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1 祓魔士になりたい

自分が普通でないと気づいたのは5歳の頃、両親を流行り病で亡くし、孤児院に引き取られてからだった。初めて同年代の子供たちと過ごすことになったおかげで、自分との違いをはっきりと突き付けられたのだ。


(どうして神力を使わないんだろう?)

新入りだということで大人しく様子を窺っていたユーリは、内心で疑問に思っていた。後で振り返れば単純にユーリの思い違いでもあったのだが、教会と隣接している孤児院はユーリの記憶にあったものと一致しており、孤児院は祓魔士と聖女の育成する場と思い込むのも無理はない。


それなのに怪我をしても薬草を使い、重い荷物を運ぶにも調理をするにも全て人の力のみで行われていることを不思議に思っていた。

(でも以前より便利な道具が増えている。それに魔族の話題も出ないし……あれ、じゃあ私はどうして知っているの?)

その途端頭が割れるかと思うほどの激痛に襲われて、ユーリはその場に倒れ込んだ。


2日ほど昏倒していたユーリが目を覚まし、最初に行ったことは神父との面談を願い出ることだった。

そうしてユーリはこの世界の現状について詳しく知ることになる。


魔族との攻防が激化したのは今からおよそ100年前のこと。当時の聖女や祓魔士も多くの犠牲を払い魔王討伐には至らなかったものの、ある時を境に魔族の攻撃が鳴りをひそめた。一説には魔王が不慮の事態によって命を落としたのではないかと推測されている。もちろん教会としては未だに警戒しているものの、聖女や祓魔士に適合する者が減り始めたこともあり今では王都に近い一部の教会でのみ、聖女と祓魔士を養育しているという。


両親は自分の神力を知っていたが、初めて力を使った時にはショックを受けたような顔をしていた。聖女についての知識はあるものの、それがどういうものか分からなかったのだろう。一人娘を奪われまいと人里離れた場所に暮らすことを選んだ両親の想いに気づいたユーリは、改めて申し訳ない気持ちになった。


ユーリが面談した神父であるステファンは穏やかで敬虔な信徒である。悪人ではないが、彼にすべてを打ち明けるほど信頼はしていない。そこでユーリはまず自分に神力があることだけを伝えると、ステファンは難しい表情で告げた。


「聖女になることは名誉なことで神の思し召しでもあるのですが、神力がある全ての子供が聖女にならないといけないわけではありません。このまま孤児院で暮らすこともできますが、ユーリはどうしたいですか?」

普通の子供なら選択を与えることなどなかっただろう。だが僅かな会話とユーリの理解力から一人の人間として状況を伝えたステファンは誠実だといえる。


「神父様、私は祓魔士になりたいです。聖女は守りの力を祓魔士は魔を祓う力を行使するのですよね。私は戦う力が欲しいです」

ユーリの言葉にステファンはますます困ったような表情になった。

「祓魔士は神力だけでなく武力を鍛える必要がありますよ。男女では生まれつき持っている筋力が異なりますから、努力だけでは難しいでしょう」

諭すように言葉掛けるとユーリは落ち着いた面持ちで返した。


「それでも私は祓魔士になります。傭兵や兵士の訓練所で下働きなど出来ないでしょうか?もしくは重労働の仕事について鍛錬を積みたいのです」

流石のステファンもユーリの態度に不審を覚えていた。わずか5歳かそこらの子供がこんなに理路整然と話すことも、鍛錬を積むために仕事を望むことも異常だとすら思う。


「神父様、私は恐らく前世の記憶があるのです」

ステファンが大きく目を見開いて息を呑んだ。それは教会においても意見が分かれる論点の一つだったからだ。


『神の恩寵により生まれ、死後は神の国に迎えられる』というのは教典に書かれているが、永遠に神の国に存在することが出来るのか、それとも再び神の恩寵により生まれ変わることが出来るのかという点については明記されていない。


そのため「神の国に迎えられるために善行を積むべきだ」という古くからの教えを守る原典派と「生まれ変わることで徳を積んで最終的に神の国に召されるのだ」という新教派に分かれることになった。どちらも最終的には同じなのだが、新教派は多少悪い行いをしてしまっても来世で徳を積めばいいという考え、悪いことをしてもいつかは神の国に行けるという解釈にも繋がるため、そのことが両派の溝を深めている。


「聖女では為しえなかったことを祓魔士としてやり遂げたいのです。神父様にご紹介いただけなくても明日には去ろうと思っていますので、ご迷惑をお掛けいたしません」

淡々と話すユーリから静かな決意が伝わってきて、ステファンも覚悟を決めた。どんな過去があろうとも目の前の少女の背負っているものの重さと覚悟は生半可なものではない。


「ユーリ、3日待ちなさい。貴女の意思は十分に分かりましたが、今日の明日では先方の都合もありますから」

琥珀色の瞳が懐疑的な色を帯びるが、ユーリは大人しく頷いた。ユーリが退室してステファンは早速手紙を書くため、便箋に手を伸ばした。古い友人は変わり者と呼ばれているものの、あちこちに伝手があり彼に頼めばユーリの願いを叶えてあげることができるだろう。


友人にも教会にもユーリの過去については自分の胸に秘めておくことにする。教会に告げればユーリが危うい立場に立たされることは間違いない。聖女では成し遂げられなかったことが何なのかは分からないが、あの瞬間だけユーリは痛みをこらえるような表情に変わった。それがひどく痛々しくて手助けをしてやりたいと思った一番の理由だ。


(困難を極める彼女の先行きに幸あらんことを)

手紙を書き終えたステファンはそう願わずにはいられなかった。


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