死者の魂を集める者
姉川の合戦は織田、徳川連合軍の勝利に終わった。
合戦場となった姉川の河原は夥しい屍と血で真っ赤に染まっている。
そこに集まるこれまたこれまた夥しいカラスの群れ。
啄まれる屍たちを可哀そうにと思った近くの村人たちが、カラスたちを追い払い、一体、一体、埋葬している。
「杉谷善重坊が織田様を狙いに現れる事は無かったですね」
「しかし、やはり土蜘蛛は織田様を狙っていた。
あの一件も土蜘蛛の仕業に間違いないだろう」
さなの言葉に空真がすぐに反応した。
杉谷善重坊が自身の判断で信長を狙ったと言う事はどうしても否定したいらしい。
「だとしたら、その杉谷善重坊は今、どこに?
土蜘蛛が杉谷善重坊は用済みと判断していたら、もうこの世にいないと言う事も」
「あの程度の妖にやられる善重坊ではないですよ」
藤井の言葉も空真が即否定した。
「あの程度の妖なんですか?
卑弥呼様の破魔矢で鬼は倒せたけど、土蜘蛛は倒せませんでしたよ」
私の率直な意見だ。
考えられる答えはいくつかある。
一つは破魔矢に賞味期限みたいなものがあって、早く使わないと効果が薄れてしまうである。
もう一つは破魔矢の効果に個体ばらつきみたなものがあって、矢ごとにその破魔の力の強さに差があるである。
最後は土蜘蛛の方が鬼より強いである。これはこれで問題だけど、他の可能性よりかはよいかもしれない。
「卑弥呼様。
土蜘蛛を倒す事が出来なかったんですが、土蜘蛛は鬼より強いんですか?」
「左様な事はない」
有脩が答えた。
卑弥呼様はあまりこの手の話は語らない。この手の話を下々の者と直接会話する気は無いと言うことなんだろう。
「だったら、あまりにも効果が違うように見えたのは何故ですか?
早く使わないと、効果が薄れるんですか?
それとも、矢ごとに効果が違うのですか?」
「矢の効果が時と共に薄れるような事はない。
それに、矢ごとに力が異なるような事もない」
だったら、どうして?
と思うけど、この人も答えを持っていなさそう。
作った本人なら答えを知っているのではと言う期待の視線を卑弥呼様に向けてはみたけど、きつい視線を私に向けて黙り込んでいる。
もしかして、能力を疑われた事にムッとしている?
「ともかくじゃ。ここでこうしていても仕方ない。
杉谷善重坊の行方は引き続き探るとして、一旦多聞山城に戻ろうではないか。
二度と妖に操られないようするための策を調べねばならぬでのう」
柳生の言葉に、全員が頷いた。
「かあ、かあ」
屍を啄もうとカラスたちは追い払われても、追い払われても戻って来る。
地面を埋め尽くさんばかりの黒い鳥たち。
そんな中に3つの目を持つ異形の黒い鳥が一羽紛れ込んでいるが、誰も気づいていない。
その鳥が啄むのは屍の肉ではない。
その屍に宿っていた魂である。
屍をついばみ、すでに抜けたはずの魂を呼び戻し、自らの腹にため込んでいる。
一通り魂を食い集めると、その鳥は東の方向に飛び去って行った。
その鳥がたどり着いたのは大きな館の一室だった。
「思ったより少ないのう。
越前での戦でも少なかったしのう。
いつになればあれをよみがえらせれるものやら」
鳥を前に何者かの声がした。