杉谷善重坊は操られていた?
京から岐阜に向かう織田信長を鉄砲で襲った杉谷善重坊なる男は空真の知り合いらしかった。
「杉谷善重坊は鉄砲の名手なのですが、決して人を狙うような者ではないのです。
彼も私と同様、妖退治を目的としておりましたから」
空真の口調と表情は杉谷善重坊が信長を狙ったと言う話を信じられていないようだ。
「そのようなお方が、なぜ織田様を?」
藤井が言った。
「誰かに唆されたとか?」
さなが言った。
「空真様や藤井様が操られたように、何者かに操られたとか?」
「それですね!
きっと」
私の言葉に空真が素早く同意した。きっと、自分が否定したい事実を最もうまく理由づける言葉だったのだろう。
「あの鉄砲の名手が二発も撃ちながら、仕損じるなんて事は普通だったらあり得ない。
きっと、操っていた者の鉄砲の腕がその程度だったのでしょう。
もしくは、操られながらも、わずかに残っていた善重坊の意識が抵抗し、狙いを外したのかも知れません」
「妖狐と言い、我らを操った妖と言い、困ったものですね。
早急に退治し、杉谷殿の無実を証明しないと」
そう意気込んだのは藤井だ。
「一つ、いいでしょうか?」
「何でしょうか?
有脩様」
「以前お聞きした話しから、お二人を操ったのは土蜘蛛と思われます。
これは逃げられたとお聞きしていますので、杉谷善重坊と言う男を土蜘蛛が操ったと言う可能性は否定できませんが、もし、そうだとしたら、杉谷善重坊を逃がす必要はあったのでしょうか?
土蜘蛛にしろ、他の妖であったにしろ、自身が安全であればいい訳で、杉谷善重坊などその場に見捨てればよかったと思います。
なのに、そうしなかった。
杉谷善重坊は逃走し、身を隠している。となれば、やはりこの男自身が織田様を狙ったのではないでしょうか?」
これも一理ある。
そんな思いで頷きながら有脩を見ていると、有脩も私をじっと見つめて、少し微笑んだ。
「そんな事はない。
きっと、まだ善重坊を使って、何かをやろうとしているのだ」
空真は激しい口調で否定した。
「ともかくだ、杉谷善重坊を捕まえてみなければ、真相はわかるまい。
どこか杉谷善重坊が隠れそうな場所に心当たりはないのか?」
怪我も治り、復帰した柳生が空真に言った。
「あいにく、分かりません」
「ならば、探してみるより手はあるまい。
とは言っても、わしが身を隠すなら、織田様の力及ばぬ所に向かう。
杉谷善重坊もそう考えたとするなら、我らの手で探し出す事は難しいであろうがな」
柳生は杉谷善重坊を探し出せるとは考えていないようだが、空真は何が何でも杉谷善重坊が織田の手に落ちる前に探したいようで、私達はその日のうちに多聞山城を出て、妖退治を兼ねた杉谷善重坊探しの旅に出たのだった。
一方、体勢を立て直した信長は徳川家康と共に再び浅井、朝倉との合戦に向かった。
近江の国を流れる姉川を挟んだ河原に両軍を布陣し、にらみ合っている。
この戦に乗じて、再び杉谷善重坊を操った妖が信長の命を狙うのではと言う見立ての下、私達も姉川の近くで様子をうかがっていた。