卑弥呼
信長が京を去ったのを好機と三好三人衆が京に攻め入り、本圀寺にいる将軍足利義昭を攻めたとの報が多聞山城に届けられた。
京には明智光秀らが残ってはいるものの、信長の兵力が手薄になっているのは確かであり、援軍が急がれる。
そんな中、松永が岐阜に出向いて不在のため、まだ怪我が完治していない柳生から私たちに命が下された。
それは若狭の国より京に戻った土御門を訪れ、阿波の国より出て来た妖狐退治に関して助言を受ける事だった。
この事態に三好三人衆ではなく、なぜに妖狐?
と思う私に空真が説明してくれた。
三好三人衆は妖狐に操られていると言う話があり、その真偽と妖狐の居場所について、教えを乞うのである。
まあ、三好三人衆の兵力を直接相手にせず、大元を断つと言う事のようだ。
そして、なぜに土御門かと言うと、土御門の若き当主 土御門有脩が古の巫女 卑弥呼を召喚し、京で話題になっているで、その卑弥呼との連携の可能性も探って欲しいとの事だった。
陰陽師の土御門が卑弥呼を? なんて思うけど、それは有脩が家を出て巫女姿で世間で名をはせる清子様への対抗心から、巫女中の巫女と言ってもいい卑弥呼を召喚し、清子など無用と言う事をアピールしたかったらしい。
ちなみに、清子様が土御門の家にいた頃、世間では有脩は清子の足元にも及ばないと評されていたらしく、有脩は清子を快く思っていなかったらしい。
そんなだから、清子様は家を出たのかも知れない。
京の土御門の館。
どんな立派な館かと思えば、はっきり言って、荒れ果てたボロ屋。
外壁はあちこちが崩れ、門なんてものは無用の長物で、どこからでも入る事ができる。
そして、その崩れた壁の向こうに見えるのは心癒される池のある庭園、なんかではなく、草が生い茂った荒れ地……。
後で聞いたところでは、土御門の一族が若狭から京に戻って来た時に、どこか地方に逃げて行った公家の空き家を屋敷にしたので、荒れているのだと言う事だった。
「私が土御門有脩である。
大和の松永殿の使いと聞いておるが」
屋敷の中でこの館の主 土御門有脩が言った。
ぼろ屋敷に似つかわしくない、きりりとした顔立ちの若い男性だ。
「はい。
我らの主命は近年この国を騒がしております妖の退治であります。
我らの得た情報では京を騒がす三好を背後で操っているのは阿波の国より渡ってまいりました妖狐との事。
土御門様並びに卑弥呼様のお力添えをお願いできませんでしょうか?」
藤井が言った。
「力添えとはどのような?」
「はい。
妖狐の居場所を探る手段はございませぬでしょうか?
また、妖狐退治にお力添えいただければと思います」
藤井がそう言い終えたと言うのに、有脩が何も答えない。
その視線はなぜだか、私にロックオンしている。
何か、粗相でもした?
思わず緊張したところで、謎が解けた。
「そこの女子は異国の者か?
名を何と言う?」
どうやら、珍しい私の服装に気を取られていたらしい。
「はい。異国より参りました。
名はルリと申します」
「そなたも妖を狩っておるのか?」
「まだ、巫女の見習いです。
できますれば、卑弥呼様ともお会いし、何かお教えをいただければと思っております」
「よいであろう。
異国よりのそなたも卑弥呼を知っておるとはのう」
「名前だけですが」
「そうか」
有脩はそう言うと卑弥呼をその場に呼び出した。
いかにも巫女と言う服装で、髪には多くの煌びやかな飾りを付けている。
大きな瞳が特徴的な美しい少女だ。
そして、卑弥呼と言う者について語ってくれた。
それによると。
時は大陸にあった漢が衰退し、戦乱を経て魏、蜀、呉の三国となり、その三国の戦いも終わりが近づいた頃、人々が戦乱の中で磨き上げて来た武力と呪術の力は大陸各地に潜む妖たちにも向けられ始めた。
当初、人と戦う事を選んだ妖たちだったが、あまりにも強大な人の力に抗しきれず、多くの妖たちは命を失った。この地での戦いに不利を悟った妖たちは海を渡り、大陸から逃れる道を選んだ。
そんな海を越えた妖たちがたどり着いたのが、この国の九州地方だった。
九州の有力国であった末盧国、伊都国、奴国などは連携して妖たちと戦ったが戦況は好転せず、中国地方の吉備国等に援軍を要請するに至った。
九州の戦況を知った吉備国は有力国家を集めた会合で、戦況立て直しの策を提案した。
その策の要旨は、各国大同団結し、一つの国家、大きな和を意味する”やまとこく”を建国し、その拠点を中国地方よりさらに東方の山に囲まれた盆地に作り、そこで妖たちを迎え撃ち、妖たちの勢力を削いだ段階で反転攻勢し、九州、中国地方を奪還すると言うものだった。
そして、すでにその存在が知られていた強大な力を持つ一人の巫女を姫とし、国家の中心に据えると言うものだった。
この姫となった巫女は”ひめみこ”と呼ばれていた。
当初賛成しきれない国の長達もいたが、ひめみこが放つ破魔矢が妖たちを殲滅する光景を目の当たりにすると我も我もとひめみこを中心とする勢力に加わり、今の大和に強大な国家が新設された。
人と言う存在が自分たちの存在を脅かすと考えていた妖たちは、この国から人を駆逐すべく九州、中国を経て、大和の地までやって来た。
その頃には、大和の国の人々は妖たちを迎え撃つための準備が終わっていた。
人々の反撃が開始され、妖たちは徐々に押し戻されていく。
数年にわたる戦いの後、表面上妖たちはこの国からいなくなったのだった。
当時この国に漢字はなく、この話が伝わった魏では”やまとこく”を”邪馬台国”、”ひめみこ”を”卑弥呼”と聞き取った音に合う漢字で記した。そして、この戦いを”倭国大乱”と呼んだのだった。