表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/4

わたくしの愛する人(王子妃視点)

「君を愛することはない」


 オリバー様が、彼女(・・)に向かって申し訳なさそうにおっしゃった。

 事実、心の底は自責の念にかられているのだろう。

 この国の第一王子であるオリバー様は、人の心のわかる優しいお方だから。



 公爵令嬢であるわたくしは、オリバー様とは又従兄妹(またいとこ)の関係。

 わたくしよりも三歳年上のオリバー様のことは、物心ついた時から知っている。

 勉強も遊びもいつも一緒で。周りが呆れるくらいに仲が良く、わたくしもオリバー様も毎日楽しく笑って過ごしていた。


 わたくしが十歳、オリバー様が十三歳になった年に、わたくしたちは婚約した。


 厳しい王子妃教育を受け、心身共に成長していくわたくしが抱える、ひとつの不安。



 わたくしは── 月のものが乱れていた。



 そもそも始まったのも遅く、十六を迎える年にようやく始まって。

 それからは月に二回来る時もあれば、三ヶ月空いたりすることもあった。


 一度王妃様に相談したけれど、「始まったすぐはそんなものよ」と慰めてくださって。

 婚約破棄もあり得るかもしれないと覚悟して言ったから、その優しさにどれだけ救われたかしれない。


 だけど十八歳でオリバー様と結婚し、落ち着くかと思っていた月のものの乱れはさらに酷くなった。

 王子妃として、そしていつかは立派な王妃にならなければいけないという重圧が、体にさらに負担をかけたのかもしれない。

 王妃様には伝えられなかった。王宮に入って、酷くなったなどと。ストレスのせいだなんて失礼なことは、口が裂けても言えなかった。



 だけれど、結婚してから三年が経ったある日のことだった。


「すまない、ジュリア……俺は側室を迎えることになった……」


 オリバー様が拳を握りしめながら、そうおっしゃった。


「そく……しつ……?」


 その意味を知らないわけではない。けれどわたくしは、頭が真っ白になって理解するのが遅れる。


「母上や家臣が決めたことだ。俺の意思じゃない、わかってほしい……!」


 オリバー様は、こんなことで嘘をついたりしない。だからきっと本当のことなのだろう。

 わかっているのに、涙が溢れてくる。

 だってオリバー様は血を絶やさないために、その方を抱かなければいけない。

 わたくし以外の人を、オリバー様は抱いてしまう……わたくしの体が、こんなばかりに……!!


