6 存在理由
「で、何でいるんだ?」
神力、体力ともに使い果たしたユーリが村はずれの小屋に戻ると、魔王とスイも当たり前のように付いてきた。
「賭けの期間、一緒にいないと結果が分からないよ。だから1年間、僕は君の傍にいるよ」
「契約したんだから私が人を殺めれば分かるだろう」
何を馬鹿なことを、と一蹴するが強制的に追い払うには実力差があり過ぎる。
「そんなのつまらないし、君に興味が出てきたから一緒にいるよ」
にっこりと笑う魔王に、どうせ何か裏があると思っていたユーリはあっさりと諦めた。
「……で、お前は?」
スイに目をやると不貞腐れたようにぼそりと言った。
「俺はお前の下僕なんだろう?傍にいて守る義務がある」
「お前ら両方とも外だ。見ての通り小屋は狭い、邪魔だ」
疲れ果てて身体は休息を求めているのに、これでは休めない。苛立ちからいつもより乱暴な言葉づかいで外を指し示すが、魔王は予想外の行動に出た。瞬く間に10歳前後の少年の姿に変わる。黄金の目も薄まって琥珀色に近い。
「これでいいだろう。ユーリはもう休んでいいよ、人間は脆いからね」
「ーースイ、見張ってろ」
溜息をついてカーテンを引いて、ユーリは倒れ込むように寝床に潜り込んだ。
(寝首を掛かれようとどうせもう体力の限界だ。一応契約があるから問題ないはず…)
とっくに限界を超えていたユーリは横になると同時に眠りに落ちていった。
聞こえてきた寝息に安心しながらも、スイは目の前の魔王に対して警戒を緩めなかった。片方に有益なように見える賭けの裏に何を企んでいるのか。問い詰めようにも自分よりも力のある相手に対しての実力行使は無謀でしかない。
「鬱陶しいからあんまり見ないでくれる?手を出すなと言われたから見逃してあげているんだよ」
興味深そうに小屋の中を見回していた魔王が、面倒くさそうに言った。ユーリの言葉に耳を傾け契約に組み込むほどの好条件も、怪しめば切りがないのも分かっている。だからと言って目を離すわけにはいかない。
(今度こそ護り抜くと決めた)
『二度も殺されてたまるか』
その言葉でユーリが過去を覚えていることを知ったが、胸をえぐられるような衝撃が走った。肩の傷からの出血は止まっていたが、いまだに心臓からは見えない血が滴り落ちているような感覚がある。
最悪の事態を免れるために取った手段、感謝されるとまでは言わないが許してもらえるものだと思い込んでいた。信頼していた相手に背後から心臓を貫かれたという事実は彼女にとって裏切りでしかなかったのだ。
「それにしてもよく生きていたね。魔物に堕とされた人間は大抵狂うか死を選ぶのに」
感心したような、呆れたような口調の中に純粋な好奇心を感じ取った。幼い見た目に引きずられたわけでもないようだが、魔王は好奇心が強いようだ。ユーリを気に入った理由もその辺りにあるような気がする。
「ユーリを護る、それが俺の存在理由だ」
彼女を手に掛けるような状況に二度と陥らず、前世の分も生かすことを自分の存在理由と表明することで魔王を牽制する。
転生に対して懐疑的ではあったが、それだけが生き延びる上での希望であり救いであった。
いつか彼女に会えるかもしれない、そう願って人から忌み嫌われながら心まで魔物に堕ちることなく、息をひそめて生きていた。
今度こそ守れるようにと護るための力を身に付け、ようやく巡り合えた大切な存在。
(たとえユーリに厭われてもそれだけが俺にできる唯一の償いだから)
「ふうん、まあいいや。最低限の躾が出来ているみたいだしね。でも、僕のものに手を出したら消すよ?」
感情の混じらない瞳でさらりと告げられる内容に身構えるが、魔王はすぐに興味を失ったように手元の壜を弄んでいる。殺そうと思えばすぐに殺せる、そんな風に考えられていることが悔しくもあるが純然たる事実であった。
ユーリを護るためには力が足りない。スイは力を得るための方法を思案に耽り、夜は静かに更けていった。