6.スクロール
「元の場所に戻る手段はあるか?」
剣崎が尋ねると、土下座を続ける犬人族は、互いに引きつった顔を見合わせた。ジルヴェスタが上目を向けた。
「お、恐れながら、ど、どうか、そ、某の命でご勘弁下さいませ」
「お前の命で戻れるのか」
ジルヴェスタは「ひいっ」と声を漏らすと、再び頭を床に擦り付けた。
「……落ち着け。害する気はない。ただ正直に言え。どうすれば戻ることができる」
犬人族は小声で相談しあっていたが、やがてジルヴェスタが口を開いた。
「もも申し訳ございません。戻る手段なぞ考えたこともございませんでした。ししかしながら、『稀人召喚状』は迷宮で産出された宝物。迷宮内部から外部に転移できる『帰還』のスクロールは結構な数が出回っていると聞き及んでおります。稀人様が御帰還できるスクロールも存在すると思われます」
「さっきから言っている、その迷宮とは何だ」
「は、迷宮とはダンジョンの事でございます」
「?」
「あ、暗黒の門でございます」
「あ゛?」
怒気を感じ取り、柴犬王子が慌てて脇から進み出て、迷宮について説明した。
この世界には魔物に満ちた迷宮なる建築物が存在するらしく、さまざまな不思議な宝物を産出するという。
剣崎は腕を組んで聞いていたが、話が終わると思案に耽った。
緊張して見守る犬人族。
「……つまり……、その迷宮を探索し、転移の巻物を探し出す必要がある、という事か」
「は、はい……」とジルヴェスタ。
「お金をつめば、クエストを発注することも可能です!」
柴犬王子が言うと、脇からドーベルマン頭が囁いた。
「殿下、オークションでも『稀人召喚状』が出品されたことなど聞いたことありません。その未知のスクロールに、いったい白金貨がどれほど必要になるか……、現在の我が国には、とても……」
「……では、魔物の徘徊する場を自分で探せと」
「めめめ滅相もございません! 某たちが蒔いた種は某たちで刈り取る所存! 稀人様は、どうか、ごゆるりとお待ちください!」
「いつまでだ」
「じ十年! い、いえ、五年以内には必ず!……」
「……」
「か、必ずや見つけ出してご覧にいれます!」
「……いい」
「え?」
「迷宮の場所を教えるだけでいい。どこだ」
「かっ必ず見つけ出します! どどうぞ、お怒りをお鎮めくださいませ!」
「怒ってない」
「ででしたら、何卒、某どもにお任せ下さいませ! 残された国力注ぎ、全力で探し出してご覧に入れます!」
自分で探すのなら、我々が必要ないという事。一族郎党処刑されることを危惧した宰相は、泣きそうな顔つきで口沫を飛ばした。
「……いいと言ってる」
「某を信用して下さらないのですか! 卑小なれど仮にも一国の宰相を任された身! かくなる上は、今この場で某の命を絶ち、我が国の誠意を証明し、お怒りをお鎮めするのみ!」
「怒ってないと言ってるだろ!!!! 死にてえのかっ!!!!」
剣崎が大気を震わせて怒鳴ると、犬人族は手を取り合って震えあがり「やっぱり怒ってる」と涙を浮かべた。
剣崎はため息をついた。
「……お前たちのすべき事は何だ?」
「……は……、稀人様の御帰還のために……」
「違う」
「え?」
「今は国土を回復し、国を立て直す事だ。違うか? お前たちはそれに全力を注げ」
犬人族の目つきが変わった。
「だが、すまんが俺はそれに力を貸せない。任務中だから速やかに帰投せねばならない。その点は申し訳ない」剣崎は頭を下げる。
「そ、そんな、滅相もない……」犬人族は目を潤ませた。
剣崎は頬をかく。
「それに……、魔物が出るんだろ。そんな危険な場に、お前たちを送り込める訳ない。死んだらどうするんだ」
「ま、ま、ま、稀人様あああああああああああ!」
犬人族は号泣した。
「僕たちは何てことしてしまったんだあああ!」
「稀人様ああ! 本当にすみませんでしたああああ!」
足元に擦り寄る犬人族から、剣崎は照れたように目を背ける。
――それに……、迷宮と言ったか……。そんな面白そうな場所があるのに、のんびりと、ただ待ってられるか。
バラクラバの下では、彼の口はニヤリと笑みを浮かべていた。
剣崎と柴犬王子一行は、メルダの森から北へ馬で十日あまり進んだ。宰相たちは敗残兵や民を捜索するために、森の霊廟に残っている。
森には魔物が多数生息しているらしく、時々、恐ろしい遠吠えが聞こえてきたが、犬人族の「魔物避け香」のお陰か剣崎は何事もなく森を抜けることが出来た。
森の先には川があり、渡河すると、広大な牧草地帯や農地が続いた。石垣や木の柵がある、のどかな田園風景だ。
小さな村をいくつか抜けて、十日ほど進むと、地平線に巨大な城壁が見えてきた。
城壁の外側にも町が広がり、無数の人や馬車が往来している。町の店や住宅は木造が多く、石造りのものは少なかった。通り沿いには、食べ物や生活道具を販売する露店。客引きする声で賑やかである。
町に近づき、一行は二列になって進んだ。先頭が剣崎と、ポッター王子(柴犬王子)である。後ろを十人ほどの護衛と従者が付き従っている。
「ずいぶんとでかいし、活気があるな」
ポッターは笑顔で剣崎に顔を向けた。
「あれがラビリンセントラムです。中はもっとすごいですよ!」
「ほう、人口はどのくらいだ」
王子が後ろを向くと、ドーベルマン頭の護衛が「百万人はいるかと」と答えた。
剣崎は、その人口を賄う食料や燃料、上下水道などを想像し、大したものだと感心した。
城外の大通りを進むこと一時間、彼らは、開け放たれた巨大な城門を抜けて、ラビリンセントラムに入京した。




