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わたしの愛する人(王視点)

「明日から側室のところへ通い、子を孕ませるんだオリバー……これは、王命だ」


 まさか、わたしがこんな命令をしなければいけない時が来るとは思わなかった。


「すまない、オリバー……国のためだ、わかってくれ……」


 息子のオリバーは、地獄に突き落とされたような顔をしていた──






 わたしが王妃であるエリザベートと結婚したのは、彼女が十九歳、わたしが二十六歳の時だった。

 政略結婚ではあったが、わたしたちは気が合い、これ以上ないというくらいに愛し合っていた。


 そう、愛し合っていたんだ。

 だがなぜか、わたしたちのところへコウノトリが来ることはなく、五年が過ぎた。

 父王に言われて側室が迎えられることとなり、わたしがそちらへ行かなくてはいけなかった日のエリザベートは忘れはない。


「いってらっしゃいませ」


 彼女はそう言った。一転の曇りもない笑顔で。

 心の中はどれだけ苦しかったことかしれない。でもエリザベートはそうやって送り出してくれた。


 側室はニコラという、毅然としたエリザベートとは違って少し内気な女性だった。

 ニコラはわたしを慕ってくれていた。

 最初の方こそ仕方なく抱いていたが、そのうちにニコラのことが本当に好きになっていった。

 だからと言って、エリザベートのことが嫌いになったわけではない。

 エリザベートにはちゃんと愛情があり、ニコラにはまた別の感情の好きだという気持ちだった。


 この手に抱いておいてなんだが、十歳も年が離れていたこともあり、娘のような感覚に近かっただろうか。愛らしく、いつまででも愛でていたい……そんな風に思わせる女性であった。


