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42.キティ



 レナードからの連絡はなく、一週間が過ぎた。


 もう少しで南部へ帰るというデリックとは毎日のように色々な場所へ出掛けている。時にはグレイスやミレーネも交えて、私たちは北から南まで彼の気分が赴くままに向かった。


 本当に思い出が欲しかったのかもしれない。

 そう思いかけていた七日目の夕方。


 レナードの血縁ということで王宮に滞在している彼の誘いに乗って、久方ぶりにラゴマリアの宮殿に私は足を運んでいた。もちろんガストラの王家が住まう本殿ではなく、周囲に建つ離れのような場所だけども、やはり厳かな造りには圧倒される。


 デリック曰く、レナードはずっと外出して不在らしい。

 来たるべき時が来たら話す、という言葉を信じて待っているけれど、彼はいったい何処で何をしているのか。ミレーネは知っていると思われるその内容が気にならないわけではない。



「まぁ……ルシフォーン公爵の?」


 門を潜って別邸へ向かっている途中に声を掛けられた。


「フェリス王妃…!ご無沙汰しております」

「ええ、とっても久しぶりね。マルクスと婚約された際に二人で訪ねて来て以来じゃないかしら?」


 実際はその後も何度か来ていたけれど、多趣味でいつも忙しなく出掛けている王妃にはなかなか会えず、このように顔を合わせるのは確かに婚約の報告以来かもしれない。


 濃いグリーンのドレスの上にコートを羽織ったフェリスは、腕の中に小さな毛玉を抱えていた。小さく震えるその毛玉をじっと見つめていたら、王妃は優しく微笑んだ。


「キティって言うの。私の大切な娘よ」

「こんにちは……ふふっ、ふわふわですね」

「お散歩しようと思ったんだけど、寒がりでね。今お部屋に戻るところだったの。一緒にお茶でもどう?」

「あ…ごめんなさい、実はデリックに呼ばれていて」

「デリック……?」


 王妃は暫しの間ポヤンとした顔をしていたが、夫の従兄弟の息子にあたる彼の存在を思い出したのか「ああ!デリックね」と頷いた。


「最近なんだか物騒ねぇ。レナードも何処へ行ったのか全然帰って来ないし、コーネリウスも心配じゃないのかしら?みんな私には隠し事ばっかり」

「きっと王妃殿下を心配させたくないのですよ」

「そうだけど…待つ者の気持ちも考えて欲しいわ」


 そう言って頬を膨らませる王妃の可愛らしさに、私は思わず気がゆるむ。


 母が居ないから分からないけれど、フェリスのような女性が母親だったらきっと、毎日楽しいのだろう。レナードは「大人気ない」なんて言っていたが、私からしたらフェリスは堅苦しい貴族社会を軽やかに飛び回る蝶のように見えた。



「そういえば最近、手相占いにハマっているの。見てあげましょうか?」

「良いのですか?光栄です」


 フェリスは片手に子猫を抱え直して、私の手をしげしげと見つめる。くすぐったくて笑い出しそうになるのを堪えながら、私はその様子を眺めた。


「あらまぁ、大変よ!」

「どうしました?」

「イメルダ……貴女、すっごく幸せになるって出てるわ。お金もいっぱい入ってくるし、お肌もツルツルになって、それで……大好きな人と結ばれるの!」

「…………、」


 反応を確かめるようにフェリスの顔がこちらを見る。

 私は、自分が上手く笑えているか分からなかった。


 王妃の手がするりと私の手の甲を撫でる。シルクの手袋の向こう側から、あたたかい体温が伝わった。フェリスはイタズラがバレた少女のように申し訳なさそうに眉を寄せている。


「ごめんなさい…占いが出来るっていうのは嘘。貴女に起こったことは聞いたわ。辛いことがたくさんあったと思う。だけど……どうか、一人で悩まないで」

「………ありがとうございます」

「私でよければ、お話ぐらい聞くからね。レナードとコーネリウスはいっつも忙しそうだけど、私は暇なの」

「嬉しいお言葉です。またお邪魔しますね」


 ブンブンと手を振るフェリスに別れを告げて、デリックの待つ別邸へと歩き出す。聞く話では、今日は南部で流行っているカードゲームを見せてくれるそうで、グレイスとミレーネも後から来る予定らしい。


 強くなってきた風に飛ばされないようにショールをきつく押さえながら、案内役である使用人の後を進んだ。



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