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第二章12話 【崖上での戦闘】

 ミユリの一言に俺は、少しの間固まってしまっていた。


 ひとまず深呼吸して心を落ち着かせた後、ミユリに確認する。


「お、お前は、その、つまり、ギルが魔物だって言いたいのか? 」


「そうだよ。知らなかったのかい? 」


 当たり前のことを聞かれ、さも不思議そうな顔で小首を傾げるミユリ。


「ああ全く……ん?って事はあいつ、元人間なのか? 」


「その通りだけど……ほんと、ギルは何も教えてくれなかったみたいだね……」


 ミユリは呆れたように、数歩先にいるギルを半目で見つめた。


 ミユリの話を信じるならば、今俺の少し先にいるギルは、あの大きな魔物と同じ種族で、元人間なのだろう。


 前世で人間だった者がこの世界で魔物として転生する事(俺は人間の姿で転生したので前世の人間は転生後、様々な形でこの世に生を享けるのだと推測される)にも驚いたが、まさかギルが俺と同じ元人間だったとは。できればもっと早く知りたかったものだ。


 ズシン、ズシン


 大きなパンダっぽい魔物がもうすぐそこまで来ていた。俺達は一度足を止め、草むらに隠れながら魔物の様子を伺う。


「さて、そろそろかな」


 ミユリが小声でそう言うと、急にギルが俺達の列から飛び出して魔物の前に立ち塞がった。


「ちょ、ギル!? 」


「まぁ落ち着きなよ、久也くん」


 驚いて飛び出そうとした俺の腕を軽く引っ張って止めるミユリ。


「いや、だってギルが……」


「いいから見てなって」


 ミユリがやけに落ち着いてそう言うので、俺も冷静になってギルを見守ることにした。


 ギルと魔物は睨み合うように対面している。今にもどちらからともなく食ってかかりそうな、殺伐とした空気だ。


 これから戦いが起きたとして、体格差的にギルに勝ち目があるとは思えない。この後一体どうなってしまうのだろうと心が焦り、俺はごくりと生唾を飲んだ。


 グアァァァァ!!


 パンダと人間を混ぜたような面様の魔物が、いきなり大きな奇声を発した。


 しかし、どちらも攻撃を始めない。それどころかギルは魔物に背を向け、何処か森の中へ歩き始めた。


「どうなってるんだ……? 」


「あれが、ギルが魔物だって言う証拠の一つだね。ギルは魔物が出す、えっとなんだっけな……その、仲間と認識させる為の、特別な周波? みたいなものが出せるらしいんだよ」


「えぇ……」


 そういえば、ゾウは人間では到底聞き取ることのできない程の低周波で遠くの仲間と情報交換をしたりするというのをどこかで見た事があるが、それと似たようなものだろうか。


「まぁそのおかげで、魔物の誘導はスムーズに行えるというわけだね」


「なるほど……」


 俺はあいつ便利だなぁと思いながら、ギルを追いかけていた。


 ギルは魔物を引きつけながらどんどんと先へ進んでいき、遂に目的地っぽい所まで辿り着いた。


 そこは、見下ろすと寒気がする程に高さのある崖。崖下は横幅30メートル程の流れの速い川があり、川を跨いだ向こう側にはまた森が広がっている。


 この辺りには不自然なほどに木が生えておらず、さっきまで雑草で埋め尽くされていた地面は砂場と化している。広さは運動場よりも少し狭いくらいだろうか。


 ここで、魔物のステータスを鑑定してみた。


【松下愛斗】


 S級モンスター

 レート:7870

 体力:不明

 MP:不明


 スキル:ヒール、オートヒール

 特性:物理攻撃50%軽減、魔法攻撃60%軽減、麻痺無効化、俊敏、攻撃力倍増


 松下愛斗……?


 あぁこの魔物、前世は松下っていう名前の人だったのか……ってか何気にヒール使えるんだな。


 あとなんだあの特性、チートすぎないか? ほとんど無力化できる上に攻撃力倍増? 


