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5 奇妙な賭け

「おや、大した忠犬じゃないか。その傷は聖女さまから付けられたものだろうに。僕とやり合えば5分と持たないよ?」

スイは魔王の言葉に構わず姿勢を低くして攻撃の機会を窺っている。その間もユーリは魔王から逃げる方法を考えていたが、何の案も浮かんでこない。


(魔王に隷属させられれば、永遠に囚われる。くそっ、今世も死ぬしか方法がないのか)

胸に痛みが走り、前世の最期を思い起こさせる。

「おい、1つ教えろ。何で私なんだ?」

聖女だから狙われたのかと思っていたが、何故か自分に固執する魔王の言動が分からない。魂が清らかな心と同義であるならば、今の自分の聖女だった頃に比べると随分穢れているはずだからだ。


「何故かと言われても僕にも分からないよ。ただ本能的に惹かれる存在が君だったんだ」

「ふん、理由がないならただの錯覚、勘違いだろう。いい加減諦めろっ!」

神力を込めて投げたナイフはあっさり弾かれるが、それと同時にスイとユーリは動いた。青い炎が魔王を包みその上からユーリが結界で閉じ込めようとした瞬間、視界が真っ白に染まる。


木に叩きつけられて息が詰まって弾き飛ばされたのだと分かった。轟音で一瞬耳がやられていたらしく、目の前に人影が落ちたことで顔を上げると魔王と目が合う。

あの日と同じ黄金色の瞳はどれだけ口元に笑みを浮かべていても、感情の読み取れないガラス玉のようだ。恐怖よりも悔しさが込み上げるなか、魔王がゆっくりと手を差し伸べる。


「ふふっ、諦めるのは君のほうだね」

「お前だよ。どうやったってお前の求めるものは得られない」

確信があったわけではない。極限状態で魔王の言動を振り返って直感的に口にした言葉だった。目を瞠った魔王の様子に思いつくままに言葉を重ねる。

「私を手に入れたところで同じだ。そもそもお前自身が欲しいものが分かっていない、そうだろう?」


その刹那、ガラスと金属がぶつかり合うような澄んだ音がして、ユーリは体勢を立て直した。魔王に切り掛かったスイは結界に阻まれたが、すぐさま攻撃に転じるのを見てユーリも後に続いた。

どことなくぼんやりとした様子の魔王に切り掛かるが、次々と現れる不可視の結界で魔王を傷付けることができない。


浄化の力で強制的に解除させることも不可能ではないが、魔王の結界ともなれば膨大な神力が必要だろう。残りの神力を叩きこんでもその後に攻撃が出来なければ終りだ。判断に迷っていると結界が消えて、警戒するユーリに魔王がにこやかな笑みを浮かべる。


「ねえ、僕と賭けをしよう」

眉をひそめるユーリを気にすることなく、魔王は言葉を重ねる。

「君が1年間、人を殺さなければ君を解放してあげよう。だけどもし君が人を殺したら、僕の所有物になってもらうよ」


奇妙な提案としかいいようがない。このまま無力化して連れ去るなり、魔力で無理やり人形状態にすることも可能なはずなのに、何故賭けをする必要があるのか。そもそも賭けの内容そのものがおかしいのだ。ユーリは魔物を殺しているが、人を殺めたことなど一度もない。

「それは私が存在するせいで人が死んだときも含まれるのか」

今回もユーリが魔物を倒したせいで、警戒した魔物によって村が襲われたという見方もできる。中にはユーリのせいだと非難する人間もいるだろう。


「いや、君が殺す意志を持って人を殺した場合だけだよ」

「ユーリ、やめろ!賭けも契約の一種で受けてしまえば絶対的なものになる」

唆されるなと戒めるスイの声を無視して、ユーリは賭けの内容を吟味する。この提案を受けなくても、どのみち強制的に奪われてしまうだろう。たとえこの場で自害して転生できたとしてもまた魔王に狙われてしまう可能性が高い。


「その期間、お前は人を殺さないのか?」

「うーん、そうだね。僕が攻撃されない限り手出しは控えよう。もちろん君も殺さないよ。他には?」

条件が良すぎて怪しいのだが、恐らく選択の余地はない。

「その条件でいい」

「ユーリ!!」


「煩い犬は処分してしまおうか」

剣呑な気配を漂わせる魔王にユーリは間に入った。

「勝手に人の下僕を殺すな。ああ、私の物に手を出すのも禁止だ」

「分かったよ。まだ賭けが成立する前で命拾いしたね」

魔王の目の前に契約書が現れユーリは二度、三度目を通して頷く。


こうしてユーリは魔王と契約を交わし、なし崩し的にスイを下僕として手に入れたのだった。

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