妖狐
「おお。あれが三好長逸じゃ。
あの顔、間違いない」
私が指さした武将に対し、柳生はそう言うと三好の軍勢の後を追い始めた。
いえ、顔と言うか、肩に乗った妖狐ですよと思いはしたけど、そこにはこだわらず、後をついて行く。
義昭の軍勢はすでに中嶋城を出て、京に向けて撤退中だ。
三好の軍勢も中嶋城を通りすぎ、その後を追う。
「私が妖狐を」
柳生にそう言って、進み出たのは空真だ。
「確かに妖狐を倒せばいいとも言えるが、三好長逸を倒してもよいのではないのか?」
柳生の素朴な疑問だろう。
「また別の者に妖狐が憑りつくやもしれませんので、妖狐を倒すのが一番かと」
「なるほど。
でしたら、破魔矢で狙いますか?」
「ルリ殿。それには妖狐の姿が見えねばならぬでしょう。
まずは私がお札で妖狐をあぶり出しましょう」
「えっ?
三好長逸の肩に乗ってましたよね?」
私の言葉にみんなが顔を見合わせている。
「えっ?
見えないんですか?」
あれは私の目の錯覚?
それとも、見えないものが私には見えるの?
土蜘蛛の糸もそう言うこと?
「有脩様と卑弥呼様はどうなんですか?
あれは見えるんですよね?
それとも、私の目の錯覚?」
「あ、ああ。見える」
有脩の言葉であの狐が私の目の錯覚でない事が分かり、ちょっと安心。
相変わらず卑弥呼様は私を睨み付けている。
私の能力を疑うのかって、やっぱ思っていそう。
「分かった。
見えるのなら、話が早い。
破魔矢で射抜いてもらおう。
近づけば可能だろう?」
そう言ったのは柳生だ。
私は頷いて答えた。
「藤井。
我らで、周りの兵たちを片付けるぞ。
その間に頼んだぞ」
そう言うと柳生と藤井は三好長逸の軍勢に斬り込んだ。
背後を衝かれ、混乱する三好の軍勢。
斬り込んだ一人は柳生宗厳だ。瞬く間に三好の兵達が倒されて行く。
そこを駆け抜け、弓矢を構えたまま馬上の三好長逸に迫っていく。
背後からの敵に馬を止め、馬首を反転させた三好長逸は私の射程範囲内だ。
「消えろ!」
思いっきり卑弥呼様の破魔矢を妖狐目がけて放った。
卑弥呼様の破魔矢が妖狐に命中した。
この距離なら、自信ありだ。
が、やはり鬼の時のように光の粒になって消えたりしない。
輝くばかりの光を放ったが、妖狐は消える事もなく、じっと私を見ている。
この矢も土蜘蛛の時と同じでだめじゃん!
「ルリ殿。
やったのですか?」
空真の言葉に、私は首を横に振った。
次の矢を放つ?
数に限りある矢だけに迷ってしまう。
そんな時だった。
妖狐が三好長逸の肩から飛び降りて、私の前に向かって来た。
「妖狐が来る!」
ほぼ悲鳴。
「どこですか?」
有脩と空真が言った。
有脩は見えていたんじゃないの?
なんて事を思いながら、矢筒から次の矢をとろうとした時、私の数m手前で止まった妖狐に話しかけられた。
「お前は巫女か?」
「み、み、巫女見習い?」
「見習い?
その力でか?」
見習いを名乗るほどにも達していない。そう馬鹿にされた気分。
黙っていると妖狐が言葉を続けた。
「なぜ邪魔をする?」
「あなたたちが人々を惑わすからよ」
「ルリ殿。
どうされたのですか?
独り言を話して」
空真が言った。どうやら、妖狐の言葉は聞こえていないらしい。
「惑わす?
お前たちは何も分かっていないようだな。
私を敵だと思っているのなら、私は手を引こう。
後の事は知らぬぞ」
「後の事?」
私の問いに答えず、妖狐は消え去って行った。
そして、柳生と藤井は三好の軍勢に斬り込んだ以上、途中で戦いを治めれる訳もなく、三好の軍勢が敗走するまで戦い続けたのだった。
織田と浅井、朝倉の戦いは信長が京に兵を移すと、浅井、朝倉の軍勢は直接信長と単独でぶつかるのを避けようと、叡山に籠る策をとった。
「織田方につくならば、織田領の荘園を回復するが、それができないなら中立を保って欲しい。もし、浅井、朝倉方につくならば焼き討ちにする」と信長は通告したが、叡山からの返事は得られなかった。