第一章5話 【メランについて】
村人に目隠しをされて担がれ、そのまま運ばれる。
足跡から察するに、少し歩いた後階段を降りているのがわかった。降りた先には地下室があって、そこに閉じ込められてしまったみたいだ。
村長が[牢屋]と言っていた場所は、どうやらこの地下室のようだ。この部屋の壁や床は木材ではなく藁のようなもので簡易的できており、所々土が見え隠れしていた。
部屋の中には何もない。ただ、ドアは藁ではなく木材で隙間なく埋め尽くされており、ドアにはコンビニのトイレにある鍵のような仕掛けが施されている。これなら簡単に脱出できそうだ。
しかしそんな気が今は全く起こらない。信じてついて行った先でこんな目に合い、心に重傷を負ったからだ。
前世の記憶は、僕が死ぬ1年くらい前までしか無いので前世のことはあまりわからないが、前世もこんな傷を負ったような気がする。そんなこと今はどうだっていいのだが。
しかしどうして閉じ込められたのだろうか。元人間だとなぜいけないのだろうか。じゃあ逆に、村の人達の前世はなんなのだろうか。虫や動物なのだろうか?だったらメランが薬を知らなかった事にも頷ける。だとしても薬くらい人間に生まれ変わったのだから作れてもいいはず……この世界では薬の素材がないのかな?
もし仮に虫とか動物なのだとしても、僕がこうなった理由がわからない。前世で人間にいじめられたりでもしたのだろうか。いじめ。いじめ。いじめか……なんだろう、このワードは頭が痛くなる。
そしてなぜ村長が治癒の魔法と聞いた途端に僕のことを元人間だと判断したのだろうか……、そういう伝説があるとか? なんかラノベで良くある感じで、治癒の魔法を使えるのは元人間だけという言い伝えがある、みたいな展開かなぁ。。
そんなことを考えながら横になり、藁の天井を見ていると、憂鬱になってくる。
でもまだ生きる希望は捨てちゃダメだ。前世のようなネガティブな発想は、卒業するんだ。せっかくイケメンに生まれ変わったわけだし。転生って前世で読んでいたライトノベルみたいだし。
胸にまだ希望を残しながら地下室の中で木を削るにはどうすれば良いかを目を瞑りながら考えていると、そのまま寝てしまった。
それから何時間か経過した。深い眠りから目を覚ますと、当然だがまだ地下室にいた。藁の上なので少し眠りづらかったのだが、それでもぐっくり眠れたなと思いながら立って背伸びをしていると、階段の方から人の足跡が聞こえてきた。
コツ、コツ、コツ
足跡が止まり、部屋の鍵を解除する音が聞こえてからドアが開いた。
「だいじょーぶ? 生きてる? 」
「メラン! 」
来てくれたのはメランだった。メランは心配そうな顔をしながら僕の部屋に入ってきて、そのまま向かい合うように座る。
「ごめんね、こんなことになっちゃって」
メランが頭を少し下げてしょんぼりする。少し幼い容姿を隠すように垂れている茶色くて長い髪の隙間から、僕のことを気にしているのがわかる。
だけどなんだか目が死んでいる。そんな彼女を少し警戒しながらも、今は慰めようと考えた。
「メランのせいじゃないよ!ところで、なんで僕は閉じ込められたの? 」
「ありがとう久也。えっと、それはね、」
メランはその先を言うのを躊躇った。少し間を開けた後、彼女の口が開く。
「この世界の人はみんな前世、人間に酷い殺され方をした経験があるから、なんだよ」
酷い殺され方、というと、殺す必要が無いのに遊びで殺されるようなイメージだろうか。
「そっか。。それで、君たちはなんなの? 人間じゃないの? 」
「うん、私達は元々人間なんかじゃない。久也達からすると、虫や動物になるかな」
見事に予想が当たっていたのに全く嬉しくなかった。寧ろ気味が悪いくらいだ。
