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17.罪の天秤



「………なるほどね。それで、6000万ペルカを踏み倒された挙句、秘密を握られてしまったと」


 グレイスはふんふんと頷いて紅茶を一口飲んだ。


 私はドット公爵家を訪問した後、自分の家へ直帰する気にはなれずにデ・ランタ伯爵家を訪れていた。もう自分だけでは抱え切れなくなった秘密を、泣きながら親友に話した。


 自分のことを被害者だなんて思っていない。むしろ、これは軽率な行動の罰だ。レナードへの想いを抑えきれずに、彼の同情に付け入ってその優しさを利用した。


「話してくれてありがとう」

「メモは…しないでね」


 グレイスの小さな手がペンに向かったので、私は慌てて制止する。


「あ、うん…ごめん。ついついクセで」

「本当にどうしよう……お父様に会わせる顔がないわ」

「正直に言うのは厳しいわよね。王太子様と結婚前にヤっちゃいました!でも思い出にするだけなんです!ってね」

「………私が父ならたぶん勘当する」

「そこまでではないけど…」


 何か考えるように窓の外を見ていたグレイスは、突然思い付いたように両手を合わせた。


 パシンッという大きな音に私は驚いて肩を揺らす。

 丸眼鏡の奥で輝く彼女の双眼に、何かとても良いアイデアが出てくるのではないかと私は期待した。グレイスの唇がゆっくりと弧を描く。


「そのお喋りな運転手はレナードと貴女が家に入ったことと、レナードが一人で出て来たことを知っているのよね?」

「うん…そうよ」

「中で何をしてたかなんて誰も知らないわよね?」

「……メイドには下がってもらったから」

「なるほど。私がメイドだったら興味津々で紙コップ押し当ててでも中の物音を拾いたいけれど、そのメイドは大丈夫そう?」

「………うーん…」


 夜担当だった年配のメイドが補聴器を付けていることを私は知っていた。彼女は小さな声を上手く拾えない。


 そして、まだ母が生きている頃から支えていた彼女の忠誠心は誰よりも自分が理解しているはずだった。母が亡くなって寂しかった私を守ってくれたのは、侍女のベティやそばに居た使用人たちだったから。


「そうね、大丈夫だと思う。私は信じてる」

「オッケー。じゃあ、レナードに会いに行きましょう」

「えっ!?」

「やっぱりこういうのって当事者の声が必要だから。王子様がどんな気持ちで貴方と関係を持ったか本人に説明してもらったら良いんじゃない?」

「グレイス!そんなの地獄よ!私はこの耳で聞いたの、レナードは後悔してるってハッキリ言ってたわ!」


 私は思い出さないようにしていたあの声音を呼び戻す。


 未だかつて、レナードがあんなに辛そうに話しているのを聞いたことはない。絞り出すような声はきっと彼の苦悩を示していた。それだけ苦しめられているのだと。


「あのさ、好きなんでしょう?」

「………っ」

「レナードのこと好きなのよね?思い出だけで十分なの?本当に貴女はずっとそんな場所で生き続けるの?」

「彼には婚約者が居るの!結婚するのよ!?」

「だったら丁度良いじゃない。終わらせるために確認するのよ。貴女だけが背負うものではないし、私から見たらレナードの方が罪は重いわよ」


 早口で言い切るとグレイスは「カミュもそう思うわよね?」と私の手元に向かって話し掛ける。


 母の最後の贈り物は、私の手の中で静かにこてんとひっくり返った。私たちは顔を見合わせて、グレイスは部屋を出て外で待つ使用人の一人に車の準備を頼んだ。



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