第二章22話 【長いプロローグの終わり。本編の始まり】
行き先は、かつて松下さんと戦ったあの戦場。周りには何もなく、少し歩けば崖に落ちる。
ゲートは行ったことのある場所にしか行けず、選択肢が少なかった。その中でもこの場所を選んだのは、周りが見渡せるという利点があったからだ。
俺は辺りを警戒しつつ、薪を集めて焚き火をしていた。まだ夜は長い。いつ魔物に襲われてもおかしくないため、油断はできない。
俺以外は3人とも、ぐっすり寝ていた。
「シア……」
そっと、シアの艶やかな白い髪に触れた。
焚き火で映し出される華奢な身体は幻想的で、美しい。
しかし、あまりにも細すぎる。
それもそのはず、俺たちは殆ど何も食べてこなかった。それでも死ななかったのは、毎日飢えを凌ぐためにオートヒールが継続的に作用していたからだ。つまり、シアの魔力は枯渇していた。もう、パーフェクトヒールを発動させる程の魔力が残っていたかなんて、曖昧だったはずなんだ。
なのに、それでもシアは助けてくれた。
「ぐずっ」
鼻水が垂れてきた。くそっ、目頭が熱い。
「ありがとう、シア……」
俺はシアの頬に手を当て、ぱっと自分の足に戻した。
……何をやってるんだ俺は。変態かっ。
俺は気を取り戻す為にもギルにヒールを掛けながら、これからの事を考える。
これからの問題は、大きく分けて二つある。
一つ目は俺達の頬に奴隷紋がまだ残っているという事。さっき確認したが、呪いが解けた俺でさえ紋章だけはまだ残っている。この奴隷紋が残っている限り周りの奴からは奴隷であると認識され、恐らくどこへ行っても門前払い。誰からも相手にされず、下手をすればまた捕まってしまう。これによって宿は確保できないし食事も現地調達、さらには他の人達を警戒しながら旅をしないといけない。
二つ目はソフィアの記憶について。これは判断が難しいところだが、できれば元に戻ってほしい。とはいえ、思い出したくない過去を無理に思い出させるのも酷な話だ。……まぁそもそも記憶を戻す方法を知らない訳だし、これはシアと要相談だな。
とりあえず思いつく限りはこんな感じ。まぁこれから何も起きなければ、なんだけど……。
「ひ、久也か……? 」
突然、ギルが起き上がってきた。俺は継続していたスキル【ヒール】を止める。
「おぉギル。もう大丈夫なのか? 」
「ああ。……ってか、ここはどこだ? あれからどうなった? 」
「んーえっと、説明難しいな……まぁとにかく逃げたんだよ、俺達」
「逃げた? ローガーから? 」
「いや、ローガーは多分死んだな」
「はぁ? ローガーが死んだ? 嘘だろ!? 」
「もう、いちいちうるさいな」
「お、お前が殺したのか? 」
「俺じゃねぇ。エルメスが踏んだんだ」
「エルメス!? あの後お前、エルメス来たのか!? 」
「おまっ、声大きい……」
「ふぇぇぇぇん! 」
ギルのせいでソフィアが目覚め、号泣した。
「あーあ。ソフィア起きちまったじゃねぇか」
「えぇ……よ、よしよし、いい子だぞ」
「びえぇぇぇん! 」
「お前の顔であやされても余計怖いわ! 」
「いや、そんな事言われてもなぁ……」
「ほらぁ、ソフィアが逃げようとしてる……仕方ない。スリープ」
俺が魔法をかけると、ソフィアはまた眠ってしまった。
……すまんソフィア、シアが起きるまで寝ててくれ。俺たちでは太刀打ちできん。
「……」
「……」
暫く、沈黙が続いた。
「なぁ、俺も聞いていいか? 」
「なんだよ」
「なんで、俺たちを助けようとしたんだ? 」
「……」
「俺はお前の忠告を無視して地下から出て行ったんだぞ。俺を見捨てる事はあっても、助ようとするなんてどうかしてる」
「……」
ギルは終始、黙っていた。何かに悩んでいるような、何か言いたい事があるような、そんな顔で。
「俺、自信がなくってな。確信があったのに、初めは違うって自分に言い聞かせてたんだ」
「……いきなりなんの話だ? 」
「まぁ聞け。俺がこの世界に来た時な……まぁお前もだと思うけど、予言されたんだ。『いつか息子に会える』って。でも、俺は息子の名前知らなかったから、、だからお前の名前を最初に聞いた時、びっくりしたんだ。それは、俺が考えた名前だったからな……」
「お前、ほんと説明下手だよな。結局何が言いたいんだよ」
「ま、まじか……よ、よしわかった。周りくどい言い方は無しで、はっきり言ってやる。俺はなーー
ーーお前の父親なんだよ! 」
それは、一世一代の告白だった。
それに対し、俺は、俺はーー
「はぁぁぁぁぁあ!?? おま、どこの世界に魔物の父親がいるって言うんだよ!? 」
「お前はアホかっ!? ちゃんと俺も前世は人間だ! 」
「あ、そっか」
「ああ……」
……うーん。どういうことだ? 正直、全く信じられない。
母から聞いてた話だと父親はろくでもないやつで、女たらしのちゃらんぽらんで、薬の売人とかしてて、、ってか前世の話だよな? って事は俺の父親、俺が死ぬ前にとっくに死んでたって事か? 俺、父親が死んでるとかそんな話聞いたことないけど……。
