朽木越え
織田信長が浅井との約定を破り、越前に攻め込んだ。
これを知った浅井は織田信長の背後を衝くため、兵を動かしたのだった。
背後を脅かす新たな敵 浅井の軍勢の存在を知った信長は全てを放り出して、一目散に京に逃げ戻った。
その話を多聞山城にて、私達は松永久秀から一人芝居風な口調で聞かされた。
浅井長政が叛旗を翻すのではと言う懸念は当初からあった。
が、信長様は長政は裏切らないと言い切り、浅井との調整ができていない状態での越前攻めに消極的な家臣たちの意見を全く取り合わなかった。
その一方で、信長様は万が一の備えをしていたようで、浅井が背後を衝くと言う動きを信長様にいち早く伝えたのは信長様が配していた物見が放った連絡用の鳥だった。
日も暮れた時刻と言うのに、空を飛んできた一羽の鳥は迷うことなく、信長様の足元に小豆を入れて、両端を紐で縛った袋を落とした。
「なんでございましょうか?」
その袋を拾い上げた信長様に、そう声をかけたのは柴田勝家だ。
「物見よりの合図じゃ。
浅井長政の奴、裏切りおったわ。
わしは京に帰る。
徳川殿もわれに続き、さっさと引き揚げられよ。
殿は池田勝正、明智光秀、サルに任せる」
そう言うと信長様は陣を出て、馬に向かい始めた。
「わしも信長様の後を追ってのう。
共に京を目指したのじゃ。
すると、信長様は馬上にて、わしにこう命じられたのじゃ。
『京に戻るには朽木峠より他なし。
その方、先に行き、朽木元綱に話をつけておけ』とな。
そこで、わしは馬を飛ばして朽木の下に急いだのじゃ。
朽木元綱の下にも浅井が兵を出したと言う情報は届いており、わしが着いた時には、朽木は甲冑に身を包み、今にも越前に向けて出陣しようかと言うところじゃった。
「朽木殿。
松永久秀じゃ。
この物々しさはどうした事じゃ?」
「決まっておろう。
信長を討つのじゃ。
それより、お主はなんの用件で、ここに参った?
共に信長を討つか?」
「わしは信長様の命でここに参った。
朽木を越え、信長様が京に向かわれる。
そなたに協力してもらいたい」
「お主が信長の味方をまだするとはのう。
浅井はすでに信長を討つと決している。
ならば、我らも信長を討つに決まっておろう」
「と、まあ頑なな態度だった訳じゃ。
それをわしが、『信長様は義昭様を支えておられるお方。
此度、越前へ出兵したのは義昭様の命に従わぬ朝倉を懲らしめるため。
そなたは義輝様の頃より、将軍家に忠誠を誓ったお方ではないか。
ここは浅井長政ではなく、信長様であろう』と申してな。
すると、朽木の心が少し揺れたようでのう、何やら思案する素振りを見せおった。
『おぬし、このわしが信長様にかけておると言うのに、浅井にかけるのか?
わしの人を見る目は知っておろうが』
と追い打ちをかけると、朽木はを翻意した訳じゃ。
奴がわしを高く評価しておったからじゃのう。
おかけで信長様は京に無事に戻られ、わしはえらく褒められたのじゃ」
松永は上機嫌で話を締めくくった。
「褒められたと言えば、木下殿も褒められたんですよね?」
私はこの戦で松永久秀がどう活躍したのか知らない。
この世界が私の知っている戦国時代と本当に同じなのか調べたくて、知っていたわずかな歴史知識で、質問してみた。
「まあ、木下殿も褒められておったのう。
何しろ、殿を見事務め上げ、失った兵も最小限に止めたのだからな。
じゃが、わしほどではないのう。
何しろ、木下殿を労う時の信長様の顔はそれほど喜んではおらぬように見えたからのう。
やはり、わしが一番じゃ」
どこまでが真実で、どこからが松永が盛った話なのか分からないが、ともかく私が知っている歴史とほぼ同じらしい。
やっぱ、ここは日本の戦国時代?
そして、浅井の妨害を避け、千種街道を通り、戦力立て直しのため京から岐阜へ向かっていた信長を二発の銃弾が襲った。
信長は負傷したものの、命に別状なかった。
自分が銃撃された事に激怒した信長は徹底した犯人捜しを命じられ、杉谷善重坊と言う者がその犯人として、浮かび上がった。
多聞山城にも草の根を分けてでも杉谷善重坊を探し出すようにとの命が下った。
「まさか、あの者がなにゆえに?」
その命を聞いた空真は顔面蒼白になっていた。