「ジュリア……ジュリア、心配するな……! 俺は側室のところにはいかない。ジュリアだけを愛しているのに、そんなことできるわけがないだろう……!!」

「オリバー様……違うんです、わたくしは……わたくしの体は……!」


 もちろん、オリバー様に他の女性を抱いてほしくなんてない。

 けれど、私の体に原因があることは明らかで。

 いつか落ち着けば不順も治るかもしれないと思っていたけれど、これ以上は隠しておけない。


「オリバー様、わたくし……っ」


 そう口を開いた瞬間、ノックの音が聞こえた。

 入ってこられたのは王妃様で、わたくしは体がこわばる。


「母上、ちょうどいいところに……! 今、抗議に行こうと思っていたんです!」

「側室の件ね……わたくしもその話をしたくてやってきたの」


 王妃様はそう言うと、わたくしの前まで来て、そっと抱擁をしてくださった。


「王妃様……!?」

「許してね、ジュリア……あなたたちが幼少の頃より、慈しみあっていることはわかっているの。でも、それと後継者問題は別の話……」

「……はい……」


 生まれた時から知ってくださっている王妃様は厳しい時もあるけれど、誰よりも愛情をかけてくださっていたこともわかっている。

 だから伝わってくる。側室の決定は、王妃様とて本意ではないということが。


「……ずっと、乱れているのでしょう……?」


 王妃様の言葉に、私は嘘をつけるはずもなく頷いた。

 その言葉を聞いたオリバー様が、驚いたように目を広げている。

 王妃様は気づいていたのに、ずっと見守ってくれていたのだとわかり、涙があふれそうになった。

 でももう、王妃様では庇い切れなくなってしまったのだろう。

 世継ぎは誰からも、今か今かと待ち望まれているのだから。


「側室を迎えてしまうこと……許してね……」

「お気遣いを、ありがとう……ございます、王妃様……っ」


 王妃様は最後にぎゅっと私を抱きしめてから、部屋を出て行かれた。


 部屋に残されたわたくしとオリバー様は、抱き合って泣き濡れた。

 オリバー様は子を成さねばならないお方。王家の血を、直系を、途絶えさせるわけにはいかない。


「今まで……月のものが不順であることを黙っていて、申し訳ありません……っ」

「俺の方こそ気づいてやれなくてすまない……つらかっただろう……!」


 ぎゅうっと強く抱きしめてくれるオリバー様。


 ああ、どうしてわたくしたちは一般庶民として生まれてこなかったのだろう。

 そうすれば側室など迎えることもなく、子ができずとも二人で仲睦まじく暮らしていけたというのに。


 でも、わたくしは王子妃という身。


 個人的な感情で、側室のところには行かないで……なんて言えるわけがない。

 むしろ、わたくしのためを思って側室のところには行かないであろうオリバー様に、ちゃんと子作りをなさってきてと促さなければならない立場にある。


 いやだ……苦しい……言いたくない。

 めらめらと醜い、嫉妬の炎が渦巻いているのがわかる。

 それでも、とわたくしはなんとか口を開いた。


「オリバー様……どうか、わたくしのこと、は……お気に……なさらず……っ」

「ジュリア」


 不本意ながらも覚悟を決めて伝えようとした言葉が、オリバー様によって遮られる。


「俺は、君以外を抱いたりしない。心配しなくていい」


 愛する人からの、優しい言葉。

 そんなわけにはいかないって、わかっている。だけど、その気持ちがなにより嬉しい。


「ジュリア、信用してないな?」

「そういう、わけでは……」

「……おいで」


 そう言って、オリバー様はわたくしを連れ出した。

 長い廊下の先にある部屋。そこにいたのは、オリバー様の側室なる人物。

 伯爵令嬢のセリーナさんは、わたくしと同じ二十一歳らしいけれど、それはもうかわいらしくて妖精のような方だった。

 簡単な挨拶を済ませると、オリバー様はまず謝罪をしていた。

 王宮まで連れてきてしまってすまない、と。それからオリバー様は続けた。


「一年の間、時間がほしい。俺たちは子が授かるよう足掻きたいんだ。授かった時には、元の生活に戻れるよう、全力で支援させてもらう」


 それでも授からない場合は、きっとオリバー様は王族の務めを果たすために彼女を──。


「だから申し訳ないが君を愛することはない。俺の愛はジュリアだけのものなんだ」


 側室として王宮に上がらせておいて寵愛を受けられないとは、セリーナさんも思っていなかっただろう。

 できれば今すぐにでも帰らせてあげたいけれど、わたくしにそんな権限はない。それに一年以内にわたくしたちに子ができなければ、いつかオリバー様は彼女の元に行かなければならなくなる。