 エリザベートとの可能性を捨てきれなかったわたしは、交互に二人の寝室を渡ることになる。


 そして子どもを身籠ったのは……エリザベートの方だった。

 わたしとエリザベートは泣いて喜んだ……と同時に、ニコラのことを思い、胸が張り裂けそうになっていた。


 しばらくしてオリバーが生まれたが、一歳を迎えるまではニコラを側室として扱った。

 大きな病気もせず無事にオリバーが一才を迎えた時、わたしはニコラにどうしたいかを尋ねた。


 このまま側室でいても構わないし、実家に戻りたいならそうしてくれても構わないと。

 彼女の希望は、そのまま側室で居続けることだった。

 ニコラとしても、戻れなかったのだろう。戻ったところで孕めない女として扱われ、婚姻は絶望的だと思われる。

 側室であることを周りに伏せておくべきだったと後悔した。すべて、遅かったが。


 わたしはオリバーが産まれてから、愛する二人の女性への接触は減っていき、やがてなくなった。

 これも嫌いになったわけではなく、年齢的なものと、前王の崩御でわたしが国王になったからだ。忙しくてそんな気力は起きなかった。


 すると、長年わたしの腹心で執政官だったセルジウスが、宰相になると同時に真剣な顔つきでわたしの元へとやってきた。


「エリザベート殿下もニコラ様もおかわいそうではありませんか」


 と──。

 すまないが、今のわたしに妻は愛せたとしても、ニコラまでは手が回らないと答えた。


「もし、もう二度とニコラ様のところには行かないというのであれば……私に彼女をいただけないでしょうか」


 切羽詰まったような宰相の訴え。

 セルジウスは真面目な男だ。この時わたしと同じ三十四歳で独身。今まで浮いた話の一つも聞いたことはない。

 まさか、ニコラに想いを寄せているなどとは思いもしていなかった。


 彼女が望むのならぜひそうしてやってほしいと告げ、しばらくしてニコラは実家に帰ることを望んだ。

 わたしは何も聞かず、今までの謝意を伝えると慰労金を渡して実家に帰らせた。





 そんな経緯を持つわたしが、亡き父王と同じような王命を下さなければならなくなるとは思わなかった。

 わたしは、どれだけオリバーがジュリアのことを愛しているか知っている。

 子どもの頃から二人の純愛ぶりには驚かされたものだ。


 二人はいずれ王と王妃となるべく、国政にも携わってきた。

 奴隷制度の廃止に向けて、二人三脚で頑張っているのも知っている。孤児院への支援やイベントも開催している。

 ジュリアは積極的に国民と関わり、オリバーは格差をなくすために奮闘していて、夫婦共に人気もある。

 道の整備も押し進めて雇用を生み、二人のおかげもあってこの国は随分と良い方に傾いてきた。

 二人の努力のおかげだ。

 この国を心から愛し、身を粉にして尽くしてくれる二人がいれば、将来は安泰だと思っていた。


 しかしまさか、息子夫婦も子どもができないとは……。


 側室を迎えた方がいいという家臣に、わたしは渋っていた。

 賛成したのは、王妃であるエリザベートだ。

 彼女は昔から聡明な女性だ。そうすることで、わたしが賛成しやすくしてくれただけでなく、長年の罪悪感を和らげてくれた。


 オリバーにはセリーナという側室が設けられたが、やはりというべきか彼女のところへ行ってはいないようだった。

 セリーナを賓客扱いにし、側室であることを知っている者には口止めをしていた。

 私もニコラのときにそうするべきだったなと思いながら、状況を見守る。

 オリバーは一国を統べる王となる者。今は決心がつかないだろうが、ことの重大さはわかっている。

 どうしようもなくなれば、自ら側室のところに行くだろう。わたしはその時を待つつもりでいた。


 しかし、我が国に天災が起こった。

 何日も続く大雨で多くの農作物がやられただけでなく、川が大氾濫を起こした。

 王都は無事だったが、近隣の町や村の平地の家は軒並み浸かり、水に流された家も多くあった。山では土砂崩れが起き、家が潰された。


 危険だからと王族が直接現場に行くことはほとんどなかったが、復興のためにできることを、私もエリザベートも宰相もオリバーもジュリアも、できることはすべてやってきた。

 復興後の特産品を優先的に輸出する国家間契約を取り付け、隣国の支援を受けられるようにしたのはオリバーだ。

 足りない資材を調達できたのも、人員を集められたのも、食糧の確保も、オリバーが必死になって駆け回っていたからだ。


 そして王宮に帰ってきた時には、どれだけ疲れていようとも、ジュリアとの子作りを欠かしていないようだった。

 我が息子ながら頭が下がる。若さもあるだろうが、わたしにはそこまでできない。


 だが、天災の痛手は大きかった。

 国民は必死になって生きようとしてくれている。復興しようと努力してくれている。

 しかし山のような瓦礫を目の前にすると、どれだけ前を向こうとしていても消沈してしてしまうのだ。

 亡くなった者を思い、心が打ちひしがれて崩れてしまう。


 喜びや希望の象徴が、必要だった。

 王家の子が産まれてくる、という明るいニュースが。


「明日から側室のところへ通い、子を孕ませるんだオリバー……これは、王命だ」


 もう十分に待った。ジュリアでは可能性が低いとなると、側室であるセリーナのところに行ってもらうしかない。


「すまない、オリバー……国のためだ、わかってくれ……」


 これだけ国を思って身を粉にしている息子に、酷なことを言っているのかと思う。

 だが、これも王族の務め。仕方のないことなのだと、わたしは自分に言い聞かせながら言った。


 絶望するオリバーがふらふらと出ていった、その数十分後のことだった。

 王家の医師がわたしに重要な話があると言ってきたのは。


「懐妊……? 誰がだ?」


 まさかエリザベートが……と、わたしは隣にいる妻に目を向けた。

 エリザベートと、その後ろに控えている宰相のセルジウスに、同時に首を横に振られる。

 どうやらエリザベートではないらしい。


「では、まさか……」

「はい。ジュリア様でございます」

「……そうか……そうか……!!」


 ジュリアが妊娠したと聞いて、思わず涙が溢れてきた。

 エリザベートが、わたしの手をとって寄り添ってくれる。


「よかったですわね、陛下」

「ああ……よかった……!」


 何歳になっても美しいエリザベートが、凛と笑った。

 宰相のセルジウスは側室のセリーナを気にしていたが、全部オリバーに任せようと、口を出さない方向に決めた。


 セリーナは出戻った側室としては扱われず、『幸せを招く妖精』が役目を果たし帰って行ったことにしたようだ。

 その後すぐに婚約、結婚したらしく、幸せに暮していると聞く。


「よかったですね、陛下」


 今でも一番の腹心である、セルジウスが言った。


「そうだな、本当に良かった。そうだ、ジウスのところの奥方は元気か?」

「秘密です」


 その答えを聞いて、私は笑った。

 セルジウスは昔から秘密主義なやつだが、こと彼女(・・)のことについては隠したがる。

 なにもしはしないというのに。


「元気ならばよかった」


 私がそう言うと、セルジウスも嬉しそうに笑っていた。

お読みくださりありがとうございました。


いつか王妃視点や宰相視点や前の側室視点を書き足せればなと思っています。


いつも★★★★★評価を本当にありがとうございます!

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