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第二章9話 【街へ】

 脱獄失敗から、はやくも10日が過ぎたある日。


 朝目覚めると、隣でシアとソフィアが向かい合って立っていた。


「こう来たらこうかしら? 」


 ソフィアがシアの手を持って操作し、自分の顔に近づけた。どうやら、戦闘シミュレーションをしているらしい。


 俺も中学の時は授業中とかによくやっていたなぁと、少し懐かしく感じた。まぁ1人でだけど。


「こっちから狙った方がいいんじゃないかな? 」


「うーん、そしたらこっちに隙が……」


 シアが指摘に対し、ソフィアが顔をしかめる。どうやら行き詰まっているみたいだ。


 あの日ギルに敗北してからというもの、ソフィアとシアは毎日こんな感じで戦闘訓練をしている。どうやらまだ脱獄を諦めていないらしい。というかむしろ、前よりやる気になっている。


 しかしこの会話の内容もギルに盗聴されているかもしれないと思うと、毎朝顔を合わせるのが気まずいところだ。


 俺はというと、毎日ステータスを見て魔法の勉強をしていた。


 スキルポイントがどういう理屈か分からないが毎日増え続けているので、新しいスキルを取得する事ができた。


 最近覚えたスキルは【隠密】と【テレポート】


 どちらも脱獄に使えそうだが、これで脱獄できるという自信は全くない。


 あと、【ヒール】や【オートヒール】【ステータス】などのレベルが上がった。


 【ヒール】のレベルが上がったことにより、治癒の効果が前よりも増し、仕事が結構楽になった。


 そしてなにより驚いたのが【ステータス】のレベルアップ内容だ。


 例えば、ソフィアを見つめると、


 【ソフィア】


 中級魔道士

 レート: 不明

 体力: 不明

 MP:不明


 スキル: ヒール、オートヒール、硬化

 特性: 生体感知


 

 ……なんか、他人のステータスが見れるようになった。不明ばっかりだけど。


 さらに、ソフィアが手から水を生成すると、


 【水球】


 手に小さな水の玉が出る魔法。


 小さく「すいきゅう」と唱えると発生し、大きく「すいきゅう! 」と唱えて腕を振ると飛ぶ。


 初歩中の初歩の魔法で、初めからみんな使える超便利な魔法。主に料理などに使う事が多い。


 レベルが上限に達すると【宴水球】に進化する。


 レベル 2(最大レベル8)

 消費MP 2



 と説明が表示される。これらは、俺が意識を向けた時にのみ表示されるみたいだ。


 戦闘で役に立ちそうだが、攻撃を受けた時にこんなの読んでる暇はないだろう。


「あ、起きたのね」


 俺がステータスを覗き見てぼーっとしていると、ソフィアが声をかけてきた。


「ああ」


「あんたもやる? 」


 ソフィアがシアの手を操作しながら聞いてくる。


「いや、いい」


 そんな厨二病みたいな事したくない。


「いつもしてくれないですよね、久也くん」


 拗ねた顔で不満を言うシア。


「いや、だって恥ずかしいし……」


「恥ずかしいってあんたねぇ……本気で脱獄する気あるわけ? 」


 ソフィアの問いに、俺は体が固まるのを感じた。


 本気で脱獄、か。


 確かに、ここから出たいとは思っている。出れるものなら出たい。しかし、出られるイメージが湧かない。


 たとえ出られたとして、それからどうする? ソフィア達が犬の村に帰れるわけでもないだろうし、エルメスが追ってくる可能性だってある。


 それに、捕まったらどうなる? 前にギルが言っていた、『街に出される』事になるんじゃないか?


