姉川の合戦
私たちが陣取ったのは小高い岡山と言う場所だ。
徳川の陣地近くで、戦況を見つめている。
早朝から始まった戦の状況は決して信長様にとってよくないものだ。
浅井、朝倉の軍勢は姉川を渡りきり、織田、徳川連合軍の陣地まで押し込んでいた。勢いは浅井、朝倉側にあり、幾重にも備えた織田、徳川の兵たちの壁は打ち破られ、信長様の本陣に浅井の兵達が到達するのは誰が見ても時間の問題だ。
「これでは杉谷善重坊による狙撃や妖による攻撃など無くとも、織田の軍勢は敗北しそうですね」
そう言ったのは藤井だ。
「いや。いくら浅井が死に物狂いとは言え、この織田軍の無様な戦いっぷりはすでに妖の影響を受けているからやも知れませぬ」
そう言ったのは空真だ。
「と、言いますと?」
「藤井殿。
何やら、妖の気配を感じるのです。
有脩様、卑弥呼様、いかがでしょうか?
何か感じられませぬでしょうか?」
「あまりにも戦いの喧騒にやられ、何も感じる事ができません」
有脩様はそう言ったが、屋敷に鬼たちが襲って来た時も感じていなかったみたいなので、きっと静かであっても感じないんじゃないのかなあ? と思わないでもない。
期待は卑弥呼様。
そんな期待の視線を私は卑弥呼様に向けた。
「しかとは分かりませぬが、何か感じはします」
「だったら、注意しないと」
そう言って私は辺りに視線を凝らした。
目を凝らしてみても、あのキラキラした糸のようなものは見えない。まあ、あんな細いもの、離れていたら見える訳もないし、心を研ぎ澄ましてみても、妖らしきものも感じない。いえ、元々そんな力は持っていないんだけど。
そんな頃だった。
徳川の一隊に動きがあった。
家康の後方に控えていた榊原康政の軍勢が姉川の対岸から伸びきっていた朝倉の軍勢の側面に攻撃をかけた。
朝倉義景自身が総大将ではなく、浅井への援軍としての戦いと言うことで、元々士気が高くなかった朝倉の兵たちは突然の側面からの攻撃で浮足立った。
士気が低い兵たちは命欲しさに敗走を始めた。
それは雪崩のように朝倉の軍勢を崩した。
浅井の兵達は自分たちの国を守るための戦いとあって士気は高く、織田軍に比べ少ない兵数で善戦し、信長本陣まであと少しまで迫ってはいたが、徳川の軍勢まで自軍に向かい始めると、その兵力差は士気や戦術で補えるものではなくなっていった。
「ようやく、わしの出番じゃ」
そう言ったのは浅井家の武将 遠藤直経だった。
「何か秘策が?」
そう訊ねたのは同じく浅井家の武将 三田村左衛門だ。
遠藤はにまっと不敵な笑みを浮かべると、刀を抜き去り三田村の首を斬りおとした。
突然の出来事に混乱する周囲を無視し、遠藤は地面に転がり、まだ血を滴らしている三田村の首を拾い上げると、織田の陣を目指して駆け出した。
「御大将、敵 武将 三田村を討ち取りましたゆえ、ご検分を」
声を張り上げ、信長の本陣を目指す。
その姿はまるで、敵将ではなく、織田家の武将であるかの振る舞いだ。
遠藤の動きを妨げる織田の兵もなく、無人の野をかけるが如く、信長本陣に近づいて行く。
「妖が動いた。
近い。
とんでもないものが近くにいる」
そう声を張り上げたのは空真だ。
「どこじゃ、空真」
柳生が叫んだ。
ここはやっぱ卑弥呼様に期待。私は卑弥呼様に視線を向けた。
どこに妖がいるのか探っているのか、卑弥呼様は静かに目を閉じている。
「方向としてはあちらの方です」
空真はそう言うと懐からお札を取り出し、走り始めた。
柳生、藤井、さなちゃんも続いた。
私は。
有脩様と卑弥呼様は動く気配が無い。
元々卑弥呼様は最終兵器。それも秘密の。
だから、この二人は動かない。
私はここにいる理由がない。
みんなの後を追って、私も駆け出した。