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33.悪酔い



 ドット公爵家の元兄妹たちの婚約を祝うパーティーには、多くの貴族たちが訪れた。


 婚約に至るまでどのような経緯があったにせよ、公爵家の声が掛かれば馳せ参じるのが彼らの定め。裏でどのような会話が交わされているのかは知らないけれど、私とデリックが到着した時はマルクスとシシーの周りには目を輝かせた取り巻きたちがわんさかと集まっていた。


「シシー様、今日は一段とお美しいですわ!」

「秘められた恋が成就する瞬間に立ち会えるなんて、私はこの場に居られることが幸せです」

「噂ではシシー様はニューショアの伯爵家のご出身では…?」

「え?ご両親はすでに他界?なんて悲劇的……!」


 口々に発せられる声に、シシーは微笑んだり、相槌を打ったりしている。その隣でマルクスは誇らしそうに笑みを浮かべていた。


 周囲の反応を確かめていた彼と一瞬だけ目線が交わった気がするけれど、私はすぐに意識的に顔を背けた。


 精一杯の気合を入れて此処へ来たのだ。正直言うと帰りたくて堪らない。これ以上、気持ちに波を立てないためにも私は二人から距離を取った場所に居るべきだろう。



「イメルダ、緊張してる?」

「………いいえ」


 隣に立つデリックが窺うように覗き込んできたので、私は平然を装って返事をした。


 金色の髪を青いリボンで束ねた彼は、今日もたくさんの令嬢から声を掛けられている。私は、彼がその女性たちを相手に自分のことを何と紹介しているのだろうと考えた。


(レナードは…居ないのね、)


 マルクスが招待していないはずはないから、彼自身も婚約を取り消した身として今日は欠席したのかもしれない。「少し席を外す」と言って私の元を離れたデリックに手を振って、私は部屋の隅へ移動した。


 一人になると、向けられる視線が気になる。

 今は話題は私とマルクスの婚約破棄よりもきっとこの国の未来を担う王太子の結婚の行方だと思うけれど、それでも、この場においてはマルクスの元婚約者である私は注目を浴びた。


 どんな神経で顔を出しているの?

 惨めだということも理解できないぐらい馬鹿なの?


 聞こえなくても、彼らの心の声は十分に想像できる。私が自分のちっぽけなプライドのために勇気を振り絞って参加したことなど、彼らは知らないのだから。



 所在なくグラスを揺らしていたら、一際大きな笑い声が響いた。目を遣るとマルクスが何やらゲラゲラと笑っている。赤い顔をして既に酒に酔った様子の目が、私の姿を捉えて楽しそうに半円を描いた。


「イメルダ!」


 飛んできた声が背中に突き刺さる。

 私は仕方なく、飲んだくれた彼の方を向いた。


「俺の友人が、元婚約者であるお前をこの場に呼ぶのは失礼だなんて言うんだ!俺はそんなことはないと思うが…お前は失礼だと思うか?」

「………マルクス様、悪酔いは…」


 たしなめる私の声をマルクスは片手を上げて制した。


「皆おそらく真実を知らないから、そんなことを言うんだろうな。どちらかと言えば、被害者は俺の方なのに!」

「マルクス様、約束をお忘れですか?」

「なぁ、イメルダ。俺の人間性が疑われているから、ここでどうか弁解させてくれ。このままではドット家の長男は鬼のような情け容赦ない男だと思われてしまう…!」


 今更何を語るつもりなのか。

 私はふらりとマルクスの方へ一歩踏み出す。


 信じられない。まさか、あの時に交わした約束も忘れて彼は人々の前で言って聞かせるつもりなのだろうか。他言しないと言ったのに。6000万ペルカと引き換えに、胸に秘めておいてくれると。



「皆、聞いてくれ!最近レナードが結婚を止めたのは有名な話だが、いったい何故か知ってるか?」

「マルクス様……!」


 マルクスは周囲の反応を窺うように間を取る。

 私の声などもう、聞こえていないようだった。


「レナードは俺が婚約していたイメルダと懇ろな関係だったんだよ!式を挙げる前にこいつらが二人で一夜を明かしたっていう情報も俺に入って来てる!」


 ざわざわと群衆が騒めき出した。


 本当なのかと疑う声に混じって「穢らわしい」「悪女」という罵倒の言葉も聞こえてくる。ゾッとするほどの軽蔑の視線がぐるりと私を取り囲んでいるのを感じた。


 何か言わなければいけない。一方的に言われっぱなしではなく、謝罪でも、経緯の説明でも、なんでも良いから何か。


 しかし、予想してなかった状況に私の頭はパニックになっていた。彼の発言を真に受けると、私とレナードは互いに婚約者を裏切った罪人だ。それは限りなく真実に近いけれど、その罪をレナードまでもが被るのは良くない。


 私が誘ったのだと言わなければ。

 彼は悪くないと、早く。



「証拠はあるのですか?」


 混乱する場を、矢のように澄み切った声が切り裂いた。


 その声のした方へ私たちは顔を向ける。部屋の入り口には、落ち着いた紺色のマーメイドドレスを着たミレーネ・ファーロングが立っていた。



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