 しかし、ソフィアには愛する人がいる。あの時、感情に流された部分はあったが、俺は確かに誓ったのだ。ソフィアとルックを合わせてやると。


 だから今は、『脱獄なんてどうせ無理だろうけど一応できる努力はしている』といった感じだ。シアとソフィアがああして努力している手前、俺だけ何もしないのも気が引けるし。


 ……だからといって、こいつらの厨二ごっこには付き合わないが。


「一応、本気だよ」


「なんなのよ、それ」


 俺の答えに不服そうな顔のソフィア。


「いい? 今度こそギルをこてんぱんにやっつけて、ここから出るんだから! 」


「誰をこてんぱんにするって? 」


「げっ」


 ソフィアが胸を張って宣言すると同時に、ギルが部屋へやってきた。


 ……ってか、こてんぱんって久々に聞いたな。


「……ってか、こてんぱんって久々に聞いたな」


 ギルか呆れた様子で言った。どうやら俺と同じ感想だったらしい。


「お前らまだ諦めてなかったのか」


「そうよ! 悪い!? 」


「そりゃ悪いだろ」


 うん、ギルの言う通りだ。


「ぐぬぬ……」


 ギルを睨みつけ、下唇を噛み締めるソフィア。


「そうだ、お前達にひとつ良い知らせがある」


「良い知らせ? 」


 なんだろう。パンが2個に増えるとかかな。


「今日からごみ収集をこの班でする事になった」


「ん? それのどこが良い知らせなんだ? 」


「残飯が食べ放題になる」


「まじか」


 それはご馳走だなと、俺は頬を緩ませた。


 前にギルが少量の肉を持ってきた事があったが、あれは絶品であった。なるほど、そういえばあの時ゴミを漁ったって言ってたな。


「ああ。今日から1人づつ交代で行く事になる。今日はボウズ、お前だ」


 早速俺か。


 正直、久々にお腹いっぱいご飯が食べられるかもしれないという期待に胸が膨らむ。


 そして、喜んだ自分がとても恥ずかしくなった。なんて惨めなんだ俺は、と。


 なので俺は、別に嬉しく無いですよーの顔を作り、

 

「ごみ収集か……まぁ仕事なら仕方ないな」


「昼頃に迎えに行くから、それまではいつも通り仕事してろよ」


「明日は誰が行くんですか? 」


「明日はまだ決まってないな」


「そうですか……」


 シアは少し残念そうな顔をした。


 ……正直、シアがゴミを漁って残飯を食べているところとか見たくないなぁ。


「じゃあ、今日も俺いないから。お前らはさっさと仕事行けよ」


 そう言って、ギルは部屋から去っていった。


 最近のギルは、俺たちが病院で働いている間外へ行っている事が多いのだ。


 こうして俺たちは各自で水を浴びた後、仕事場に向かった。


 それからほどなくして、お昼頃。ギルが迎えにたので、俺は外へ出る事になった。


 庭に用意された荷台を引きながら、俺は庭を出る。なぜ荷台を引いているのかというと、ゴミを積むためらしい。


 そして俺は、初めて見る外の景色に目を丸くした。


 例えるならここは、昔テレビで見た古いヨーロッパのみたいな街並み。


 等間隔に並ぶ建物一つ一つが日本にはないような屋根付きのレンガの家で、しかも全てオレンジ色に統一されている。とてもお洒落だ。


 道は自動車や馬などが走らないため、歩道という概念がない。なので、周りにいる人たちは道のど真ん中を歩いている。


 無論俺たちは、道の隅っこを申し訳なさそうに歩かなければならない。幸い、道が広いので結構快適に歩けるみたいだ。


 周りからゴミを見るような目で見られているが、ゴミを投げつけてくる奴はいない。というか、人があまりいない。


「ボウズ、これ荷台に積め」


 俺は言われた通り家の前に出されてあったゴミ袋を回収し、前に進む。


 暫く歩いていると、空いた土地に錬成魔法で家を組み立てている中年の男を見かけた。


 なんか、巨大なコンクリートがグォォって固められてて、それが柱になったり地盤になったりしていた。その光景はあまりに幻想的で、見ているだけで心が躍る。


「魔法ってほんとにすごいな……」


 この世界に来てから魔法の凄さは嫌というほど見せつけられてきた筈なのだが、さらにびっくりさせられるとは……。

 

 それからさらに歩いていると、住宅街を抜けて広場に出た。


 大きな噴水に人が休めるベンチ。その周りには屋台が沢山ある。主に肉や果物、野菜が売られていた。


 肉はわかるが、果物とかは一体どうやって育ててるんだろうなぁとか考えながら、俺は屋台のそばに置いてあるゴミを回収してゆく。


 屋台には『100アルト』という文字が書かれた看板が立っていた。多分、値段の事だと思う。


 お客さんは顔のような模様が描かれた銅の硬貨を持ち、店の人に渡していた。なるほど、あれが通貨か。


 それからまた暫く歩いていると、全面ガラス張りになっているお洒落な建物がちらほら見えた。中には、高級そうなお洋服や食器がずらりと並んでいる。客層も貴族みたいな服を着た人ばっかりで、俺みたいなボロボロの服着たやつが入っていったら殺されそうだ。


