いた限りでは、陛下は尋問と仰ったような……?」

「ああ、間違いではない。今からお前たちにいくつかの質問をする。知っていることを、ありのまま答えてくれ」

「…………、」

「返事を」

「……はい」


 ベンジャミンはオドオドと頷いた。

 普段は饒舌な妻のキーラも今日は下を向いて大人しい。


 私は隣に座る父と共にすっかり静かになったドット公爵家を見つめていた。左から公爵本人、次に公爵夫人、そしてマルクスとシシーが並んでいる。一人ずつを眺めていると、シシーのお腹が不自然に丸くなっていることに気付いた。


 私はハッとして息を呑む。



「では、先ず初めに…巷で話題となっている若者の不審死については聞いているか?」

「ええ……まぁ、はい」

「公には公表していないが、彼らはある共通点を持っているんだ。君なら分かるかもしれないが…」

「お言葉ですが、私にはさっぱり……」

「あれだけの死人が出れば、その遺体が解剖されるのも当然だろう。皆、急性の薬物中毒だ。それも、ラゴマリアでは許可されていない薬が発見された」

「………それは…、」


 ドット公爵は焦ったように視線を泳がす。


「ドット商会は去年まではニューショアとの繋がりなどなかったはずだが、なぜ今年から急に取引を?」

「えぇっと、ですね……実は娘の、」

「私からお話しいたしますわ」


 にわかにハッキリした声が聞こえ、聴衆はそちらを向く。

 シシー・ドットが顔を上げて王を見据えていた。


 困り顔のドット公爵とは対照的に、シシーの表情からは自信すら窺えた。なぜ彼女はあんなに得意げな顔が出来るのか?私は薄らと恐怖すら感じながらその場を見守る。



「ニューショアは私の生まれ故郷です。私は幼い頃に両親を火事で亡くして、親戚の間をたらい回しにされた挙句、保護施設に預けられました。そんな私を救ってくださったのが、ドット公爵夫妻……お父様とお母様です」


 シシーは感謝の意を込めたウルウルした瞳を両親に向ける。

 二人もまた、当時を思い出すように感慨深い顔をしていた。


「私は成長して…自分の家族のために何か恩返しが出来ないか考えました。故郷であるニューショアと、ラゴマリアを繋ぐ架け橋になれれば…と」

「あぁ!シシー!貴女は本当に良い子……!」


 堪え切れずに感嘆の声を漏らすキーラを王が制する。


 私はこの茶番がいつまで続くのか不思議に思った。

 父の話では、レナードたちは薬物を密入していた荷馬車がドット公爵家の家紋を付けた馬に引かれていたことを知っている。加えて、どうやら証人がニューショアから用意されていると聞く。ドット公爵側には明かされていないのだろうか。


「ニューショアから輸入する品目に関しては、すべて信頼できる人間に任せています。私たちは存じ上げません」

「………っ!」

「……なんだと?」


 驚いて立ち上がる父の向こうで訝しむ国王が見えた。


 我関せずで済まそうとしているのだ。

 この、狡賢いドット公爵家の養女は、すべての罪をニューショアの売人に押し付けようとしている。


 私は隣で怒りに震える父の手を引いた。

 座るように促すと我に返ったように腰を下ろす。



「なるほど、流石は優秀なドット公爵家のお嬢様ですね」


 周囲の人間が押し黙る中、レナードが口を開いた。


「お褒めの言葉ありがとうございます。でも、事実を述べたまでですわ。私は商売の才がないので…お任せしてますの」

「ニューショアとの架け橋になりたいのに一番大切な商材の選定を他人に任すのですか?」

「ええ。詳しい方に聞いた方が良いかと思って。まさか、その商品が国内で悪い影響を及ぼしているだなんて……」


 ウウッとわざとらしく声を震わせるシシーの肩を隣に座るマルクスが抱く。


 私はこっそりとレナードの反応を盗み見た。ラゴマリアの太陽と呼ばれる王太子は、今までに見たことがないほど冷たい顔で、兄にもたれかかる女を眺めていた。


 レナードが衛兵の一人に何か命ずる。

 部屋の扉が開いて、拘束された男が入って来た。



「………っ!?」


 シシーが驚いたように身を引く。


「お嬢様…!シシーお嬢様ですね!?」

「いやっ!寄らないで!私に触れないで…!」


 無精髭の男は嬉しそうにシシーの膝下に擦り寄る。

 シシーは汚いものを見る目で嫌悪感を露わにしていた。


「どういうこと…!?この無礼な男を離して!私は公爵家の令嬢なのよ!!今すぐ連れて行きなさい!!」

「シシー嬢、こちらは貴女の文通相手ですよ」

「いいえ!知らないわ!こんな男、知らない……!」

「お嬢様…!?どうしてそんなことを仰るんですかぁ!」

「この男が私を脅したの!薬を輸入しないと、」

「何か、バラされたくないことが?」


 シシーはハッとしたように自分を見下ろすレナードを見る。


「貴方……まさか、」

「ドット商会が薬の売人と結んだ契約書は手に入りませんでしたが、ニューショアに残って調査を続けた者から面白い情報が入りました」

「殿下………?」

「貴女はニューショアの西部にある退廃地区で生まれた。母親の名前はドルシー・マルーン、高級娼婦の彼女は娘が九歳の時に突然死しています」

「娼婦だと!?」


 驚いたように叫ぶベンジャミン・ドットの隣で、妻のキーラが立ち上がった。怒りを顔に滲ませてレナードを睨み付けるキーラの顔は鬼の形相だった。


「………侮辱も大概になさってください…!」

「侮辱、ですか?」

「シシーは由緒正しい伯爵家の出ですわ!契約書も残っています!いくら王族とはいえ、このような言い掛かりは…」

「誰と何を契約したのですか?」

「はい?」

「マルクスに聞いた時から不思議に思っていましたが、身寄りのない貴族を保護する施設などニューショアには存在しません」

「……なんですって?」


 狂犬のように怒り狂っていたキーラは驚愕の顔で固まる。


 静まり返った部屋を奇妙な沈黙が支配する。誰も何も言わない。証人として連れて来られた男は必死でシシーの顔色を窺っているけれど、彼女はその姿を頑なに無視していた。


「当時、まだ法律などの整備が進んでいなかった帝国では、親の資産を抱える孤児は一律で帝都の寄宿学校に集められていました。次の養父母を見つけるまでの間ですが」

「寄宿学校………」

「僕が調べた限りでは、シシー嬢がその学校に通っていたという記録は残されていません。在籍していなかったんです」


 頭を抱えて震えるキーラの隣で、ベンジャミンは推し黙る。

 マルクスすらもう何も掛ける言葉は出てこないようだった。



「………やめて…」


 ポツリと溢すようにシシーの声がした。


「やめてよ……もう、やめて!」

「これは公開尋問ですから。ご理解ください」

「お願い…こんな馬鹿げた質問をしないでよ!」

「しかし、シシー嬢」


 シシーはゆっくりと立ち上がる。

 その右手は庇うように自身のお腹に置かれていた。


「赤ちゃんが居るの……!私の身体にはマルクスお兄様の子供が居るの!出生がどうであれ、公爵家の子供を身籠れば私は公爵夫人でしょう……!?」



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