土御門有脩に卑弥呼様が仲間に加わった!
将軍家に敵対している三好勢が阿波に撤退した事で京での戦はなくなり、しばしの平穏が訪れていた。そして、妖狐も阿波に戻っているからなのか、妖たちの出没もめっきり減っていた。
三好の本拠地まで妖狐を追いかける危険は冒せず京に留まっていた私たちの下に土御門有春が急逝したとの話が届いた。
「有脩様。
お父上の有春様が病にて急逝されたとお聞きいたしました。
まだまだお力をお借りしたいお方でした」
土御門の館を訪れた空真が言った。
「なにゆえ、父上だけが狙われたのか。
残念でしかたない」
「狙われたと申されますと?
病ではないのですか?」
「陰陽師の家として、妖にやられたとは世間に申せまい」
有脩のその言葉は私たちに衝撃を与えた。
有春は襲って来た鬼に対しても互角の戦いを演じていた。
それほどの力があった有春を葬った妖とは……。
「卑弥呼様はお傍におられなかったのですか?」
空真がたずねた。
「あの日は」
そう言って、有脩がその日の事を語り始めた。
織田信長は三好三人衆による将軍 足利義昭襲撃が再び起こった場合に備え、義昭のための城を急遽建造し始めていた。
足利義昭は武家の棟梁として、人の世を統べると共に、人間の敵である妖をも敵としていた。三好三人衆が妖狐に操られていると聞いた信長は築城に際し、土御門の力を以って妖の攻勢に備える事とした。
このため、存在する卑弥呼の矢全てを供出させると共に、有脩、有春に護衛を命じた。
妖による些細な妨害は時折あったが、義昭のための城の工事は順調に進んだ。
城の完成が近くなったある日、将軍と信長より謝意が伝えられる事となり、有春だけがその宴席に向かった。
そして、その帰り道で何かが起きた。
有春は土御門の館に半身が凍らされた状態で、一人の女と共に戻って来た。
有脩が有春に近づこうとすると、妖たちが湧くように現れ、その進路を遮った。
立ち止まった有脩に女は「この男を助けたければ、このただの矢に破魔の力を込め、我を射抜いてみよ」と言って、一本の矢を有脩の前に放り投げた。
有脩は館の中から弓を手に戻って来ると、その矢を拾い上げた。
「言っておくが、人の弓矢では役に立たぬぞ。
卑弥呼の矢と呼ばれる破魔の力が必要じゃ」
その女はそう言って、不敵な笑みを浮かべた。
有脩は自分の矢では無力。そう分かっていたが、雄たけびを上げ、弦を思いっきり引き絞ると、その女に向けて放った。
その矢の力では女の妖力を貫けなかったのか、虚しく地上に落下した。
「卑弥呼は出さぬのか?
卑弥呼なら、何の力も持たぬこの矢に破魔の力を込められるのではないのか?」
その女は言った。
何も答えぬ有脩を見て、その女は再び不敵な笑みを浮かべると、有春をその場に残し、妖たちを引き連れて、何処かへと消えて行った。
半身を氷に包まれていた有春は動く事も、もはや何かを語る力も無かった。
「卑弥呼様をお呼びにならなかったのですか!」
有脩の話が終わると、私が言った。
「その時は気が動転していたのでな。
ところでじゃ。
父上の仇もとらねばならぬ。
私を仲間に加えていただけぬか?」
有脩が私を見つめて言っている。
けど、私に権限なんかある訳もない。
「柳生宗厳様のご判断をいただかねば、決める事はできませぬ。
ですが、有脩様と卑弥呼様なら、問題はないでしょう」
柳生の直接の弟子である藤井が答えた。
「いや、卑弥呼様にはここにいてもらおうと思っておる」
はい?
この人もそれなりの力だと思うけど、卑弥呼様と比べたら話にもならない。
「それは何ゆえでしょうか?」
空真がたずねた。
「うむ。京をお守りいただかねばならぬからな」
「私もお供いたします」
卑弥呼様が奥から出て来られた。
「いや、しかし」
「私も行きます。
お願いです」
「ぜひ、卑弥呼様も」
私が言った。
「しかし……」
有脩はしばらく黙って考え込んだ後、卑弥呼様と私の願いを聞き入れてくれた。
「分かりました。
卑弥呼様もご一緒に。
ですが、卑弥呼様は切り札です。
戦いには最後の最後まで、参加してもらいません」
「なるほど。切り札の力はいざと言う時まで、見せないと言うことですね」
藤井の言葉に有脩が頷いてみせた。
「でも、仲間になったんだから、あの破魔矢はただですよね?」
さなちゃんが言った。
「あの矢はそう容易に作れるものではない。
この館にあったものも全て織田様に取り上げられた。
もはや無いものと思ってくれ」
えっ?
マジですか?
私が持っているのはあと7本。
これが無くなったら、また私は戦力外ですか??