操り人形の糸
本圀寺に籠った足利義昭を攻めた三好三人衆であったが、摂津など各方面から攻め寄せた将軍方援軍の攻撃に遭い退却を余儀なくされた。
退却する三好勢を追った将軍方の軍勢は桂川で三好勢に追いつき、合戦中との報を受けた私たちは鬼撃退の余韻に浸る間もなく、そこにいるはずの三好長逸を追って、桂川に向かっていた。
「待て!」
突然、私たちの前に回り込んだ藤井が言った。
何か危険を察知?
なんて思っていると突然刀を抜き放った。
「何をする気?」
さなも半信半疑ながら、戦闘態勢に入った。
「お前たちを殺してやる」
それは藤井ではなく、背後からだった。
振り返ると、空真が錫杖を振り上げていた。
なに?
なんて思う間もなく、
空真が錫杖で襲い掛かって来た。
藤井が振り下ろした刃はさなが鎖鎌でその刃を受け止めている。
きっと、妖の仕業。
そうだと分かっていても、種が分からなければ打つ手も無い。
しかも相手は男二人。
女二人では防戦できるかどうかが限界。
「きゃっ!」
特に戦闘力0の私はそんな声を上げながら、空真が振り回す錫杖から逃げ回るのが精一杯。
私にお札を投げて来ないのは私が妖ではない事だけは認識しているからだろう。
何回目かの錫杖をかわした瞬間、私は足をとられてしりもちをついた。
倒れ込んだ私に容赦なく襲い掛かろうとする空真の姿を見上げた時、キラキラした何か細いものがその体から上方に延びていることに気づいた。
操り人形の糸?
「さなちゃん。
この二人の体から上に延びた細い糸があるのが見える?」
「ええっ?
何?
糸?
見えないよ」
「だったら、なんでもいいから、その鎌で二人の頭上を一気に斬ってみてよ!」
私の言葉にさなが藤井の隙をついて藤井の頭上の空を鎌で斬った。
私はと言うと、しりもちをついたまま、振り下ろされた錫杖を紙一重でかわすと、その錫杖にしがみついた。
「あれ?
私は何をしていたんだ?」
藤井の声が聞こえた。
どうやら、藤井は正気に戻ったらしい。
「藤井様。
空真様の頭上に人を操る糸があるので切ってください」
「見えぬが、そのようなもの」
「こうするのよ!」
戸惑う藤井に代わって、藤井を糸から解放した経験者のさなが鎌で切ってみせた。
「あれ?
ルリ殿は私の錫杖にしがみついて、なにをされているのですか?」
呑気に空真が言った。
「いえいえ。
今、お二人は私とさなちゃんを殺そうと襲い掛かっていたんですよ!」
ちょっと嫌味っぽく言ってみた。
「それはまことですか!
正直、意識が無くなっていたようで。
申し訳ありません。
で、どうやって元に戻してくれたのですか?」
「それはね」
と、空真に答えようとした時、私の体に何かが触れた。
右腕、左腕、右足、左足。それはあのキラキラした細い糸。
空真たちのように私の頭にもついているはず。
「これなら見える?
もしかしたら、私も藤井様たちみたいに操られてしまうかも知れないから、その時はこの糸のようなものを切るの」
左腕についたその糸を右手で引き千切って、みんなに問うてみた。
が、みんな近寄って来て、目を凝らしているが、見えていないらしい。
「見えないの?」
私が操られたら、どうなるの? と言う不安で声が震えてしまった。
「見えない。
でも、コツは掴んだから、ルリちゃんにもしもの事があったら、私が助けてあげる」
「ありがとう」
さなにそう答えはしたものの、一向に操られる気配がない。
「うーん。なんだかもぞもぞして気持ち悪いけど、意識はあるんだよね。
実は空真様と藤井様は操られたふりして、私達を襲ったんじゃないですよね?」
「押し倒す事があっても、殺そうとはいたしません」
「いやいや、曲がりなりにもお坊様であられる空真様がそのような事してはだめでしょ!」
「そんな話より、その糸のようなものをたどって行けば、この糸を使う妖の下にたどり着くんじゃないのかなあ?」
「さなちゃんの言うとおり!」
私は引き千切った糸以外はそのままにして、その糸の延びる方向に視線を向けた。
その糸は田んぼの向こうに広がる林の方向に向かっているようだった。
「あの林の方向!」
私の言葉で藤井たちが林に向かって走り出した。
それとほぼ同時に糸にかかっていた力が抜けたのを感じた。
「藤井様、空真様。
糸を切って逃げたみたい」
藤井たちから逃れるため、糸を切って逃げたのだろう。
そして、私達が桂川にたどり着いた時には三好勢は敗走したあとだった。