 しばらくは無意味な生活を送らせてしまうことに、わたくしは頭を下げた。


「セリーナさん、わたくしに子どもができないせいでごめんなさい……」

「ジュリア、君のせいじゃない」

「オリバー様……」


 あまりにもセリーナさんに申し訳なくて。わたくしは彼女の顔をまともに見られず、オリバー様の胸で顔を隠す。

 セリーナさんは泣くでも怒るでもなく、穏やかな笑みで「わかりました、お気になさらないでください」と明るくわたくしたちを送り出してくれた。


 なんて素敵な女性なの。何故だか満足そうな顔をしているようにすら見えたわ。

 今、彼の気持ちがわたくしに向いていても、あんな素晴らしい性格をしたかわいらしい妖精が側室なら、いつオリバー様が愛情を持ってもおかしくはない。


「素敵な……女性でしたわね……」


 つい、そんな言葉が漏れる。


「俺は君以外の女性に興味なんてない」

「でも……でもわたくしに子どもができなければ、オリバー様はあの方のところに……っ」

「ジュリア!」


 唇をオリバー様の唇で塞がれる。

 愛してくれているのはわかってる。こんなに愛されて、わたくしはなんて幸せなんだろうって思ってる。

 なのに、なぜか涙が溢れて止まらない。

 愛されているのに。愛しているのに。想いは通じ合っているのに。

 悲しくてたまらない。


「ジュリア……子どもを作ろう」

「ですがこの三年間、できる気配が……」

「月のものの周期が乱れているだけだろう? ならば……」

「ならば……?」

「これからは、毎日すればいい」


 わたくしは、そのままベッドに押し倒された。





 それからのオリバー様は、宣言通り毎日わたくしを愛してくれた。

 公務が忙しく、夜遅くに帰ってきた日も。

 今日はやめておいた方がと断っても、チャンスはいつ転がっているかわからないからと。

 決して作業にはならず、毎日丁寧にわたくしを慈しんでくれる。

 そんなオリバー様が、本当に本当に愛おしくて。



 オリバー様との赤ちゃんが欲しい。



 わたくしが産みたい。他の誰にも、オリバー様の子どもを産ませたくはない。

 どうしてわたくしのところには来てくれないの。

 世の中には、何人も産んでいる人がいるというのに。

 やっぱりわたくしのせいなの? それともオリバー様?

 まさか、わたくしたちの相性が悪いの?


 原因がわからなくても、子どもができなければ、結局は……。




 何ヶ月か経ったけれど、わたくしたちに子どもはできなかった。

 そしてとうとう……。


「すまない、ジュリア……俺は明日、側室のところへ行かなくてはならなくなった……王命だ」


 その言葉に目眩を覚える。

 オリバー様に負担をかけてはいけない。笑って送り出さなければと思うけれど、全身が拒否をしている。

 体がほてり、ふらふらして吐き気が込み上げてきた。


「すまない……だが俺が愛しているのは、ジュリアただ一人だ! それだけはわかって……ジュリア!」


 わかっていたことなのに。

 わたくしは悲しみの渦に巻き込まれるように、その場に倒れてしまった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


若破棄
イラスト/志茂塚 ゆりさん

男装王子の秘密の結婚
せめて親しい人にくらい、わがまま言ってください。俺に言ってくれたなら、俺は嬉しいですよ!
フローリアンは女であるにもかかわらず、ハウアドル王国の第二王子として育てられた。
兄の第一王子はすでに王位を継承しているが、独身で世継ぎはおらず、このままではフローリアンが次の王となってしまう。
どうにか王位継承を回避したいのに、同性の親友、ツェツィーリアが婚約者となってしまい?!

赤髪の護衛騎士に心を寄せるフローリアンは、ツェツィーリアとの婚約破棄を目論みながら、女性の地位向上を目指す。

最後に掴み取るのは、幸せか、それとも……?

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 騎士 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


日間総合短編1位作品
▼ざまぁされた王子は反省します!▼

ポンコツ王子
イラスト/遥彼方さん
ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
真実の愛だなんて、よく軽々しく言えたもんだ
エレシアに「真実の愛を見つけた」と、婚約破棄を言い渡した第一王子のクラッティ。
しかし父王の怒りを買ったクラッティは、紛争の前線へと平騎士として送り出され、愛したはずの女性にも逃げられてしまう。
戦場で元婚約者のエレシアに似た女性と知り合い、今までの自分の行いを後悔していくクラッティだが……
果たして彼は、本当の真実の愛を見つけることができるのか。
キーワード: R15 王子 聖女 騎士 ざまぁ/ざまあ 愛/友情/成長 婚約破棄 男主人公 真実の愛 ざまぁされた側 シリアス/反省 笑いあり涙あり ポンコツ王子 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼運命に抗え!▼

巻き戻り聖女
イラスト/堺むてっぽうさん
ロゴ/貴様 二太郎さん
巻き戻り聖女 〜命を削るタイムリープは誰がため〜
私だけ生き残っても、あなたたちがいないのならば……!
聖女ルナリーが結界を張る旅から戻ると、王都は魔女の瘴気が蔓延していた。

国を魔女から取り戻そうと奮闘するも、その途中で護衛騎士の二人が死んでしまう。
ルナリーは聖女の力を使って命を削り、時間を巻き戻すのだ。
二人の護衛騎士の命を助けるために、何度も、何度も。

