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02.何もなかった夜



 三年にわたる「マルクス・ドットの婚約者」という縛りも、一度抜け出せばもう何でもなかった。晴れ渡った空を見上げて思うのは、こんなにも空気は美味しかっただろうかということ。


 もうドット公爵の靴下の柄を誉めなくて良いし、公爵夫人のチクリと刺さる嫌味を気にする必要もない。見せ付けるようにマルクスに擦り寄るシシーに対しても、不快な気持ちは感じなくて良いのだ。



「今日の主役が、こんな場所でどうしたの?」


 上から降って来た明るい声に私は顔を上げた。


 スラリとした長身を折り畳んで私を見下ろすのは、金髪にエメラルドグリーンの瞳をした男。この国の王太子、レナード・ガストラだった。


「式に遅れて来たの?」


「いいや、外で知り合いと話してて、式場に戻った時にはもう君は居なかったから」


 探してみたら此処に居た、と言って笑顔を見せる。


 レナードは私とマルクスの共通の友人だった。どちらかというとマルクスの友人、という方が正しい。私がレナードに会ったのはマルクスを介してだし、仲良くなったとはいえ、旧知の仲ではないから。


 式場から消えた花嫁をわざわざ探しに来てくれるなんて親切な話だ。きっと私が去ったあとの結婚式場は大層賑やかだったことだろう。マルクス家とルシフォーン家の関係に決定的な亀裂が入った瞬間に立ち会った者たちは、さぞ楽しげにその様子を広めてくれたはず。


「見ての通り、婚約破棄よ。不憫でしょう?」


「不憫って言うわりには嬉しそうだね」


「まぁね。マルクスの機嫌を窺う必要はないし、ドット家の玄関に飾られた趣味の悪い鹿の頭も見なくて済む」

「それは最高だな」


 ほがらかに笑い飛ばしてくれるのはレナードの優しさ。

 私は無駄な気持ちが湧き上がらないように目を逸らした。


「貴方もそろそろよね…?」


「ああ。来月の初めには式を挙げる予定だ」


「ミレーネ様だったかしら。貴方たち二人が嫌でなければ、私も式にお邪魔したいんだけど……」


「もちろんだよ。君は俺の大切な友人だから」


「ありがとう…レナード」


 婚約破棄されたいわく付きの令嬢も友人としてカウントしてくれるとは、さすがガストラ家の太陽。彼が王様になったらラゴマリア王国も安泰だろうに。


 草原の上に投げ出した両脚を強い風が撫でる。舞い上がる白いドレスと一緒に私は自分の脚を抱えた。



「イメルダ、」


「どうしたの?」


 私はもうレナードの顔を見たりしない。

 彼が話し始める内容は分かっていた。


「この前の夜のことだけど……」


「ええ。大丈夫よ、私たちには何もなかった」


「………君は、本当に…」


「何を言ってるの?もう酔っ払っちゃった?」


 私は立ち上がってレナードの背中を強く叩いた。

 気を抜いていた王子は前方へよろける。


 お腹が空いちゃった、と伸びをしながら大きな声で呟く。父はもう式場を後にしているだろうか。きっと帰ってから家族会議が始まる。ドット家に対する罵詈雑言が飛び出すのは愉快だけど、これから暫くのあいだ自分に付いて回る汚名を考えると、少し憂鬱だった。



「レナード、先に言っておくわ。結婚おめでとう。貴方はどうか、ミレーネ様を幸せにしてあげて」


 レナードが頷くのを確認して、私は踵を返して歩き出す。

 吹き荒れる風が頬を擦って痛かった。



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