うーむ、やはり怪しい。。
「やっぱり信じられない。お前が、父親だなんて……」
「まぁ、そうだよな。いきなりだもんな」
「何か証拠はあるのか? ほら、名前とか……」
「お、おぉ。俺の名前は高木京也だ。和子から聞いてないか? 」
「そういえば聞いてない……ってか、母さんの名前知ってるんだな……」
「まぁ、父親だからな」
ま、まぁ偶然知っている可能性もあるよな。そう、例えばこいつが小学校の頃の担任の先生とかって可能性も……。
「ぐぬぬ……じゃあ母さんの好きな食べ物は? 」
「チャーハン」
「違うな。ラーメンだ」
「あ、味の好みは変わるだろ!? 」
「まぁ、確かに……じゃあ、えっとぉ、あのー、待てよ、誕生日は覚えてないしなぁ……うーん、あ、そうだ! お前、前世の職業は? 」
「色々やったが、現場仕事が多かったな……」
「ふんっ、やっぱり聞いてた話と違うな。俺は母さんから、『父親は薬の売人をしてた』って聞いたぞ」
「な……!? 」
ギルは目を見開いて驚いた後、悲しい顔で俯き、
「まぁ、そうだよな。俺はそれだけの罪を犯したんだから……」
違う。俺は、ギルにこんな顔をして欲しかったわけじゃない。
だって、あれだけ母さんに貶されていた父親が、こんなにいい人な訳がないのだから。
だから、どうしても疑ってしまう。
だってもしこの話が本当だとしたら、母さんがあまりにも悪者になってしまうから……。
けれど。
「まだよくわかんないけど、俺はギルが父親だったらいいなって思うよ。まぁ、それでも今はまだ信じられないけどな」
「久也……」
感激し、目の端に少し涙を溜めるギル。なんか小っ恥ずかしくなってきた。フォローの仕方間違えたかなぁ。
「わかった、今はそれでいい。高望みはしない。だがもし、俺を父親だって認められる日が来たら……その時はお前も、俺の事を父さんって呼んでくれ」
「……うんわかった。約束する」
「……」
俺は実のところ、かなり動揺している。
突然のカミングアウト。ギルが父親だったという、信じられない事実。……これでギルの勘違いだったら笑えるな。
そして訪れる、急な無言。なんか、気まずい。……わ、話題を変えないと。
「と、ところでさ。お前が初めに言ってた、予言ってなんだ? 」
「……は? 」
「いや、お前最初にごちゃごちゃ言ってただろ? 予言がどうとかって……」
「いや、言ったが……え、お前もしかして、名前貰ってないのか? 」
「名前を……貰う? 」
「え? だってお前、村長に会っただろ? 」
「村長? って、あさり村の? 」
「いや、違う。人間の村の……あ、あさり村? 」
「そりゃあ俺が転生した時、バッタの村だったから……あ、そっか。なるほど……」
俺は神様の手違いでバッタの村に飛ばされたが、しかし、みんなは違う。きっとソフィアやシアの言う通り、それぞれ同じ種族の前世を持った者が同じ生まれ変わりの村の近くに転生するのだから、つまり、俺は本来人間の村に転生しなきゃならないわけで……。
もしかするとそれにより、何か重大な損失があるかもしれないわけで……。
「なぁ。名前って、村長から貰うのか? 」
「ああ、そうだ。そんで名前を貰った時に、お前にとって重大な予言をされる」
「だけど、俺は名前どころか村長にすら会っていないと」
「そうだ。……ん? って事はつまり……そう言う事になるな。うん」
「……?? 」
俺が頭にハテナを浮かべていると、ギルは俺の肩を掴み、
「いいか、よく聞け。お前このまま村長に名前を貰わないと一年以内に死ぬぞ」
それは、本日2度目の告白だった。
「は、はぁぁぁぁあ!?? ちょ、ちょっと待て、俺死ぬのか!? 」
「ああ。だがまぁ安心しろ。人間の村はそこまで遠くない。歩いて行っても3ヶ月あれば着く」
「充分遠いじゃねぇか……」
あぁ、さらに問題が増えた……。
人間の村に行かなきゃいけない? ならソフィアはどうする? シアはどうする? 一緒に連れて行くのか? 俺のために? 行き先を選べても危険なのに、目的地があるならもっと危険じゃないか……?
「ひ、久也くん……? 」
と、問題が増えたタイミングで、シアが目醒めた。
しかしよかった、無事起きられて。パーフェクトヒールを使って一度に大きな魔力を消費したせいで、あんなに痣だらけになって倒れていたから、もしかしたらソフィアみたいに後遺症が残るんじゃないかって心配してたんだ。
「シア! もう、平気なのか……? 」
「はい! 全然平気……え、あ、あれぇ? 」
俺が問いかけると、シアは顔に手を当てて小首を傾げた。
「ん? どうした?」
「どうしましょう久也くん……」
「ん? 」
「シア、目が見えなくなりました……」
大きな魔力消費による代償は、思っていたより重かったようで。
本日3度目の告白は、俺の中で最も重大な問題となった。