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第二章13話 【希望】

 戦闘を終えた俺達はその後、松下さんの解体作業をする事になった。


 これから松下さんの全身の肉を小分けにして縄で縛り、荷車に乗せて国まで運ぶらしい。  


 その中で俺は、肉の塊を荷車に積む作業を任されていた。


「おら、ぼさっとするな! 」


「おせぇんだよ。早くあっちに持っていけ! 」


「はい、すみません……」

 

 仕事を何もしていないくせに文句ばかり垂れてくる気の荒い兵士に対し、俺は感情を殺しながら言い慣れたフレーズを発する。


 近くには俺と同じくぞんざいな扱いを受けながら仕事をするシアがいた。少し向こうには松下さんを糸でバラバラに切り刻むミユリと、解体した肉を縄で縛るメランも見える。


 ソフィアは木の影にて、負傷したギルにヒールをかけていた。どうやらギルは元人間なのにオートヒールを使えないらしい。


 エルメスは松下さんを討伐した後、すぐにどこかへ消えてしまった。


 それから解体した肉を荷車に乗せ替えること数十分。全ての肉を荷車に乗せ終えた。


 すると森の奥から帰ってきたエルメスが、作業の進捗を確認するように辺りを見回した。兵士達はエルメスが帰ってくると話すのをやめて静かになった。


「うんうん、終わったねぇ。じゃあ、後はよろしくねぇ」


 エルメスはそう言ってゲートを開き、数人の兵士を連れて帰って行った。


 ギルも最後に俺の方を一瞥した後、まだ完治していない腕を摩りながらゲートに入っていく。


 あぁ俺も一緒に行くのかと思って荷車に手を掛けようとすると、その時隣にいたミユリに止められた。


「僕達は付いていかないよ」


「あれ、俺達もあれで帰るんじゃないのか? 」


「ゲートは荷車通らないからね。僕達は徒歩で帰るんだ」


「まじかよ……。因みにどれくらい遠いんだ? 」


「歩いて2日ってところかな? まぁ歩くだけだし、楽な仕事さ」


 そう言って軽々と荷台を担ぐミユリ。


 残ったのは兵士4人とミユリ、メラン、ソフィア、シア、俺の合計9人だけだ。


 荷車は全部で6つ。とはいえ、兵士が俺の代わりに荷台を持つ事なんて無いだろうから、2日間はこれを引きながら帰る事になる。


「おもっ」


 荷車の取手の部分を持ち上げてみると、意外と重たかった。ミユリはこれを軽々と持ち上げたのかと思うと恐ろしい。


 4人の兵士を先頭に、他の4人も歩き始めた。俺もなんとか荷車を引っ張り、一歩一歩力強く踏み出していく。


 隣には俺よりも辛そうに歩くシアの姿があった。シアは体力や筋力が低く、魔力もそれほど高くない。この帰り道で一番苦しいのはシアだろう。


 とはいえ、シアの代わりに二つの荷車を引く力など俺にはない。自分ので精一杯だ。


「はぁ、はぁ」


 1時間も歩くと、シアは肩で息をし始めた。隣で意外と平気そうに歩くソフィアがさっき片手でシアの荷車を引く手伝いをしようとしていたが、自分の荷車を片手で持つ事が出来ずに断念していた。


