2.ラビリンセントラム
ヴェネイトル(魔物狩り人)になるには、国籍も資格も何も必要ない。
誰でも、たとえ犯罪者であっても(自己申告しなければの話だが)迷宮に潜ることが可能である。例えば懲役刑として、迷宮で魔物狩りをさせられることもある。
迷宮には九つの門があり、異界門と呼ばれている。
初心者が立ち入れる迷宮はそのうち第一門の一つだけだが、ギルドに所属し、実績を積み上げ、ランクを上げると、立ち入れる門が増える。
迷宮内は、大きく浅層、中層、深層に分類され、深く潜れば潜るほど、強力な魔物に遭遇する。
どこまで潜るかは各ヴェネイトルの自由である。浅層で稼ぐも良し、パーティーを組んで深層に挑戦するもよし。基本的に自己責任の世界である。
迷宮内で得たものは、迷宮管理協会の直営買取所に売るのが基本である。
協会はそれを各国の商人などに卸す。
必ず、協会に売らなければならないのか、と言うと、そうでもない。
自由に売買が可能であり、また、直接、加工所や武器屋に持って行くことが出来る。
が、特殊な素材でない限り、それはあまり行われない。
別の税金がかかるので、普通にオーダーしたり、既製品を買った方が安く済むことが多いからだ。
個人的に欲しい素材や宝は、売らずに所有しても良い。
但し、迷宮都市外に持ち出すには、許可証が必要であり、それを得るには金がかかる。
過去、すべてを協会に売ることが強制された時期もあったが、それはすぐに廃止された。
命がけで得た物を、なぜ自由に売買できない!と、ヴェネイトルたちはいきり立った。
あまたの魔物を倒し、人外の力を得た猛者たちだ。
話し合いは揉めたが、魔引き(魔物を狩ること)をボイコットすると声が上がると、協会はすぐに折れた。
現在では、ギルドと協会の定例会議で制度を調整している。
ちなみに、迷宮管理協会協会長は、大陸各国の代表者による協議会で任命される。
ヴェネイトルのギルド長は引退したヴェネイトルの中から、ギルド内の投票によって決められる。
迷宮資源を欲する場合は、協会あるいはギルドに注文すればよい。
在庫があるものはすぐに手に入り、無いものはヴェネイトルに特別注文が出る。
大抵、クエストの儲けは、ただ探索するよりも良い。
ヴェネイトルにとっても、協会、ギルドにとっても、いい「商売」なのである。
時には一つの宝物――例えば、マジックスクロールや、マジックバッグ――だけで一生遊べる金額になることもある。
また、珍しいアイテムは、協会を通してオークションに出品することも可能だ。
少なくない出品料や手数料を協会に取られるが、それでも目が飛び出るほど高額になることもある。
ヴェネイトル・ドリームという奴だ。
そうして得た利益を、協会は、都市の維持管理、氾濫の防止などに利用し、ヴェネイトルは装備を充実させ、旨いものを食い、夜を愉しみ、さらに魔物を狩る。
ウィンウィンの関係が成立した。
このシステムはうまく働き、この百二十八年、ラビリンセントラムは「大氾濫」を起こしていない。
中には、迷宮内で強盗を働いたり、他のヴェネイトルを殺害するなど悪行する人間もいる。
そういう輩はどうなるか?
ただの強盗罪や、殺人罪ではない。「氾濫幇助罪」も適用される。これは最大級の重罪であり、懸賞金をかけられ、ギルド、協会が全力で排除にかかる。
多数のヴェネイトルや強力な協会ハンターに追われるのだ。ほとんどの場合は、これで解決するが、これは踏破されたエリア内での話だ。
まれに、深層の未踏破エリアに逃げ込まれた場合は、それ以上追跡せず、境界で監視強化を行う場合が多い。
高ランクの熟練ヴェネイトルであっても、一人では未踏破エリアには入らない。魔物に殺される危険性が高いためである。
迷宮は深部へ行けば行くほど、強力な魔物が出現するのだ。
ラビリンセントラムは三層に分けられる。
第一層は迷宮である。
直径百四十メートルに及ぶ円形建築物は、現在では、高さ五階建て相当の防御壁によって囲まれている。
大小四つの堡塁が、交互に内側に突き出ていて、上空から見ると、クローバーを形作る。
大きな堡塁の角に頑強な内開きの門があり、これは平面ではなく、合掌型である。内側から外に押す力にはめっぽう強い。
身の丈三メートルのオーガが全力で押しても、巨大な鋼鉄の棍棒で殴っても破壊されない。攻城兵器でも破れないように設計してある。
八つの堡塁の上にはバリスタを設置した小塔がある。
迷宮と城壁の間は、ふだんは様々な屋台、飲食、武具防具、アイテム、医薬品などの露店が所狭しと立ち並ぶ。中東のバザールのようだ。
第二層は居住区である。
迷宮防御壁と外郭城壁の間であり、その広さは平安京の数倍はあるだろう。人口は百万人を超えると言われているが、移民の増加が激しく、また迷宮内での行方不明も多数あり、正確には協会も把握していない。
形は、ドーナッツ状。第一層から東西南北に大通りが放射状に延び、数百メートルおきに巨大な壁と門で区画分けさている。
一応、城塞都市の形を呈しているが、協会が設立してから、ラビリンセントラムを襲おうとする国は皆無。外郭は魔物を逃がさない意味合いが強い。
商工業が発達し、上下水道、運河が整備され、非常に賑わっている。
第三層は城外である。
都市が拡大するにつれ、二層に入りきらない人の住居や、農業、流通の拠点などがある。二層と異なり、下水が完備されていないので、衛生状態はあまり良くない。スラム地区があるのもここである。
しかし、三層も二層と同様、川が流れているので、排せつ物は水運を用いて畑へ運んで利用している。
三層の周りには、広大な小麦や野菜畑、牧場が広がっている。
昔は魔物が生息する広大な森林があったが、燃料や建築資材の伐採と農地拡大のため、今はほとんど残されていない。
過去、二層まで魔物の浸出を許したことが二度ある。
災害や紛争などの要因が重なった結果、ヴェネイトルの魔引きが不足したためである。
数千人の尊い犠牲を払い、それを猛省した結果が、現在の都市の形であった。
ある時期から、ラビリンセントラムでは硬貨を鋳造している。
初めは、複数の大国の金銀銅貨を用いていたが、すぐに無理が生じた。硬貨の流通、取引の混乱が酷かったことに加え、無限に産出する迷宮資源に対し、硬貨の絶対量が足りなくなったことが原因である。
各国政府はラビリンセントラムに硬貨の発行権を認めた。
素材は、東方連合国産の金銀銅、および、迷宮産の希少金属である。
北方の大国、ソルバルウ帝国の金銀銅貨の貨幣価値に合わせられて造られた。
単位は「ラビリ」
銅貨一枚が、一ラビリ。
銀貨一枚が、十六ラビリ。
金貨一枚が、四百ラビリである。
最初期には、受け取りを嫌がるヴェネイトルもいたが、数年のうちに、ラビリは世界共通貨として流通することになった。
のちに、迷宮産アイテムの高額化が進むにつれ、人口が増加し産業が活発になるにつれインフレが進み、より高額硬貨が鋳造されるようになった。
白金貨一枚が、金貨百枚。四万ラビリ。
オリハルコンミスリル合金貨(オリミス金貨)一枚が、白金貨百枚。四百万ラビリ。
流石に、オリミス金貨はあまり流通せず、債務証書が用いられた。
これは、こんな迷宮都市を来訪した、ある警察官の物語である。