19.暁の鳥
カトリーナは手元の書類から目を離さない。
「暁の鳥」のホームグラウンドはギルド北支部。もし剣崎が彼らのパーティーに入れば、剣崎も北支部に移り、今後、会う機会がほとんどなくなる。
剣崎は一昨日にランクBの魔物を三匹討伐したばかり。有望株が引き抜かれると、支部の成績にも響く。
ギルドに引き抜きを止める権利はない。支部の選択やパーティー加入脱退は基本的にすべてヴェネイトル個人の自由である。
カトリーナは固唾をのんで、エヴァと剣崎の会話に耳を集中した。
「パーティーに?」
突然のエヴァの勧誘に、剣崎は怪訝な顔をした。
「一人なんでしょ」
「エヴァの恩人であり、相応の実力者であれば、俺たちはお前を歓迎する」
リーダーらしい聖騎士ランドが静かに言った。首にはシルバーの認識票をぶら下げている。迷宮深層の魔物を単独討伐した証である。
「……だが、なぜだ? 誘う理由は?」
エヴァが剣崎の手を取って両手で包むと、受付からガタリと音がした。見ると、カトリーナがすまし顔で椅子に座り直していた。
「仲間を失う気持ちは誰だって同じよ」
エヴァは、一年前、「暁の鳥」が強力な魔物と不意に遭遇し、戦いのさなかメンバーの一人が自らを犠牲にして死んだことを話した。彼がいなければ全滅だったという。
子供のころからの付き合いであり、最も信頼していた参謀兼、支援魔法使いだった。
彼らは幼馴染の死に深く傷つき、その後、メンバーの欠員を補わなかった。彼のために空席を残していたのだ。
しかし今回エヴァを失う一歩手前となった。
メンバーを補充し余裕をもった戦いをしていれば、トラップを見つけることが出来たかもしれない。バラバラに分断されても一人で戦える余力が残されていたかもしれない。
仲間が自らを犠牲にして守ってくれた命を、そのように失っては申し訳ない。
「暁の鳥」は今回の戦いを重く受け止め、欠員を補充すると決めたのだった。
「あなたが一人で探索する気持ちも分かるわ。でもそれは、死んだケイサツの仲間だって、きっと望んではいない」
ケイサツをパーティー名だと誤解したままのエヴァである。剣崎は目をしばたたかせ、考えるように視線を動かした。
「……死んではいないが……」
「ごめんなさい……、分かってるわ。あなたの心の中で今でも生きている。私たちもそう。ドッドの事は死ぬまで忘れない。ずっと生きてるの。この胸の中でね……」
エヴァは、ふくよかな胸に両手をあてた。
「……待て……、何か、勘違いしているようだが、俺の仲間は別世界にいる……、おそらく、元気にしているとは思うが、そのうち再会するつもりだ」
「ええ……、私たちもよ。ドッドに必ず会うわ。いつになるか分からないけど、ヴァルハラで再会した時、こう言うのよ。ドッド! 久しぶりね! 待たせてごめんね、元気だった?ってね」
「……」
エヴァは目尻の涙を拭う。ランドは口を開いた。
「今回の戦い、俺たちは余力があるはずだった。プロのヴェネイトルには、一か八かは許されない。勝てる戦いに臨むのがプロだ。しかし、現実には何があるか分からない。想定外がいくつも重なった時、命は簡単に失われる」
「あのグレートトロールが特殊個体で、あんなスキルを隠してたなんてねー」とシイラ。
「なんで転移トラップに気付かなかったんだ」とベルトラン。
「ちょっと! 私が悪いって言うつもり!」
「二人ともいい加減にしろ。その話は昨日片付いたはずだ。……すまん、つまりだ、この先、一人で行動を続けるのには無理がある。不測の事態に陥った時、助け合う仲間が必要だ。そうは思わないか」
「……その点は同意する」
「うむ。俺たちはメンバーを一人募集する。カズヨシには仲間が必要だ。お互いの利害が一致するのではないか」
ランドは剣崎に優しい目を向けた。
その日、広場のコロッセオでは剣闘が行われていた。
参加費を払えば誰でも戦える。勝てば賞金が出る。公営の賭博もあり、四五日に一回開催される日は、いつも大勢の観客で賑わっていた。
客席の中ほどに座るのは「暁の鳥」。彼らは焼き鳥を食べながら、試合に目を向けていた。
競技場では、剣の初心者らしい二人がたどたどしく闘い、野次が飛び交っている。
剣崎はこの場にいない。
「ベルトラン、どうだった? 彼」エヴァが尋ねる。
「ん? そうだな……、一度、闘ってみたいな」
「ベルトランに勝てるわけないじゃん」とシイラ。
