18 傭兵ギルド
クラウドに手紙が届くのは早くて3日後、それから情報収集に1週間。それでもすぐに魔王討伐へと動くのは難しいだろう。準備もなしに魔王を滅することなど不可能で、全勢力を動員したところで勝算は高くない。だがユーリはクラウドの知識に僅かな可能性を掛けていた。変人だがその知性や発想力は並外れていて、それゆえに30代で准枢機卿などという特別な役職を与えられたのだ。
相変わらず行動が読めないが、ナギは今のところ大人しくしている。怪我を治すまで安静にと言われたが体が鈍っても困るし、何より先立つものが必要だ。なのでユーリは傭兵ギルドに顔を出しては支障のない程度の仕事をこなすことに決めた。
ギルドには偶然にも以前数回顔を合わせたことがある職員がいたため、仕事の紹介も順調だと思われたのだが……。
ギルドの扉を開けると、悪意と好奇が混ざり合った視線が注がれる。
視線が刺さるという表現が言いえて妙だと実感する。まだ開店したばかりだというのに人の多さに辟易しながらこちらの様子を窺う奴らを一瞥すれば、逸らす者、睨みつける者、そして陶然とした表情をユーリの背後に向ける女性達。
「ユーリ、今日は何をするの?」
それに目もくれずにナギが蕩けそうな笑みをユーリに向けると、女性の尖った視線が痛い。
スイの不在を知ってからナギの機嫌は良さそうだ。下手に怒らせるよりマシなのだが、そのせいで苦労しているユーリとしては少々イライラする。
自分がどれだけスイを頼っていたか思い知らされて、唇を噛みしめて依頼を物色した。
「……ただの掃除だ」
ユーリが選んだのは街はずれにある牧場に出没する魔獣の退治だ。掲示板の紙をはがして受付に持っていけば、ユーリに敵意を向けない数少ない職員が笑顔で挨拶をしてくれた。
「ああ、こちらを引き受けてくれるんですね。助かります」
農産物や家畜が被害にあっているようだが、ただの獣の可能性もある。人的被害が出ていない上に報酬も少ないことから手を上げる者がいないと予測したユーリは正しかったようだ。感謝するような声に軽く頷いて答えると、丁寧に依頼先までの道順を教えてくれた。
「あの、たまには一緒に食事でもしませんか?」
可憐な見た目の少女がユーリを誘うが、本当の目的はナギであることは明らかだ。
「仕事があるので」
短く答えると綺麗な瞳が怒りの色を纏う。少し離れた場所から見守っていた男女が近づいてきて、舌打ちを堪える。
「なあ、たまには一緒に組んでやらねえか?あんた、そこそこ強いんだろう?」
親しげに男のほうが話しかけてきたが、入ってきたときに睨みつけられたことは確認済だ。
「しばらくはソロで動くことにしている。すまない」
これ以上足止めを食らっても時間と労力の無駄だ。断りを入れてさっさと出入口に向かえば、聞こえよがしな舌打ちや嘲笑が背後から投げつけられた。
スイがユーリの元を離れたことにより、これまで以上に身の安全に気を付けなければならないことは覚悟していた。だがそれよりもナギが付いて来ることによって乱される人間関係のほうが厄介だとは予測していなかった。
正体を知らなければ整った顔立ちと優しげな物腰のため惹かれる女性は多い。食事に行っても妙齢の女性から秋波を送られ、一緒にいるユーリは嫉妬の的になる。それが傭兵達は面白くなく、仕事を受ける際にも多少の嫌がらせをされるのはユーリだ。ナギ自身が依頼を受ける訳ではないがユーリはナギとセットと認識されているらしく、いい迷惑である。
「ふふ、一緒に組んでも僕は気にしないのに。僕と二人きりのほうがいいのかな?」
相手にしたら負けだ、とユーリはナギの言葉を聞き流す。
賭けの内容から考えれば出来うる限り人と関わらない方がいい。くわえてユーリは集団行動が苦手であり、それを見越したナギが何かを仕掛けてくるのは想像に難くなかった。
魔の森に戻ることも考えたが、魔力に満ちた場所は祓魔士や聖女にとって神力を発揮しやすい場所ではない。人里から離れればクラウドと連絡を取ることも容易ではなく、ユーリはミュスタに留まることを決めた。
最初に場所を知らされた時には落ち着かない気分だったが、ユーリが知っているミュスタとは随分様子が異なっていた。教会を中心とした村と町の間ぐらいの規模で、人口もそんなに多くなかったはずだが今は随分と活気のある中規模の街に変わっている。
それにミュスタのシンボルであった教会も新しくはあるものの、ひっそりと中心部から外れた場所に建っているだけだ。今のユーリは気軽に教会に立ち寄れないが、遠巻きに何度か様子を伺ったところ訪れる者もあまり多くはないらしい。
集落や人里離れた場所では魔物の活性化を体感できたが、都市部ではその実感がないのだろう。平和な時代であれば教会を頼るよりも、ギルドを頼るほうが問題解決の手段としては間違っていない。
(だが、それもじきに壊れる)
野放し状態の魔王だが、賭けによって僅かではあるが拘束力がある。気まぐれのように付け加えられたものの、『攻撃されない限り手を出さない』と自ら口にしていたのだ。だから安心していいはずなのに、不安がじわりと心を侵食する。
裏を返せばナギを攻撃すればその限りではないということだ。人を惑わすのが得意なナギからどうやって相手の身を護ればいいのか、ユーリの悩みは尽きない。