 そんな光景を横目で見ながら歩いていた俺も、結構疲れてきていた。


 森は歩きにくい。道がないので前を見て歩いていなければ木にぶつかるし、荷車が木に引っかかって前に進めない事もある。


 しかも先頭を歩く兵士達は、俺達が歩くペースを落とすとめちゃくちゃキレてくる。ときどき殴りかかってくる事もあった。


 因みに、ミユリとメランは兵士がいくらキレていようと我関さずと言った感じで、黙々と前を向いて歩き続けていた。


 時刻は昼過ぎ。一番上まで登り詰めた太陽が、俺達の体に容赦なく熱射を降り注ぐ。


 気温こそそこまで高くないものの、木の隙間から降り注ぐ日光は何故か熱い。前世の日光とは比べ物にならないほどだ。


 先頭を歩く兵士も少し疲れたのか、一度休憩を取ると言い出した。


 兵士達は荷車から肉を一つ取り出し、荷車を作り出した時と同様、中級魔法で錬成した鍋を使ってスープを作り始める。


 俺達は兵士達から少し離れた場所で座り込んだ。目の前には疲れた顔をしたシアとソフィアも座っている。


 それにしても、今日は色々な事があったな……。


 さっきの戦闘を思い出しながら俺は何気なくステータスを開いた。


【ステータス更新中……】


 ステータスを確認すると、ずっとこの画面で止まったまま動かなくなっていた。なんだかよくわからないが、なにをしても変わらないので仕方なくステータスを閉じた。


「出来たぞジーバァ! 」


「おぉ、さすがオートニー! お前はほんと、料理だけは上手だな」


「うるせぇ」


 兵士達が楽しそうに皿にスープを盛り付け、食卓を囲んでいた。さりげなくミユリとメランもスープをもらい、違う所で食べている。


 香ばしい肉の香りと、クリームシチューのようなクリーミーな香りが鼻腔をくすぐる。あぁお腹すいた。食べたい。俺も欲しい。


 無意識にミユリを凝視していると、不意に目が合ってしまった。ミユリは申し訳なさそうな顔をするでもなく、平気な顔で俺を見ながらスープをすする。


 代わりに隣にいたメランが憐れみの表情で俺を見てきた。そんな可哀想な感じの目で見ないで欲しい。腹が鳴る。


「食べたいな……肉」


「言ったわね……今、絶対に言っちゃいけない事を……」


 俺の漏れ出た独り言に対し、覇気のない声で突っかかってくるソフィア。


「もそもそ……あ、意外と美味しい……」


 シアは気が狂ったのか、地面に生えている雑草を食べ始めた。


「え、本当……? 」


「うん。ソフィアも食べてみてよ」


「し、シアがそう言うなら……」


 ソフィアがごくりと生唾を飲み込み、雑草を食べ始める。


 俺も泣きそうになりながら雑草を口に入れてみると、意外と美味しかった。


「あ、キノコだ」


 不意に、ソフィアが木の影にあるカラフルな色をしたキノコを指差した。


「凄いソフィア。キノコ見つける、凄い」


 目をぐるぐるさせながらソフィアの腕を掴むシア。


【毒薬草に含まれる毒素の無効化に成功しました】


 あ、この雑草、食べたらダメなやつだ。


 その後、カラフルな色をしたキノコを引っこ抜いたソフィアとそれに食らいつこうとするシアを止め、ヒールを掛けて正気に戻すまでに数十分掛かった。


 それから数分後、俺達はまた荷車を引いて歩き始めた。


 日が沈むまで歩くと聞いていたので、それまで体が持てばいい。俺は長時間持続できない身体能力向上の魔法を駆使しつつ歩き続ける。


 シアも身体能力向上の魔法を使って歩いているみたいだった。


 そして日没。


 兵士達は中級錬成魔法で簡易的なテントを作り、そこに入っていった。


 ミユリとメランも2人でテントを作って入る。因みにあれだけ戦闘前に話していたミユリとは、荷車を引き始めてから一度も会話をしなかった。


 俺達は当然中級錬成魔法などを使えるはずもなく、かといってテントを用意してくれるはずもない。したがって、出来るだけ草を集めてクッションを作り、そこで寝る事にした。


 夜が耽ると、かなり寒くなってきた。


 俺はふと、ステータスをもう一度確認してみた。


【アイテムボックスが実装されました】


【魔獣からアイテムがドロップされました】


 ステータスを開くとまず初めに表示されたのがこれだった。確認するとステータス一蘭にアイテムボックスという欄が追加されており、開くと二つのアイテムが表示された。俺はとりあえず二つのアイテムが何かを確認する。