「もう、時間を巻き戻さないでください」
「俺たちが死ぬたび、ルナリーの寿命が減っちまう……!」

気持ちを言葉をありがたく思いつつも、ルナリーは大切な二人のために時間を巻き戻し続け、どんどん命は削られていく。
その中でルナリーは、一人の騎士への恋心に気がついて──

最後に訪れるのは最高の幸せか、それとも……?!
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼行方知れずになりたい王子との、イチャラブ物語!▼

行方知れず王子
イラスト/雨音AKIRAさん
行方知れずを望んだ王子とその結末
なぜキスをするのですか!
双子が不吉だと言われる国で、王家に双子が生まれた。 兄であるイライジャは〝光の子〟として不自由なく暮らし、弟であるジョージは〝闇の子〟として荒地で暮らしていた。
弟をどうにか助けたいと思ったイライジャ。

「俺は行方不明になろうと思う!」
「イライジャ様ッ?!!」

側仕えのクラリスを巻き込んで、王都から姿を消してしまったのだった!
キーワード: R15 身分差 双子 吉凶 因習 王子 駆け落ち(偽装) ハッピーエンド 両片思い じれじれ いちゃいちゃ ラブラブ いちゃらぶ
この作品を読む


異世界恋愛 日間4位作品
▼頑張る人にはご褒美があるものです▼

第五王子
イラスト/こたかんさん
婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。
うちは貧乏領地ですが、本気ですか?
私の婚約者で第五王子のブライアン様が、別の女と子どもをなしていたですって?
そんな方はこちらから願い下げです!
でも、やっぱり幼い頃からずっと結婚すると思っていた人に裏切られたのは、ショックだわ……。
急いで帰ろうとしていたら、馬車が壊れて踏んだり蹴ったり。
そんなとき、通りがかった騎士様が優しく助けてくださったの。なのに私ったらろくにお礼も言えず、お名前も聞けなかった。いつかお会いできればいいのだけれど。

婚約を破棄した私には、誰からも縁談が来なくなってしまったけれど、それも仕方ないわね。
それなのに、副騎士団長であるベネディクトさんからの縁談が舞い込んできたの。
王命でいやいやお見合いされているのかと思っていたら、ベネディクトさんたっての願いだったって、それ本当ですか?
どうして私のところに? うちは驚くほどの貧乏領地ですよ!

これは、そんな私がベネディクトさんに溺愛されて、幸せになるまでのお話。
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼決して貴方を見捨てない!! ▼

たとえ
イラスト/遥彼方さん
たとえ貴方が地に落ちようと
大事な人との、約束だから……!
貴族の屋敷で働くサビーナは、兄の無茶振りによって人生が変わっていく。
当主の息子セヴェリは、誰にでも分け隔てなく優しいサビーナの主人であると同時に、どこか屈折した闇を抱えている男だった。
そんなセヴェリを放っておけないサビーナは、誠心誠意、彼に尽くす事を誓う。

志を同じくする者との、甘く切ない恋心を抱えて。

そしてサビーナは、全てを切り捨ててセヴェリを救うのだ。
己の使命のために。
あの人との約束を違えぬために。

「たとえ貴方が地に落ちようと、私は決して貴方を見捨てたりはいたしません!!」

誰より孤独で悲しい男を。
誰より自由で、幸せにするために。

サビーナは、自己犠牲愛を……彼に捧げる。
キーワード: R15 身分差 NTR要素あり 微エロ表現あり 貴族 騎士 切ない 甘酸っぱい 逃避行 すれ違い 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼恋する気持ちは、戦時中であろうとも▼

失い嫌われ
バナー/秋の桜子さん




新着順 人気小説

おすすめ お気に入り 



また来てね
サビーナセヴェリ
↑二人をタッチすると?!↑
― 新着の感想 ―
[一言] 吐き気、ふらつき……ここから伏線はあったのですね(ぇ そして、なんてつらい背景(´;ω;`)
[一言] 昔の高貴なお家柄の方々は辛いですよね。「嫁して3年子泣きは去る」なんて言葉も、堂々とまかり通っていたのですから。本人たちだけの問題で終われないのが辛いところ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