「ははっ、冗談だろ」


 魔物(松下さん)のステータスの鑑定結果を確認し、諦めたように笑う俺を見て、俺の隣でギルの様子を伺いながら草むらに隠れていたソフィアが眉を顰めた。


「急にどうしたの? 気持ち悪いんだけど」


 久しぶりに聴いた気がするソフィアの罵声も、今は可愛く思える。


「いや、今からあんな化け物と戦うのかと思うと笑えてきて」


「もう、しっかりしなさいよ」


 ソフィアが小さく溜息を吐いた。


 松下さんの顔をした魔物はこんな所に呼び出して何の様だと言わんばかりの形相でキョロキョロと周りを見渡し、


 グアァァァァ!


 とギルに向かって奇声を発した。そしてギルの頭に松下さんの唾が飛び散った、その時、


「今だ! 」


 ミユリがそう掛け声を放つと、草むらに隠れていた俺達は一斉に飛び出した。因みに俺は数秒出遅れた。


 まず初めにギルが高くジャンプして松下さんの顔面を右手で強打。いつの間にか発動していた【身体能力強化】によって強烈な一撃を食らわす事に成功。


 突然仲間だと思っていたギルに殴られて軽くヒットバックした松下さんを、続いてメランが【火砲】という中級魔法で追い討ち、さらにミユリが糸で松下さんの全身を縛り付け、そのまま腕を切り落とした。


「すげぇ……」


 目の前のあまりに壮観な光景に、思わず感嘆の声が漏れてしまった。なにせ俺の3倍くらいでかい身体をした松下さんを、不意打ちとはいえ圧倒しているのだから。


 対して俺、ソフィア、シアは下級魔法しか使えないため、勢いよく草むらから飛び出したものの、何もできずにいた。恥ずかしながら、今の俺たちでは応戦できそうにない。あれ、俺たち何で呼ばれたの? と、疑問に思うレベルだ。


 しかし、もちろんこれでは終わらない。すぐに腕が再生し、体制を整えた松下さんは怒り狂い、


 グアァァァァァァァ!!!


 と奇声を発しながら、高速で腕を横に振るった。間一髪回避に成功した前衛3人は、松下さんから少し距離を取る。


「ボウズ、後ろ! 」


 突然、ギルが俺の後ろを指差して叫んだ。


「へ? 」


 ズドォォン!!


 いつの間にか俺の背後を取っていた松下さんが、ブンッと両手を固めて振り降ろしてきた。しかし、空を切って地面にぶち当たったみたいだ。暫く砂埃が舞い、収まるとそこには大きな窪みができていた。


 俺はギルのおかげで【テレポート】が間に合い、なんとか回避に成功。ギルがいなければ今頃、俺はタンパク質の塊と化していた事だろう。


「あっぶねぇ」


 ドクンドクンとうるさい心臓を強く握りしめながら、俺は自分の安否を確認する。うん、なんとか大丈夫そうだ。


 アニメとかで大きな魔物に襲われている主人公とか結構見たことあるけど、よくもまぁあんなに果敢に立ち向かえるものだ。実際相手にすると怖すぎる。前に一人で戦ったクマとかも怖かったけれど、今回のはレベルが全然違う。動きが速すぎる。


 その後も松下さんは【俊敏】のスキルで己の動きの俊敏性を高めながら、とてつもないスピードでパンチを繰り出し、ギルとミユリに攻撃していた。


 メランは初撃こそ当たったものの、それからは全く役に立っていないみたいだ。一応、えい、やーと遠くから魔法を放っているが、全然当たらない。


 ギルは【身体能力強化】と、なんか空手っぽい動きが相まって、結構いい具合に戦えていた。


 しかし、特に凄いのがミユリだ。ミユリは松下さんの行動パターンを読み切ったのか、スキルで操る糸で相手を翻弄。腕をバッサバッサ切り落とすので、もうこのままいけば勝てるんじゃないかなぁとか思ってしまう。


 案外暇になってきたのでミユリのステータスでも覗こうかなぁと思っていた、その時、


「ボウズ! 」


「おわっ! 」


 またもや松下さんの攻撃が頭上から降ってきて、慌ててテレポートで回避した。


「戦闘中だぞ! ぼーっとするな! 」


「す、すまん」


 鬼の形相というか、猫の様な狐の様な仮面を付けたギルに怒られてしまった。


 ちょっと離れていた方がいいかな……?