 俺はそんな街並みを眺めながら、次々とゴミを荷台に積んでゆく。途中で周りにクスクス笑われたり子供に石を投げられたりはしたが、些細な事であった。


 俺達は一旦、いっぱいになって積めなくなったゴミを収集場に持っていく事になった。


 収集場は街の外れにある人気の少ない場所に立っていた。とても大きな建物で、上には煙突が付いている。


 ドアを開け中に入ると、異様な匂いに吐き気がした。建物内はとても暗くて何も見えないし、なんか異常に暑苦しい。


 俺は暗視を使って視界を確保する。


 思ったよりも広い部屋の中では、大量のゴミが燃やされていた。その燃えるゴミの前に、老人が一人。


「おぉ、ギルか」


 老人が首だけこちらに向けると、ゴミの燃える勢いが弱まった。どうやら、このやっさんという老人がゴミを燃やしているらしい。


「はい。これもお願いします、やっさん」


「なんだ、このガキんちょは」


 俺を指差す老人。


「これから、ごみ収集を任せたいと思ってまして」


「なんでい全く。舐めてもらっちゃあ困るってもんだい。ほんっとによぉ」


 老人が舌打ちしながら、またゴミに火をかけ始めた。


「なんでこの人怒ってるんだ? 」


「知らんが、この人はいつも怒っている」


「そうか……」


 ……まあ、こういう話し方の人なのかもしれないしな。


「ところでボウズ、それいらないのか? 」


「え? あ、あぁ……」


 ゴミ袋の中にゲロ……いや、残飯が見えた。鼻をツンと刺激するような酸性の悪臭が、ゴミ袋から漂ってくる。


 確かに残飯を楽しみにして来たのたが……これは酷くないか? 俺は、前にギルが持ってきてくれた肉みたいなのを期待してたんだが……。


 しかし他のゴミを漁っても、ゲロみたいな残飯しかなかった。もしかしたらギルはあの時、綺麗な状態の残飯を探して持ってきてくれたのかもしれない。


「これ、食べれるのか? 」


「オートヒールが作用するから、問題無いはずだ」


「まじか……」



 ……いやだ。絶対に食べたくない。



 こんな異様な匂いのする、ゲロみたいな残飯なんて……。


「うっ、ううぅ」


 目に、涙が滲む。


 俺はなんて惨めなんだと、死にたくなる。


 それでも俺は、この襲い来る嗚咽感を一口に飲み込み、覚悟を決めた。


 そして、生きるために食らいつく。


 どれだけ嫌でも、どれだけ惨めでも。


 俺は、このようやく在り付けた食事を、食べるしかなかった。


 胃液が逆流しそうになるのを何度も堪えながら、そして、こんなクソみたいな世界を恨みながら、俺はゴミ袋に入ったゲロのような残飯をすすり食べた。


 食べ終えると、ゴミはやっさんが処理してくれた。


 ギルは俺の方を一切見ずに、無言で立っていた。これがギルなりの優しさなのかと思うと、少し心が温かくなる。


 その後ギルが少し休憩しようと言ってきたので、建物の前に出て俺は座り込んだ。ギルは隣で立っている。


 俺は気まずい雰囲気を和らげるため、何もなかったかの様な白々しい口調でギルに話を振った。


「初めて街を見たけど、結構栄えてるんだな」


「あ、ああそうだな。この国は確か、四大こっか? だっけかな……とりあえず、凄い規模がでかい国だからな」


 少し戯けたように話すギル。どうやら気を遣われているらしい。


 ギルに気を遣われるのはなんだか背中がむず痒いので、俺は悪戯っぽく、ずっと気になっていたことを聞いてみた。


「ところでさ、お前は何でそんなお面つけてるんだ? 」


「あぁ? なんだよいきなり」


 ギルはドスの効いた声で俺を威嚇し、


「そんなの教えねぇよ」


「なんでだよ、ケチ」


「じゃあボウズの事も教えろよ。じゃなきゃフェアじゃねえだろ」


 少し子供っぽい口調になるギル。


「いいぞ。って言っても、俺について何か知りたい事あるのか? 」


