3 過去との対面
魔王と呼ばれる存在に襲われ、信頼していた相手から殺される、幼い頃から繰り返し見る悪夢。前世の記憶は断片的だが、聖女として生きた自分の最期だけは夢のお陰で鮮明に覚えている。その痛みと苦しさがあったからこそ、自分は過酷な訓練に耐え、日々鍛錬を続けているのかもしれない。
平穏な日常など簡単に覆されることをユーリは知っていた。
だから集落に魔物が押し寄せてきた聞いても動揺しない。ただ残念だと思う諦めの気持ちだけが一瞬胸に去来して、ユーリは殲滅のため駆け出した。
逃げまどう人々の姿や悲鳴を耳にしながら、目の前の魔物から順に屠っていく。男たちもまとまって魔物に挑んでいるが、劣勢だ。
昆虫や肉食獣の形をした魔物は統制が取れた様子はないのに、何故同時に集落を襲うのか。そんな疑問が頭の片隅で浮かぶが、考えている余裕もなく剣を振り下ろす。神力が込められた剣はユーリの筋力を補うように魔物に致命傷を与えていくが、如何せん数が多すぎる。
(あと何匹だ?せめて一ヶ所に集められれば一気に祓えるのに…)
すぐそばで甲高い悲鳴が上がり、顔見知りの女性が蜘蛛の魔物に絡めとられ、鎌状になった鋏角が目前に迫っている。
「光あれ!」
辺りが光に包まれ、目が眩んだ魔物の一瞬の隙をついて脳天へと剣を叩きつける。女性は蜘蛛の糸に捕らわれて未だにもがいていて、このままだと他の魔物に襲われても抵抗ができない。
「清め給え!」
糸が自然と剥がれ落ちて自由の身となった女性に目もくれず、次の標的へと向かって駆け出した。
祓魔術を使いすぎると神力が尽きてしまう。術よりも剣に神力を纏わせて使うほうがはるかに消費量の節約になる。そのためユーリは剣を振るうことを選んだ。しかし体力にも限界がある。
頭上が暗くなり、とっさに身体を横に転がすと鋭い爪が掠めた。
(猛禽類か!)
翼をもつ魔物は厄介ではあるが単体であれば対処できる。しかし目の前にいる虎のような魔物を相手にしながら戦うには分が悪い。せめて森の中なら行動が制限されるが、そこにたどり着くまでにはやや距離がある。
(引き付けて神力で焼き尽くすか、いやそれだと後がもたない)
判断する前に虎型の魔物が飛びかかってきて、剣を構えるが突如青い炎がその身を包んだ。
絶叫とともにのたうち回る魔物に目を見張ったものの、まだ他の魔物が残っている。鷹に似た魔物を数匹片付けた時には焼け焦げた魔物の残骸があちこちに散らばっていて、動く魔物の姿は見えない。
気を抜きかけたユーリだったが、背後から感じた視線を感じ取って警戒を高めた。視線の持ち主の姿は見えないが、森の中から様子を窺っているような気配を感じる。
逡巡したのは一瞬で、ユーリは用心しながら森へと足を踏み入れた。
「いい加減姿を見せたらどうだ」
視線の持ち主はユーリが近づくと一定の距離を保っていた。森の奥へと誘導されているのは分かったが、集落の近くであれば住人に被害が及ぶ。そう判断してある程度までは付き合っていたが、そろそろ良いだろう。
「……危害を加えるつもりはない。だけど……お前に危険が迫っている」
忠告とも警告とも取れる言葉だが、信用するつもりはさらさらない。何故なら声の持ち主は恐らく魔族だからだ。普通の魔物と違って人型を取ることができる力の強い魔物。先ほどの青い炎もこの魔族によるものだろうとユーリは予測している。助けた振りをして油断を誘うつもりか、それとも別の目的があるのか。
「言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどうだ。話す気がないなら口を割らせるまでだが」
正直余力はないが、相手に気取らせないようわざと好戦的な口調で告げる。
「ユーリと戦う気はない」
自分の名前を呼び木陰から姿を現した男を見て、心臓に刺すような痛みと衝撃が走った。そこにいたのは前世で自分を殺した男であり祓魔士であったはずのスイだった。