11.女子会
「ああ、剣崎巡査長ねえ」
警備部警備第一課、室井警部は飄々と彼について語った。
「……その質問に対して一言で答えれば……、ええと、刑事には向いていないって言うのかなぁ。あ、いやね、体力、能力が低いって訳じゃないし、人格も知識もまったく問題ないのね。むしろ、何ていうのかなぁ、ええと、凄い? ごめんね、僕、語彙力なくて。ほら、警察って治安維持が仕事でしょ。軍隊とは違うの。犯人を殺すんじゃなくて、逮捕するの。なるべく怪我させないようにね。だから、柔道や合気道、逮捕術の稽古をするのね。彼、剣崎くん。そりゃ、どれも優秀よ。彼に敵う人、誰もいないくらいね。SATの地獄の訓練、あれ、絶対オリンピック選手だって吐いて泣くのよ。半分、精神を鍛えるためにやってるからね。それを普通にこなせるなんて、ちょっと考えられないよ。異常よ、うん、凄い?としか言いようがないよね」
「ではなぜ刑事に向いていないと」
早乙女警部補が尋ねた。肩まで伸びた髪がふわりと揺れ、その隙間からイヤリングが光る。
「彼ね、なんて言ったかな、あ、そうそう、琉神流活殺術? 小さい頃から空手っていうか、古武術をやってたのね。日頃、抑えているみたいだけど、ついね、時々、スイッチが入っちゃうみたいなのね。自衛隊との合同訓練の時には、警察と陸自、どっちが強いかなんて盛り上がっちゃって、勝手に団体戦がはじまってね。剣崎くん、大将戦でレンジャーのエース相手に火がついちゃって、結局、何か所も骨折させるわ、失神させるわで大変だったよ。まあ、緘口令をしいて、あ、これ内緒だからね。ははははは……はぁ……」
早乙女は頷いて、口にチャックする仕草をした。
「組織犯罪対策課出身でしょ。刑事なら人に怪我させちゃダメだよねぇ」
室井警部は肩をすくめた。
バードは開始の合図とともに、一瞬で距離をつめ大上段から剣崎の頭にブロードソードを振り下ろした。
「バード!」グラハッドが怒鳴る。
両断するかと思われた剣撃だったが、剣崎は半身を捻ってそれを避け、右手でバードの剣を握った両腕を上から押さえると、左裏拳を彼の鼻頭に優しく触れた。
バードは、突如失った視界が、剣崎の手によるものだと気づくと、かっとして剣を横薙ぎに振り払った。
剣崎は金魚のようにひらりと彼の背面に回り込んで避けると、今度は手刀を彼の首に当てた。
バードは固まり、冷や汗をかく。
観客は大いに沸いた。
「うおおおおおおお! すげえ!」
「いいぞー! がんばれー!」
剣崎が「まだやるか」と訊くと、バードは滅多矢鱈と剣を振り回し、砂埃を巻き上げた。一撃一撃は必殺の力が込められている。それを剣崎は至近距離で避けつつ、相手の人中、鳩尾、眼球と寸止めを繰り返していく。
剣士の呼吸はみるみる乱れ、たちまち汗だくとなった。
「バードと言ったか」
「ななんだよ!」
「想像力はあるようだな」
彼にはその意味が分かる。彼の目には、剣崎の拳、手刀、指、それら一つ一つが凶器として映っていた。
当たったら即死。自分の迷宮の加護など、ひとたまりもない。圧倒的な暴力。それが何度も自分の急所に触れたのだ。
――お、俺は何回死んだ……
「次は当てる」
剣崎が静かに言うと、バードの思考はぼやけた。遠のく現実世界。
彼の戦慄く手から、ブロードソードがこぼれ落ちる。
ガランと地面で立てた音が試合終了の合図となった。
「勝者! カズヨシ!」
「うおおおおおおお! やったぜー! 」歓声が上がる
バードは力なく歩き去る。その背後に剣崎は声をかけた。
「楽しかった。また機会があったらやろう」
振り返ったバードは、しばらく呆けた顔で彼を見ていたが、やがて目に光を取り戻した。
「こ、今度は一太刀入れて見せるぜ! おっさん! 覚悟しとけ!」
剣崎は「ああ」と言って、やさしく微笑んだ。
それを見て凶悪な笑みだと感じた観客は少なくない……。
二人目は短剣を持った素早いシーフ。剣崎はそれも同様に降参させた。
三人目はアーチャー。剣崎は鉄の盾を借りて、矢を防ぎながら距離を縮めた所でアーチャーは慌てて弓を投げ捨てた。
誰も怪我一つせずに、九級へランクアップした所で、一旦休憩となった。
剣崎の座る椅子の周りには、カトリーナやザックが、ボクシングのセコンドのように付き従って、水の入ったジョッキを差し出した。
「カズヨシ様、お見事です」
「やはり俺の見込んだ男だぜ」
「ですが、油断は禁物です。八級になると、一般的に、九級複数人と同時に戦える力があります。特殊能力を使う可能性も大です」
「魔法とかな」
ザックの仲間たちも、剣崎に色々とアドバイスをする。
その甲斐もあってか、剣崎は危なげなく八級のヴェネイトル相手に三連勝し、無事に八級となった。
