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15.言葉の拘束力


 逃げるように自分の家へ帰った。


 予定していた帰り時刻を何時間も過ぎて姿を現した私に対して、運転手の男は明らかに不服そうだったけれど、私は謝罪の言葉を伝えて後は何も言葉を交わさなかった。


 家へ帰ると待ち構えていたように飛び出して来た父を軽く躱して自分の部屋へ閉じこもった。時計の秒針の音だけに耳を澄まして、ベッドの上でシーツに指を滑らせる。


 私が何度も繰り返し思い返して喜んでいたあの夜は、レナードにとっては完全にお荷物なイベントだった。


 後悔している、と苦しそうに呟いた声が今も頭に残っている。そんなに嫌なら私の相手なんてする必要はなかったのに。慰めのつもりなら、他に手段はいくらでもあったはずだ。もしくは、私がそういう対応を望んでいる雰囲気を出していたのだろうか?


(………貴方は優しすぎたのよ、)


 レナードはラゴマリア王国の太陽。

 その光は国民皆に平等に降り注ぐ。


 婚約者の不貞を目にして泣き崩れる友人がいたら、そっとキスをして身体の一つや二つぐらい貸してあげる。でも、甘い言葉までは吐かない。だって言葉は約束となって残るから。


 あの日、レナードは私に「愛してる」なんて一言も言わなかった。それどころか、名前すら呼ばなかった。


 考えれば考えるほど苦しくなって、私は縮まる心臓を押さえてギュッと目を閉じる。こんな時、一人はあまりに辛い。デリックの言う通り、私は社交界では腫れ物令嬢だ。


 皆きっと婚約破棄のことを知っているけれど、その話題に触れない。私がいない場では、盛んに意見交換がなされているんだろうけども。


 最後に思い出したのは、初めて会ったミレーネの顔。


 噂通りの可憐な令嬢はレナードの隣に立っても引けを取らないぐらい輝いていた。親しそうな二人の様子が浮かんで、私はとうとう涙が溢れ出す。嫉妬する権利はないし、むしろミレーネには土下座をして謝るべき立場だ。


 貴女の婚約者の同情を買って利用しました。

 どうか私の愚行をお許しください、と。




 ◇◇◇





「………なんと仰いましたか?」


 私はグラスから唇を離して問い掛ける。


 朝食時に父ヒンスが持ち込んだ話は、美味しいバゲットを台無しにする内容だった。


「ドット公爵家から連絡があった。イメルダ本人に金を取りに来いと。お前と話がしたいらしい」

「私が婚約破棄された家を訪問するのですか!?」

「マルクスはそれを望んでいるようだ」

「馬鹿げてるわ、どうしてそんな……」

「何か言いたいことがあるんだろう」


 父のブルーグレイの瞳が私の心を覗くように射抜く。


「或いは、強気な態度を出せるぐらいの情報を得たか」

「………っ!どういう意味ですか?」

「ただの想像だよ。いずれにせよ、行ってみろ。支払いの金額や期限をゴネて来たら容赦なく叱責して良い」

「もちろんです」


 答えながら、心臓が倍速で脈を打っているような激しさを感じていた。もしも、もしもマルクスがあの夜に私とレナードの間に起こったことを知っていたら。


 いいえ、知っていたとしても彼だって同罪だ。


 しかし彼らはただキスをしていただけ。私たちは完全にアウトになってしまう。でもそんなの誰が知り得るの?あの時、私の屋敷には既に就寝していた父と、夜当番の使用人しか居なかった。彼女が漏らすとは思えない。


 私は溜め息を一つ吐く。

 敵陣に乗り込む準備のために、重い腰を上げた。



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