36.収穫祭
ヴィルヘルミナ女王とアンソニー公は、剣崎に「稀人召喚状」について調べると確約して、王都に帰還していった。
疎開していた住民も続々と王都に戻った。全てではないが、略奪されたものは返還され、被害に遭った人には、カラム国民からの義援金が配布されたので、アンソニーが恐れた国民と国民が憎悪しあうという結果は避けられた。当然、ペルソン王と略奪兵の評判は最悪のままである。
剣崎は図書館で調査を続けながら、ヴェネイトルギルドに通って資料をあさった。受付嬢のカトリーナはしょっちゅう声をかけてくるし、司書のロザリアは剣崎を避けるように逃げて行く。以前、剣崎に敗北したバードなどは、あれから腕を上げたようで、再戦を申し込んできているが、なかなか時間が合わなかった。
そろそろ新しい迷宮を攻略するために魔法について学ぼうと思い始めた頃、剣崎はメルダの式典に招待された。王都返還の第一功労者としてである。
復興が順調に進み、収穫祭と一緒に催されるらしい。
「……俺は何もしていないが」
剣崎は戸惑ったが、使者は「この度の事変解決に携わった全員が第一功労者なのです」とアンソニーの言葉を伝えた。
メルダ王都周辺の小麦畑は刈り入れが終わり、麦穂の山のまわりでは羊たちが草を食べていた。
王都に入ると街は沢山の花で飾り付けられ、屋台が旨そうな匂いを放ち、広場では音楽が鳴り、犬人族は民族的なダンスを楽しそうに踊っている。
メルダは人々の笑顔で溢れていた。
式典ではヴィルヘルミナ女王はメルダ国民に王都を捨てて逃げた事を詫びた。
責める者は誰もいなかった。もし王都で戦っていれば多くの民が死に、被害は拡大、女王は捉えられカラムの属国化した可能性があったことを皆、アンソニー公から聞いていたのだ。
女王は事前に、剣崎にも国民の前で演説をして欲しいと願ったが、剣崎は「その資格はない」と固辞した。
式典の後、王宮の庭園でパーティーが催された。
貴族だけでなく一般市民が多く押し寄せ、アットホームな雰囲気となった。
稀人の事は一部のものしか知らされてない。剣崎は落ち着いて犬人族との親交を深めることができた。
ジルヴェスタ宰相は剣崎を見つけると、駆け寄って来て土下座せんばかりの勢いで感謝の意を述べた。一国の宰相が剣崎に泣いて感謝し謝罪するので、周囲の一般市民の耳目を集めた。
「なんだ、なんだ」
「宰相様がひた謝ってるぞ」
「見て、あの邪悪な目つき……」
剣崎は困って「気にするな」と優しく言って宰相の肩をたたくと、早々に切り上げた。
キャンベル将軍は剣崎との会話を楽しみ、別れたあと隣にいた式典の警備隊長をしていたギルベイル――キャンベルの息子に言った。
「兵法に通暁しているだけかと思っていたが、あの隙のない所作、あれは相当な武人だな」
「だから、そうお伝えしてたでしょう。将軍、くれぐれも稀人様に模擬戦を申し込んだりしないでくださいよ。女王から、きつく申し付けられてますから」
「弁えておるわ」
「……だと良いんですがね」
ギルベイルはキャンベルにジト目を向ける。
キャンベルがワインを一気飲みしてから「しかし身体がうずくな……」と小声で言うと、ギルベイルはため息をついてから、警備の部下に目くばせをした。
彼らの働きがあり、剣崎は何事もなく引き続きパーティーを楽しむことが出来た。
アンソニー公は、魔物からの避難所の名目で、メルダ―チカナミ街道にいくつか砦を建設する予定らしい。また、カレー粉販売のために設立したアンドン商会は他国にも販路を拡大し、またカレーライス専門店も開店して大儲けしている。純利益は剣崎と折半である。
また部族や地域ごとの自警団の中央集権化をすすめるため、剣崎に警察組織の仕組みなどを盛んに質問した。
アンソニーは、一段落したらまたヒモ生活に戻りたいと剣崎に語った。
ヴィルヘルミナ女王は「稀人召喚状」の調査チームを立ち上げた。リーダーはモモア大史の後を継いだ、トイプードルの若い女性である。
剣崎は何日かメルダに滞在し、再びラビリンセントラムへ戻った。
宿屋に泊まることも家を買うことも出来るが、女王たっての願いもあり、また、装備品や迷宮で獲得した素材の保管をどうするか考えていたが、メルダの屋敷なら防犯上問題ないで、そのまま滞在させてもらっている。
家賃や食費は受け取ろうとしないので、何か別の形を考えたが、まだ思いつかない。
剣崎は、ボトスで読んだ「迷宮文書」を思い返した。
精神はエネルギーであり、物質はエネルギーから遷移し生ずる?
転移を行うエネルギーも、迷宮内で魔物を生み出すエネルギーも、魔法のエネルギーと同じであったか?
ハーラースは、そのエネルギーが存在する世界をホクモートと呼んだが……。
ヒュージワームと戦った時、エヴァが炎の魔法を見せてくれたのを思い出す。不可思議で面白い現象だった。
剣崎は、これから迷宮第二門以降を探索するにしても、異界転移の謎を解くにしても、魔法について専門的に学ばねばならないと思っていた。魔法を使用する魔物や、魔法攻撃しか通用しない魔物の存在を知っていたからである。
しかし、書物だけで学ぶには限界があった。
そこで、迷宮都市にある魔法を学べる教育機関を調べると、四つあることが分かった。「聖ミノス大学」「ソンバルウ帝立騎士魔法学園」「トルーデンリング魔術学院」「エルツェーベト黒魔法アカデミー」である。
「神聖ミノス大学」は将来の聖職者を養成する場であり、神聖魔法を学ぶことが出来る。
「ソンバルウ帝立騎士魔法学園」は北方の大国ソンバルウ帝国の運営する大学で、主に騎士や魔法士、技術者を養成する。
「トルーデンリング魔術学院」は、昔の大魔導士トルーデンリングの弟子が集まって設立し、純粋に魔術を学び研究する場である。
「エルツェーベト黒魔法アカデミー」は、昔は秘密結社だったが、一世紀前に路線を変更し、イメージアップを図るためか、構成員を増やすためか、魔法学校を開設した。
剣崎はどこで学ぼうかと考え、評判の聞き込み捜査をした。ギルドで魔法使いを見つけては尋ねた。エヴァにも尋ねようと彼女の拠点を訪れたが、あいにく留守。ギルド司書のロザリアにも聞こうと思ったが、彼女には逃げられた。
捜査の結果、「神聖ミノス大学」「ソンバルウ帝立騎士魔法大学」はそれぞれ学生の就職とミノス教および帝国の人材獲得が目的の学校であり、「エルツェーベト黒魔法アカデミー」は個性豊かな学生――変人――が集まり、好みが分かれるという。
魔法について深く学ぶなら、「トルーデンリング魔術学院」が良いとの情報を得て、剣崎は、そこを受験しようと決意した。
ポッター王子はメルダ王都の件が落ち着くと、大陸各国の王侯貴族子弟が集まるラビリンセントラム・ロワイヤル学園に入学するため、再び迷宮都市にやってきていた。ソンバルウ帝国首都ガルにある、ソンバルウ帝立ロワイヤル学園に並ぶ最高学府である。帝王学を学び、他国貴族と交流するためであった。
たが、剣崎のトルーデンリング魔術学院受験の話を聞くと、ポッターは自分もそこに入学すると言い出した。