ひとり八級のモードレッドという巨躯の重戦士は、寸止めでは降参せず、全身打撲の上、最後は地面に仰向けで剣崎に馬乗りされ、顔面をボコボコに殴られて気を失ったので、正確には「無事」とは言えないかもしれない。
剣崎は、何度も脳震盪を起こすように顎やテンプルを打ち抜いたにも拘らず、意識を保ち続けたヴェネイトルに対し、密かに畏敬の念をいだいた。
割れんばかりの拍手をもらい、剣崎は片手をあげて退場した。
その後も、昇格試験(戦さ祭り)は続き、ギルドは大いに盛り上がりを見せた。
資料室司書のロザリアは、営業時間が終わると、疲れ切った顔でギルド一階の酒場の机にうつ伏せ、思いっきり息をはいた。
「はああああ! もうだめ!」
仕事を終えたカトリーナたち数人の受付嬢が、ロザリアのテーブルにつくとエールを注文した。酒場の営業はもう半刻ほどあるので、他にも客が数人残っているが、大半は料理の出る割安の、かわいいウェイトレスのいる居酒屋に移動済みで、席はすいている。
「どうしたの? 珍しいわね」
尋ねるカトリーナにロザリアは頭だけ動かして顔を向けた。
「あの人よ! あの人! 五日前に八級になった新人の!」
「カズヨシ様ね」
受付嬢たちは「ああ」と頭を揺らす。
「あれから毎日よ! 毎日! それも半日、ずうううううっと、資料室!」
「まあ、勉強家ですこと」
金髪童顔グラマー、マミが口に手を当てた。
「それがどうしたの? いいじゃない、羨ましい」
「彼、紳士でしょ。それに、このとこスーツ姿で、かっこいい?じゃない」
三つ編み眼鏡嬢エラリーが言うと、ロザリアはあからさまに嫌な顔をした。
「確かにね! そうよ! 悪人じゃないわ! それは私もわかる! でもね! 想像してみてよ! 資料室にずっと二人きり! 資料を何刻も休みなく読んでいたかと思うと、私に色々質問するの! それも、今まで誰も考えなかったような変な質問をね!」
「それが仕事でしょ。いつもは他のヴェネイトルがあまり下調べしないから、文句ばかり言ってたじゃない」
「限度ってもんがあるでしょ! 五日間毎日よ! 私、自分が牢獄で尋問受けてるんじゃないかって思ったわ」
「またまたぁー」
受付嬢たちはカラカラと笑った。
「冗談じゃないの! 私だってプロだから顔に出さないように気を付けて我慢してたけどね! もう限界! 息が詰まって、詰まって、ここ最近、ひどい悪夢を見るようになったの。彼に無言で睨まれている夢。ずうっと指で机をトントンしてるの。怖くて怖くて……、早く迷宮に行ってほしい……」
カトリーナは、なんかちょっと分かると共感した。
「そう言えば、まだ一度も迷宮に入ってないみたい」
「え、一度も?」
「クエスト受けてないだけじゃなかったのね」
知らない受付嬢たちは驚いた。
「こないだ、協会の図書館に行ったって聞いたけど、協会ランクがなくて入れなかったらしいの」
「魔物を討伐したことない青牛(八級)って初めてじゃないかしら」
「第一門なら子供だってパーティー組んで入ってるのにね」
「彼、また昇格試験、受けるつもり?」
「んー、どうかな? あまり興味なさそうだったし……、討伐実績がゼロだから、しばらくはないんじゃない」
「ま、で、それよりさ、どうなのよ」
エラリーはカトリーナに意地悪い顔を向けた。
「どうって?」
「彼よ、彼、脈あり?」
「ば、ばか! そんなんじゃないったら」
「でも、狙ってるんでしょ」
「そそんな訳、ある訳ないじゃない?」
「じゃあ、私、貰おっ」
「だめっ!」
立ち上がったカトリーナに、エラリーは「冗談よ」と言って笑った。カトリーナは頬を染める。
「ミステリアスな物件ですわね」
「威圧感が酷いけどね」
ロザリアは、乙女の会話をする受付嬢たちに、うつ伏せたまま半眼を向けた。
「あなたたち、あの人とデートしたり、恋人の甘い会話するのを想像できる?」
「……」
受付嬢たちは腕を組んで頭をひねった。
が、やがて想像するのを諦め、酒場の親父がビールを運んできたので、とりあえず乾杯することにした。
一方、剣崎は異世界転移のスクロールについて調べていたが、今のところ成果はなかった。司書に聞いてみたが、彼女も知らないらしい。
あるいは八級だから情報を秘匿しているのか? そう思って、穏やかに丁寧に尋ねてみたが徒労に終わった。
剣崎は、迷宮や魔物についても調査を続けるとともに、弾薬を求めて、武器屋やバザール、オークションや鍛冶屋などを巡り歩いた。
普段着は、メルダ国が仕立ててくれた。シルク生地の黒いスーツである。シャツの首回りを開けているので、ヤクザっぽく見える。
そんな時、剣崎は噴水広場の露店である物を見つけ、目を見開いた。




