第一章3話 【酒飲んで死ぬ】
悟が死んでから10日が経過した。この10日間、僕は様々な方法でいじめられていた。
体育館裏にジュースを買ってこいと呼び出され、買って行ったジュースが智の口に合わないと言う理由で殴られたり、時にはパンツ一枚での校内徘徊を命じられたりなど、少し特殊なこともさせられた。
もちろん有り金は殆ど持っていかれたし、殴る蹴るなどの暴行は当たり前のことだった。
それでも負けずと毎日学校に行っているのは、僕がズボンを脱いで学校を徘徊している姿をスマホで撮られていて、「もし毎日学校に来なかったらこの動画をばら撒くからなぁ」と、脅しをかけられているからだ。
だから毎日学校に行かなくてはならない。動画で口封じされているから誰にも相談できない。
毎日が苦痛で、憂鬱で。
頭の中は『死にたい』でいっぱいだった。
そんなことを考えていると、毎日まともに眠れもしなかつた。
朝が来た。今日は休日で学校は休みなのだが、智に呼び出されている為指定された公園に朝早くから徒歩で向かわなくてはならない。平日も休日も、僕に休める日なんてない。
外には朝特有の爽やかな空気が流れていた。
9月に入ったばかりなので夏の暑さがまだ残っているのだが、早朝だったので涼しい風が吹いている。
そして雲一つない空が、その爽やかな風をより一層気持ち良いものにしてくれる。
朝7時半に公園に着いた。
割と広い公園だが、あるのはジャングルジムとブランコ、あとは中が見えにくく設計された穴の開いた鎌倉のような遊具があるくらい。
智と幸助が来たのはそれから3時間後の10時半だった。
穴の開いた鎌倉のような遊具の中で座っていた僕の元へ、智達が無言で入ってきた。
3人入るのには少し狭いが、少しだけスペースに余裕があった。そのスペースを真ん中に開け、3人が輪になって座った。
「よお、待たせて悪かったな」
先に話しかけてきたのは智だった。今まででは決してなかった優しい言葉に、少し戸惑った。
「い、いや全然大丈夫だよ」
「いやぁ悪いことしたら詫び入れないとだよな」
そう言って智は鞄からさっき捕まえてきたであろうバッタを取り出し、真ん中のスペースに放り投げた。
しかし、バッタはチャンスだと言わんばかりに外へと逃げてゆく。
「あ、逃げそう」
そう言って幸助がバッタを手で鷲掴みにし、手足を引きちぎってもう一度真ん中に置きなおした。
僕にとってはあまりに残酷な光景に、思わず吐きそうになった。
「待ちくたびれて腹減ってるだろうと思ってな。ほら、これ食えよ」
「む、無理だよそんなのぉ」
「遠慮すんなって! 」
智がそう言って僕の髪を引っ張り、バッタの方に持っていく。
「ぐ、おえぇ」
その瞬間、少しだけ吐いてしまった。
「うわっ汚いなぁお前! 」
幸助が指で鼻を摘みながら嫌そうな顔をしてそう言った。バッタに吐瀉物がかかったため、智も僕と少し距離を取っている。
「もういい。こっちにする」
そう言うと智は、鞄の中からウイスキーと書かれた瓶を取り出した。とても大きな瓶だ。
「これ、飲めよ」
「え、いや無理だよ。だってこれ、お酒でしょ? 」
「これ飲まねぇならバッタだな。どっちか選べ」
「すげえじゃん智。これどこから持ってきたんだ? 」
「あぁ、父親の部屋から盗んだんだよ」
「まじかようける」
けらけらと笑いながら話す幸助と、にやけながらはなす智。だけど僕は、一つも笑えない。
バッタを食べるのは無理だ。親友だった悟ではないにしても、あまりにも酷すぎる。
だけどお酒なんて飲んだ事ないし……。いや、やっぱりお酒のほうがまだマシだ。お酒にしよう。
「お酒に、します」
「酒か。なら一気に全部飲み干せよ。じゃないとバッタも一緒に食わせてやるからな」
「そんな、一気になんて無理だよ!せめて少しずつ……」
「はぁ? 」
智がイラつきながら僕を睨んだ。
「わ、わかったよ。飲むよ」
ウイスキーと書かれた瓶を手に取った。アルコール度数40%と書かれているが、この表記がなにを意味するのかわからなかった。
蓋を開けると、酸性のきつい匂いが鼻腔を刺激する。僕は息を止め、心を落ち着かせて勢いよくウイスキーを飲み始めた。
一口目で喉の奥に強い刺激が襲いかかる。
「うぅ」
涙目になりながら、それでも飲み続けた。
「おぉ、やるなぁ」
五口目まで進んだが、刺激が強すぎてうまく喉を通らない。
でもバッタを食べたくないので舌で瓶に少し蓋をして飲む事にした。だがそれもすぐにバレてしまう。
「なにゆっくり飲んでんだ。もっと勢いよくいけよ」
「ぐぷっ」
そう言って智は瓶を口の中に押し込んでくる。その衝撃で鼻の中に少しだけウイスキーが流れ込んでしまい、鼻腔に激痛が走る。
でもそんなことはお構いなしに、僕は口の中に瓶を押まれる。
「うぅぅ!! 」
智の手を掴み涙を流しながら必死に抵抗したが、腕力に差がある為敵わない。
あぁ、もうダメだ……。
吐き気や頭痛を通り越し、徐々に手足の感覚さえ無くなっていく。
全部飲み終わる前にはもう、僕の意識はこの世から消えていた。