メランは以前までの元気なメランではなくなっていた。昔のことを思い出しているのだろうか。人間に酷い殺され方をした過去を……
「私は元々バッタだったの。私を悟って呼ぶ人間がね、私を籠の中に入れて毎日楽しそうに話しかけてくるの。私は毎日ご飯はちゃんと食べさせてくれるから、別にこのままでもいいかなって思ってたんだけどね、ある日その人に変な場所へ運ばれて……殺されたの。暗くて何も見えない所から急に出されて、殺されたの。だから人間は嫌い。大っ嫌い。だけど久也は違うと思う。たとえ元人間でも、、」
暗い顔をして前世の事を語るメラン。メランの話を聞いていると、人間の都合で思うように身動きも取れず、挙げ句の果てに殺されたというメランがとてもかわいそうに思えた。
でもなぜか、悟という名前が懐かしい気がした。
しかし、どうしても思い出せない。忘れてはいけない名前のような気がするのに、まるでその名前だけが消されているかのように、思い出せない。もう少しで思い出せそうなのに……。
数秒間考えたが、思い出せないので仕方なく諦める事にした。
「そう、だったんだ。。そりゃあ人間が嫌いになって当然だよね」
「うん、本当に……今すぐ殺したいくらい」
メランは悲痛な表情を浮かべ、下唇を噛んだ。
「でもなんで、こんな話をしてくれるの? 」
「久也に信用して欲しかったからね。久也が元人間であっても別に憎んでないよって。本当は村長に、新参者には何も話さないようにって言われてるんだけど……」
ここに着く前に魔法の事は結構教えてくれてたけどあれは良いんだ……と思ったけど口には出さなかった。代わりに感謝を伝えることにした。
「そうなんだ、、ありがとうね」
「どういたしまして」
顔を上げてえへへと嬉しそうに笑うメラン。今の彼女に落ち込んだ様子はなく、元の元気なメランに戻っているかのようだった。いや、でもまだ少しダメかな。以前ならもっと笑顔になっていたはずなのだ。
少し優しい空気が流れた後、メランが口を開いた。
「あのね、実は久也にお願いがあってね」
「どうしたの? 」
またメランは少し下を向きながら話始める。
「私がこの村で初めて友達になったミユリっていう女の子がいるんだけど、その子が病気でね、、あと2日で死んじゃうって村長が……」
下を向いたままのメランの瞳に涙が溜まる。
「だったら僕が治してみるよ」
「え、いいの? 」
「できるかわからないけどね」
「ありがとう久也、、」
メランは涙を右腕で拭った後、精一杯の笑顔で僕の方を見た。僕も自然な笑顔で返す。
「じゃあ外に出よっか。今なら外には人はいないし」
「え、そうなの? 」
「もう夜だからね」
「よる???」
夜、夜か。何時間寝ていたかわからないが村を訪れた時は、確証はないが雰囲気が朝だったように思える。そうすると、随分と長い間寝ていたのではないだろうか。
今が夜というだけで驚く久也に対し、メランが少し不思議そうにしている。
魔法とか、そう言うのにはあまり驚かない久也が、夜になったというだけで驚いているから不思議なのだろう。
久也にとって最大のイベントである『転生』をしたときには記憶があまりなかったから意外性がなくてリアクションしづらかったし、記憶が徐々に戻り始めてからは、転生したんだしこんな事もあるだろう、と思っているため驚きが少ないのである。
「どうしたの? 」
「いや、なんでもないよ」
「そう?じゃあ早くいこっ」
「うん」
木製のドアを音を立てないようにゆっくりと開けて階段を忍足で登ってゆく。彼女の横顔は、不安と期待の両方を合わせたように見えた。
僕はちゃんとミユリの怪我を治せるのだろうか。僕は不安だけを持ちながら、それでもこの地下室の牢獄から出れたことに安心するのであった。