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24.ドレスと誤解



 シシーの言葉通り、カミュは、銅像の後ろにある池の中で濁った水に浸かっていた。


 周囲の人の視線が気になったけれど、私は靴を脱いで池の中に入る。幸い水位は膝下ほどの高さだったので溺れるような心配はなかった。


(カミュ……よかった、本当に)


 少し汚れてしまったけれど、一緒にお風呂に入れば落ちるだろう。これ以上注目を浴びるわけにもいかない、と靴を片手に持って、空いた方の腕にカミュを抱き抱えて歩いた。


 すれ違った人は皆、ギョッとしたように振り返るから、私はさぞかしひどい見た目をしているのだろう。でも、もうそんなことどうでも良い。早く家に帰りたい。グレイスのところまで、行かないと。



「イメルダ、」


 名前を呼ばれたので反射的に振り返った。


 少し伸びた金髪を後ろで束ねて立つ男の姿が目に入る。驚いた顔で私の方へ歩いて来るのは、デリック・セイハムだった。


「どうして貴方がここに…?南部へ帰ったんじゃないの?」

「父は帰ったよ。僕はもう少し王都に居ようと思って」

「そうなのね。ごめんなさい、急ぐから、」

「どうしてそんな格好を?」

「……大切なものを池に落としたの」


 早く立ち去りたいのに、しばらく考えた後にデリックは私の腕を取って「付いてきてほしい」と歩き出した。


 私が通ったところには、くっきりと足跡が残る。

 こんなびしょ濡れの女と一緒に歩くのは、きっと彼にとっても恥ずかしいことだろう。だけれど強い力に逆らえず、私はただ置いて行かれないように歩く速度を上げた。



「レナードからバザーのことを聞いてね。僕は南部の学校のことしか知らないから、見学がてら遊びに来てたんだ」


 後ろ手に扉を閉めながらデリックは言った。


 私たちは化学準備室のような場所に来ていた。デリックが何故こんな場所に私を連れて来たのか分からないけれど、人目につく場所だと私に悪いという気遣いだと思うことにした。


「……そうなのね。どうだった?楽しめた?」

「まぁね。やっぱり王都は違うよ、刺激的だ」

「そんなに違うかしら」


 答えながら、私は濡れたスカートの裾から落ちる雫を見る。


 ずっしりと重たくなった布を一刻も早く脱ぎ捨てたい。

 だけど、声を掛けてくれたデリックはまだ私と話したいようだし、また「急ぐから」と彼に伝えることは失礼な気もした。


 レナードから紹介されて来たということは、彼もまたここへ来るのだろうか?年が近いこともあってか、再従兄弟という薄い親戚にも関わらず、彼らの仲は深そうだ。


「着替えを探して来ようか?」

「え?」

「幸い、今日はバザーだし何か君が代わりに着れそうなものが売ってるかもしれない。よければ探して来るよ」

「助かる…けど、大丈夫?」

「数十年前のおばあちゃんが着るようなのは、なるべく選ばないようにするから安心して」


 デリックの冗談に吹き出しつつ、ここは彼に頼むことにした。このままグレイスの元へ戻るにもやっぱり周りの目は気になるし、何より真冬に濡れっぱなしは寒い。


 部屋を出て行くデリックを見送って、私は身を縮めて身体の熱が出来るだけ逃げないようにした。窓の外では空が赤く染まって、一日の終わりが近いことを告げている。


 グレイスは心配しているだろうか?

 散歩に行くと行って飛び出したままだから、きっと心配しているはずだ。マルクスとシシーがグレイスに私の行方を知らせてくれていたら良いけど、期待は出来ない。


 ぼーっと外を見ていたら、想像したよりも早くデリックは戻って来た。



「待って…デリック、それ……」

「ごめん。演劇部がちょうど片付けをしていて、目に付いたからつい…」


 彼が手に持って戻って来たのはなんと純白のウェディングドレスだった。私は開いた口が塞がらず、パクパクと口を動かしながらデリックとドレスを見比べる。


 まだ数十年前のおばあちゃんの服の方がマシだ。

 婚約破棄された私にこれを着ろと…?


「とりあえず、着てみない?」

「……嫌だって言いたいけど…他に服はなかったの?」

「結構どこも店仕舞いを始めていてね。もう帰宅途中の生徒が多かったから、僕たちが出る頃にはきっと人も少なくなっているよ」

「だと良いわね………」


 あまり慰めにならない言葉に頷いて、私はデリックを後ろに向かせて濡れた服を着替えてみることにした。化学準備室には有難いことに、ちょうど良い大きさのパーテーションがあったから、それも使わせてもらう。


 おおかたの着替えを終えて、最後の背中のホックだけは自分でどうにも出来ないのでデリックに声を掛けた。


「ごめんなさい、こんなこと頼んで」

「良いんだよ。いやぁ、しかしこうして見るとお姫様みたいだね、イメルダ」

「悪い冗談はよして。誰かに見られたら死んじゃうわ」


 婚約破棄された私がウェディングドレスを着るなんて、気が狂ったとしか思えないだろう。


 そんな話をしていたら、勢いよく扉が開いた。

 私はデリックと共にそちらを見遣る。


「………イメルダ…?」


 そこには大きく目を見開いたレナードが立っていた。

 碧眼は私を暫く見た後、後ろのデリックへと移る。


 タイミング悪く、デリックの手は私の腰に回っていた。

 レナードの勘違いが手に取るように分かる。顔を伏せて「ごめん」と小さく呟き、視界から消えた金髪を追い掛けるには、私の身体は重過ぎた。


 水を吸った服は脱ぎ捨てたのに、私は動けなかった。



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