 とか思って少しその場を離れると、何やら空中に光るものが見えた。


 それは透明な糸で、恐らくミユリが仕掛けたものだと思われる。砂場に糸を仕掛けているので原理は良く分からないが、とにかくあちこちにこの罠は仕掛けられていた。


 ミユリは松下さんの攻撃を華麗に交わしながら、段々と罠に近づいていく。そして、


「チェックだね」


 ニヤリと笑い、ミユリは詠唱を唱える。


「哀糸豪竹」


「まてミユリ! 」


 ギルが止めに入るが既に時は遅く、ミユリの魔法は問題なく発動してしまった。地面から現れたワイヤーの様な太い鉄の糸が松下さんをぐるぐる巻きにして縛り上げ、ギュィィッと一気に縛りつけた。


松下さんは大量の血飛沫と共に悲痛な断末魔を上げ、動かなくなった。辺りに張り巡らされた糸がワイヤーを伝って綺麗な赤い色に染まっていく。


 誰もが終わったと、そう思った。


 しかし、


 グルルルルルッ


 喉を鳴らす、化け物の声。


 どこの世界で作られたテンプレかは知らないが、こういう強敵はピンチになると、覚醒して戻ってくるのがお約束なのだ。


 グアアァァァァ!!


 さらに怒りの篭った奇声を張り上げる松下さん。明らかにやばそうな赤いオーラが身体から溢れ出ている。しかも何故かさっきよりも身体が大きくなっている。歯を剥き出しにして唇をブルブルと震わせ、目を血走らせて俺たちを威嚇している。


「うーん、僕ちょっと間違えた? 」


 割と能天気な様子のミユリ。


「はぁ、」


 その横で頭を抱えるギル。


「え? えええ?? 」


 後ろでわなわなと震えるメラン。


「……」


 何も考えてないような顔で松下さんを見つめるシア。でも治療班でいるよりは表情が明るい。


「私だって魔法が使えればあれくらい……」


 小声でなにかぶつぶつ言いながらシアの前に立ち、ナイフを構えるソフィア。


 そして、松下さん(覚醒バージョン)と目があってしまった俺。


 あ、やばい。逃げよう。


 ドンッ


 恐怖のあまり逃げようとした俺の真上にジャンプした松下さんは、そのまま俺の進行方向目掛けて飛び蹴りしてきた。


 ドォォォォン!!


 俺は蹴りが当たってもいないのに爆風で飛ばされ、何度も受身を取りながらゴロゴロと森の方まで飛ばされてしまった。


 体制を立て直し、状況を確認する。


 「籠鳥開園! 」


 ギルが鉄の檻を出して閉じ込めようとするが、松下さんには全く効果が無く、すぐに壊されてしまっていた。


 すかさずギルは距離を取るが、直ぐに詰められる。


「硬化! 」


 既にギルを助けようと走っていたソフィアが松下さんまで近づき、満を辞してスキルを使用。しかし、


「なっ!? 」


 ソフィアのスキルは動きの速すぎる松下さんを捉えきれず、効果を発揮しなかった。


「縛糸! 」


 続いてミユリが糸で松下さんを縛り付ける。数秒程動きを封じるが、松下さんの化け物じみた怪力に、糸はブチブチと音を立てながら切れていく。


 やがて糸から抜け出した松下さんはギルに強烈な一撃を放ち、


「ぬぉ! 」


 咄嗟にガードしたギルはそのまま押し切られてしまい、遠くに吹っ飛ばされてしまった。ミユリも危険を察知したのか一度メランの元へ行き、そして我が子を守る様に前に立った。


 その時、


「シア! 」


 遠くから聞こえるギルの叫びも虚しく、シアに右手を振り翳す松下さん。


 シアの周りには誰もいない。


「へ? 」


 何が起きているかも捉えることができず、ただ涙を浮かべて立ち尽くすシア。


 ダメだ、誰も助けられない。


 いや、あるいは……。


「テレポート」


 何もできないって分かってるのに、俺はシアの前に出てきてしまっていた。


 テレポートはリキャストタイム(次に魔法が使える様になるまでの時間)が数秒かかる。つまり、松下さんの攻撃から逃げる手段はない。


 後ろには、泣きそうな顔で立ち尽くすシアがいた。そして眼前に、大きな手が近づいてくる。俺はこの時、ゆっくりと、そしてはっきりその光景が見えていた。


 人は危険が近づくと風景がスローに見えると聞いた事があるが、あれは本当だったのかと少し笑いながら、俺は最後に悪足掻きをする。

 

 その名も【身体能力向上】


 時短のため魔法の詠唱は行わず、無詠唱で身体能力を向上させた俺は目を閉じ、両手を重ねて攻撃を受け止めようとした。


 さらば俺の人生。まぁ街に出されて死ぬよりはマシな終わり方でした。


 ズドォォォン!!