「負ける気はしないが、面白そうだ。なんだか、静かな狂犬って感じだったな」
「ランドはどう?」
「ああ……、気に入った。よく知りもしないパーティーに誘われて、ホイホイと乗る奴でないのが分かった。あれは狂犬ではないな。良く切れる刀だ」
シイラが足をブラブラさせて言った。
「目的かー」
剣崎は「暁の鳥」の目的や目標を尋ねた。そして自分が、転移系のスクロールを探していることと、人を捜索していることを伝えた。
「……目的が異なれば、行動を共にする意義はない……」シイラが眉間にしわを寄せて、剣崎の物まねをする。
「しかし、本当にノービスだったのか? ヒュージワームを撲殺したんだろ」とベルトラン。
「うん、恩寵レベルはゼロだったよ。もち、ジョブ無し、スキル無し」
「まじか……、何を選ぶんだろうな」
ジョブの選択は剣崎の自由である。しかしパーティーに入り、あわよくば仲間のジョブスキルと補い合い支えあう能力を選択して欲しいと思っていた。その希望は絶たれたが。
二人の剣闘士がふらふらで闘いが継続できず、試合はブーイングに包まれて終わった。すぐに次の選手が入場し、紹介のアナウンスが流れる。
「カズヨシは、この先、魔法や特殊スキルによる攻撃にどう対処するのか、一人でどうやっていくのか考えているのか?」
「今回の収入で、計画が実行に移せるって言ってたわ」
「エヴァの処女代よねー。全財産の半分も上げて良かったの?」
ランドが「どうやったら処女に戻れる?」と途中まで言いかけたが、「ぐふっ」と呻いて言葉を飲み込んだ。ベルトランとシイラが、ランドに目を向けて、首を細かく横に振った。
「十分価値はあるわ。これは予想外だったけど」
エヴァは剣崎から貰った革袋を開けて見せた。中には白金貨がギッシリ詰まっている。
「げ! 金貨じゃないのかよ! もしかしてプラマイゼロか?!」
「ねえねえ! わたしたちもヒュージワーム狩ろうよ!」
「おびき寄せる道具があればね」
「あああああ!」
シイラは頭をかかえて悔しがる。
次の試合が始まった。一人は黄牛(九級)の剣士バードである。一部の客席から応援の声があがった。
「……カズヨシ、か、あいつ末恐ろしいな」
「ああ、今後、同じ目的がある時には共闘すると約束を取り付けられたのは収穫だ」
「そうね……」
エヴァは、剣崎に手当てしてもらった足に目をやった。白い足に痕は残っていない。ポーションや回復魔法だけだと、傷跡は残るものだ。
――不思議な治療法……
彼女は剣崎を思い、革袋をそっと胸に当てた。
剣崎は、協会図書館とギルド資料室で捜査を続けると共に、時々、迷宮に潜り、ヒュージワームで金を稼いだ。魔物の解体では、ガジルの作ってくれたオリハルコン製の、ごついサバイバルナイフ(ランボーナイフ)が大いに役に立った。金色に輝く刃背に鋸刃をもつナイフは、軽くて刃毀れを全くおこさない。
ワーム退治を何度か繰り返すと、買取所の方から、このままでは値崩れするから、別の素材はどうかと勧められ、剣崎はワーム狩りをしばらく休もうと思った。その頃には協会ランクはBに上がり、図書館の閲覧可能な文献がだいぶ増えたし、資金は十二分に得ていた。
カトリーナの言う「効率の良い探索」の体現である。彼女はここまでの効率は想像だにしていなかっただろうが。
弊害もあり、効率が良すぎてギルドの討伐ポイントがあまり稼げてはいない。
ヒュージワーム一匹当たりのポイントは高いが、討伐数が少ないのだ。
中層以上の魔物単独討伐は、ブロンズ(四級)に昇格する条件だが、それはクエスト数百四十四相当のポイントを獲得済みの黒牛(五級)が前提である。青牛(八級)剣崎の異例の討伐に、ギルド南支部は、昇格条件の改定に頭を悩ませていた。実力者に引き受けてもらいたい依頼が山積みなのだが、ランク制限があるからだ。
剣崎は、魔道具屋やスクロール専門店にちょくちょく顔を出し、転移系スクロールが入荷していないか調べるとともに、ギルドにそれを発注した。そのうち何かしらの反応があるだろう。
また、剣崎は市場で各種スパイスが売られているのを見つけ、ガラムマサラやカレー粉を独自に調合した。犬人族にカレーライスをふるまうと大好評であり、しょっちゅう作ってくれと、せがまれるようになった。
そんなある日、剣崎はポッター王子経由で、ヴィルヘルミナ女王に謁見を申し込んだ。
カラムに占領されたメルダ王都の件と、他の稀人の件であった。




