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19.ラゴマリアの太陽


 いつのまにか天気は崩れて、窓には大粒の雨が叩き付けている。図書館に向かったグレイスは望んでいた本を見つけることが出来ただろうか。


 もう一度、視線を落としてみる。

 つま先の泥はまだそこにあった。


「……レナード?ごめんなさい、聞き間違い…?」


 夢なのではないかと思った。目を覚ますと私たちはまだデ・ランタ伯爵家のグレイスの部屋に居て、私は腫れ上がった目に冷たいタオルを当てている。


 レナード・ガストラはラゴマリア王国の王子様。

 彼の優しさは皆に分け隔てなく与えられて、笑顔もいくらでも向けてくれる。だって彼はこの国の太陽だから。いつだってその愛は皆に配られる。


 だけど、言葉だけは別だった。


 王太子の言葉には責任が伴う。彼自身それをよく理解していたから、中途半端な約束や、曖昧な意見を述べることは未だかつて一度もなかった。そう、あの夜だって。



「聞き間違いなんかじゃないよ。マルクスの屋敷を出たあの日、俺は善人の振りをして君に寄り添った」

「………、」

「君が傷付いていることは分かっていたし、その手を取る権利が自分にないのは十分に分かってたのに」

「レナード……」

「もし口付けを拒まれたら、諦めようと思った。でも放心状態の君は受け入れてくれた。最低だろ?婚約者に心を壊されたイメルダを前にして、俺は馬鹿な期待をしてたんだ」


 吐き捨てるようにそう言うと、レナードは私を見た。


 思い出にしたかった忘れられない夜が、息を吹き返したみたいに私の頭の中で蘇る。ルシフォーンの屋敷で、自分の情けなさに涙を流す私を、静かに見つめていた翠色の瞳。


 あの時に彼が何を考えていたかなんて、私が知る由もない。私はただ、自分のことでいっぱいいっぱいで、自覚したレナードへの気持ちに勝手に酔いしれていた。好きな人と触れ合うことが、幸せであると身をもって知った。


 そして深い深い絶望も、また。

 その心も身体も私のものではないと知っていたから。



「ありがとう…教えてくれて」

「イメルダ、」

「貴方の気持ちが知れて良かったわ。そろそろグレイスを迎えに行かなくちゃ。きっと心配しているもの」

「それが君の答えか?」

「…………」


 声は喉に張り付いたようで出て来ない。


 私を見下ろすレナードの顔を見ることはもう出来なかった。一番欲しかった言葉を、一番欲しい相手からもらった。


 それだけで十分だ。

 私にとっては、もう十分。



「忘れましょう、レナード」

「………!」

「セイハムの別荘で貴方とミレーネ様が並んで話しているのを見たわ。すごく…お似合いだった」

「イメルダ!俺は、」

「ありがとう。貴方の気持ちが知れて良かった…困らせてしまって、ごめんなさい。結婚式が晴れると良いわね」


 ずっと見てきたから私には分かる。

 彼は私を止めることなんて出来ない。


 レナード・ガストラ。ラゴマリアの太陽。

 一瞬でもその心が私にあったのなら、こんなに嬉しいことはない。私の思い出の夜にもきっと意味はあったのだと思う。


 私はこれからも何度も、あの夜を思い出す。

 繰り返し、繰り返し、思い返して一人で泣く。


 私が利用したと思っていたレナードの身体には、心が入っていた。あれは優しさではなく彼からの愛だった。思い出の中の夜だけは、レナードは私のものだった。



「押しかけて来てごめんなさい。謝りたかったの、あの時のことを。寂しかったから、貴方が居てくれて良かったわ」

「待ってくれ……イメルダ…!」

「本当にごめんなさい。私はどうかしてた」


 それ以上同じ空間に居ることは耐え難く、私は踵を返して廊下へと飛び出した。使用人に案内されて図書室でグレイスを見つけるまで、心はどこか遠いところを彷徨っていた。


 好きだから、レナードの気持ちには応えられない。

 愛しているから、正しい幸せを願いたくて。



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