 物凄い衝撃波と、砂埃、爆風。


 その中で生き残った俺は、目をぱちくりさせて状況を確認した。


 目の前には軽々と松下さんの繰り出したパンチを止める、背の高い怪物が一人。


「待たせたねぇ久也くん」


「おせぇよ、まじで」


 俺の最大の敵であるエルメスが、そこには立っていた。


 敵のはずなのに、悔しいがとても安心してしまう。それだけエルメスが強者であると、目の前で証明されたのだ。


「ところで君は、色んなスキルを持っているんだねぇ」


 松下さんの攻撃を受け止めながら、薄ら笑みを浮かべるエルメス。


「あ、あぁ」


 いやそんな話してる場合じゃないだろと内心ツッコミを入れつつ、生返事をする俺。恐らく俺がステータスを覗いていたのを視覚共有で見た上での言動だろう。


「ほいっ」


 ドオォォンと松下さんの腕を跳ね返すエルメス。さっきから手はあっちを向いているが、顔は俺の方を見て話している。


 松下さんは後ろにふらつきつつも、もう一度エルメスに攻撃を仕掛ける。


 しかしエルメスはそれを片手で軽く受け止め、余裕の表情で押し返す。3倍くらいでかい相手の拳を軽く跳ね返すその光景は、本当にもう、凄いやばい。


「うんうん、なかなかの攻撃だねぇ」


 エルメスは松下さんに対し、自分よりも弱者を見る目をしていた。


「あれ、離れた方がいいよぉ? 久也くん」


 首を気持ち悪い感じに曲げて振り返るエルメス。


「あ、あぁ。行くぞ、シア」


「は、はいっ」


 俺はエルメスの忠告に従い、シアを連れてその場から離れることにした。


 圧倒的強者を前にして本能的に警戒しているのか、さっきから松下さんに動きがない。


「それにしても、大きい割にレートが低いねぇ」

 

 エルメスはつまらなさそうな顔でそう言った後、その場から逃亡する俺とシアに手をかざし、


「デコイ」


 聞いた事のない魔法を唱えた。


【デコイを仕掛けられました】


 すると、さっきまでエルメスに警戒して動かなかった松下さんが急に俺に対して注意を向け、


 グアァァァァ!!


 一心不乱に突撃してきた。


「ぎゃああぁぁ!! 」


 俺はシアの手を離し、叫びながら全力で走った。


 俺の記憶が正しければ【デコイ】は術の対象者に敵の注意を惹きつけさせる魔法だったはずだ。たしか中級魔法だった気がする。


 それを掛けられたという事はつまり、俺が松下さんに追いかけられる羽目になったという事だろう。


 みんなに迷惑は掛けられまいとエルメスと一緒にゲートから出てきたと思われる数人の兵士たちや、ギル、ミユリ、メラン、シア、ソフィアからなるべく離れた所を目掛けて走っていたのだが、そのせいでついに崖の行き止まりまで来てしまっていた。


「くそっ」


 身体能力向上でなんとか逃げ切れていたものの、松下さんとの距離はそこまで遠くない。次の攻撃をテレポートで避けるしかないか。


 グアァァァァ!!


 松下さんが手を振り翳すと急に、当たり一面が白く光り輝き、


「拘束術式」


 エルメスの魔法で、松下さんが手を上げたまま動かなくなってしまった。


「うんうん、うまくいったみたいだね」


 そのままゆっくりとエルメスが松下さんに近づく。松下さんは時間が止まっているかの様に目線さえ動かすことができなくなっていて、とても不気味だった。


 エルメスは松下さんの大きな足に触れ、


「迅雷風月」


 魔法を唱えると、松下さんの体が小刻みに震えながら白い光と共に電気が流れ、目から光が消えてズドォンと倒れてしまった。


 こうして、松下さんとの戦いは幕を閉じたのだった。

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