【紅魔獣の地肉】

 食べると確率50%で100分間、身体能力大幅アップ。残り50%で死に至る。


【紅魔獣の清酒】

 飲むと確率20%で100分間、身体能力超大幅アップ。残り80%で死に至る。



 ……リスク凄いな。


 身体能力が向上するのはとてもありがたいが、死ぬ確率がある限り出来れば使いたくない。もう脱獄なんかしないって、昨日決めたし……。


 だからこれは、見ない事にした。


 ところで、アイテムボックスとは素晴らしいスキルが実装されたものだ。どの程度大きなものが入るかは謎だが、見たところ後6個もこの中に入れる事ができるらしい。


 後でこっそり肉をこの中に入れてやろうかな……。


「ねぇ、起きてる? 」


 いっそのこと紅魔中の清酒とかは捨てて、全部肉で埋めるか。いや、それは流石にやりすぎか……。


「ねぇってば! 」


「ひゃい! 」


 ソフィアがいきなり大きな声を出すので、びっくりしてしまった。そんなに大きな声出さなくても、別に一回で気づくんだけどな。


「さっきから呼んでるでしょ! 返事しなさいよ」


 小声だが強い口調のソフィア。


「さっきから? 」


「そうよ」


 なにを言っているのか分からなかったが、まあいいか。


「それで、何の用なんだ? 」


 俺が尋ねると、ソフィアは息をすぅっと吸い込み、


「今から脱獄するわよ」


「……え? 」


「え? じゃない! 今がチャンスなのよ、わかるでしょ!? 」


 必死な顔のソフィア。


「今は国の外です。近衛兵隊長も、ギルさんもいません」


 補足説明をするシア。


「まぁ、確かに」


「逃げるなら今しかないと思うのですが、どうですか? 久也くん」


 確かにシアの言う通り、逃げるなら今以上の好機は今後ないのかもしれない。


 でも、


「俺は、逃げない」


「どうして……!? 」


 ソフィアが、ずいっと顔を近づけてくる。


「俺は……怖いんだよ。町に出されるのが……」


 失敗すれば、確実に町に出されてしまう。


 俺は昨日町で見たあの光景が、どうしても頭から張り付いて離れてくれない。


「お前らも見ただろ? 町で、何が起きているのか……」


 俺の言葉に押し黙るソフィアとシア。


 すると、ゆっくりとソフィアが顔を上げ、


「じゃあこのまま、、奴隷のままで一生過ごすって事? 」


「そう、だな」


 はっきりとは肯定できなかった。仕方ない事とはいえ、いざ一生このままでいると断言してしまうのは、心が苦しい。


「そんなのダメよ」


「はぁ……!? 」


「あんたも逃げるの」


「だから、俺は行かないって」


「絶対連れて行くわ」


「お前、バカか? 捕まったら町に出されるんだぞ? 」


「わかってる」


「わかってるならなんで、お前はそうまでしてここから逃げたがる……? 」


 お互い小声で、しかし怒気を孕んだような声色で意見をぶつけ合った後、ソフィアは俺の目をしっかりと見据える。


「暗い未来だってわかっているのにそれを受け入れて何もしないなんて、私にはできないの。ただそれだけよ」


 彼女は落ち着いた声でそう言った。


 思えば俺は、悲しい人生を歩んできたなと思う。


 いじめを受けていた時からずっと、自分は不幸だと思っていたし、今でも自分は不幸だと思っている。むしろ今の方がよっぽど不幸だ。だってそうじゃないか。


 毎日殴られて、蹴られて、卑下されて。


 強制労働をさせられ、報酬はカビたパン一つ。


 今日なんか死ぬ思いまでさせられたのに、肉一つ貰えない。


 ここは地獄だ。


 人生なんてくそっくらえだ。


 だから俺は、出来るだけ嫌な事が起きない様に知恵を絞り、最悪の展開を回避する為に行動する。


 それが幸せに生きる為の最善の行動。俺はそう信じていた。


 けれど、目の前にいるこの子は違う。


 精神面において圧倒的強者の彼女は、こんなクソみたいな状況で、暗い未来を変える為ならリスクを背負ってでもここから脱出すると言った。


 それはつまり、現状を悪くしない為の行動ではなく、現状を変える為の行動を取ると言う事。本当の意味で幸せになる為の行動を取ると言う事。


 俺とは根本的に考え方が違うようだ。ソフィアの考えはとても危うくて、けれども眩しい。


 そして悔しいが、俺もそうなりたいと思ってしまった。


 俺は息をすうっと吸い込み、ふぅぅと深く吐いた。


「……わかった。脱獄しよう」


 俺がそう言うとソフィアは驚いた様に目をピクッとさせた後、何かを悟った様に微笑み、


「決まりね」


 それから、作戦会議が始まった。


 意外な事に、作戦は俺が提案したものに決まった。というか殆ど案が出ず、結局俺頼みの作戦になってしまったのだ。


 まずは俺のテレポートで松下さんと戦ったあの場所までジャンプし、後はシンプルに走って逃げる。作戦はただそれだけだ。


 テレポートは一度見た場所なら結構どこにでも行ける。しかも定員はわからないが手を繋げば相手も一緒にジャンプできるらしい。但し、一度に飛べる距離は500メートル、リキャストタイムは8秒なので注意が必要。


 作戦が決まると俺達は手を繋いで輪になり、俺が合図を送る。


「じゃあ、行くぞ」


「はい」


 シアの手は緊張で汗ばんでいた。俺は安心させる様にシアの手をぎゅっと握りしめ、


「テレポート」


 掛け声と共にテレポートを発動させた。しかし、


【結界内の為、テレポートが無効化されました】


「はぁ? 結界……? 」


 一体、何が起きているんだ……?



「ダメだよ久也くん。逃げようとしちゃ」



 声のする方へ振り返るとそこには、ミユリが立っていた。


 ミユリは俺と目が合うと不敵な笑みを浮かべ、


「それじゃあお仕事、始めますか」


 ミユリの手から伸びる透明の糸が、月明かりに照らされている。


「みんな、逃げろ! 」


 身の危険を感じて咄嗟に手を離し、走り出す俺達。しかし、


「糸状結界」


 ミユリが既に張っていた糸の結界に捕まり、俺たち3人はすぐに捕まってしまう。


「ぐっ……なにこれ取れない」


「頼むミユリ。離してくれ」


 俺は糸に絡まった自分の体を捩りながら、ミユリに懇願する。


「ごめんね久也くん、僕も仕事だからさ」


 作られた様な困り顔で謝るミユリ。


 そんなミユリを見て俺は、不思議と諦めがついてしまった。


 ミユリが俺にかける情なんてない。さっきまで俺と話してくれていたのも、エルメスに後の説明を任されたからなのだと察したからだ。


 こうして俺達の逃亡は呆気なく、始まる前に終わってしまうのだった。

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