「あ、あぁ。そうだな……」


 ギルはしばらく逡巡した後、


「ボウズはその、元人間だったよな? 」


「ああ」


「名前はなんて言うんだっけ? 」


「おい、いい加減覚えろよ。久也だよ久也! 」


「あ、ああそうだったな。因みに、フルネームはどんなだ? 」


「はぁ? フルネーム? 」


 何故にフルネーム?


「ちょっとその、興味があってな」


「フルネームが? 」


「そうだ」


「まぁ良いけど……竹城だよ。竹城久也」


 訝しげに思いながらも俺は、久しぶりにフルネームを名乗った。


「そ、そうか。ははっ」


 ギルは何故か、乾いた笑い声を発した。……何だこいつ、気持ちわる。


「と、ところで、母親は元気か? 」


「はぁ? 」


 なんでいきなり母親の話?


「そりゃあ、今も元気だと思うが? 」


「そ、そうか。ならいいんだ」


 どういうわけか、ギルはホッとした様子で座り込んだ。全く意味がわからない。


「何でそんなこと聞くんだ? 」


「いや、その、本当に人間なのかと思ってな」


「そりゃ人間だろ。ここに書いてるし」


 俺は首筋をギルに見せた。


「まぁその、一応な」


「なんか怪しいな……ん? もしかして、ギルも元人間だったりするのか? 」


 だとしたら嬉しい話だ。


 ギルは少し迷っているような、落ち込んでいるような素振りを見せた後、


「し、知らん」


「おいちょっとまて。俺教えたんだからお前も答えろよ。人間なのか? 」


「覚えてない」


「じゃあ仮面の下見せろ! 」


 俺はギルに飛びかかり、仮面に手を伸ばす。


「触るな! 」


 ギルは俺から距離をとり、


「ほら、もう行くぞ」


 逃げるように荷台を引いて離れて行った。


「待てよ、おい! 」

 

 俺はそんなギルを怪しく思いながらも、後をついていくのだった。


 その後も、俺はゴミを回収し続けた。


 相変わらずギルは何を聞いても答えてくれない。しかし、この国の事とかは聞いてもないのに結構教えてくれた。


 そして、夕方。


 仕事が終わるとギルが「最後に見せたいものがある」と言うので、渋々着いて歩くこと20分。ようやくギルが立ち止まった。


「着いたぞ。ほら、見てみろ」


 ゴミを回収していたルートから少し外れた場所のとある広場を、俺は少し離れた人気のない路地裏から覗き込む。


「一体何があるってーー」




 

 俺は、この世の地獄を目の当たりにした。


 


 聞こえるのは、甲高い笑い声と、激痛から出る叫び声。


 剣が身体を切り裂く音。


 

 血飛沫が舞う光景。



「おい、俺の方がうまく切れてただろ! 」



「いいや俺の方が上手に決まってる! もう一回だ! 」



 俺と同じ首筋に黒い文字が書かれた幼い体躯の少年が、悲痛に顔を歪めながら泣いている。足には、重い石が乗せられていた。


 

 周りには人だかりができている。みんな笑っている。


 

 投げ銭をして、どっちが上手に切れるのかを賭けている人までいる。



 男は少年の手を鎖で持ち上げ、切り飛ばす。



 腕が飛んだ。



 それを見て、みんな笑う。



 なんだこれ。



 なんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれナンダコレ、



「おうぅっくっっ、おえぇぇぇぇぇ」



 あまりにグロすぎる光景に、さっき食べた残飯を全部吐いてしまった。


 びちゃびちゃと、吐瀉物が地面に落ちる。最悪だ。鼻が痛いし気持ち悪い。

 

「どうだボウズ。これが街に出されるってことだ」


 ギルは俺の背中に手を置き、冷淡な声色で言った。


「ど、どうもこうもな、げほっげほっ」


 声を出そうとして器官に吐瀉物が詰まり、むせてしまった。


「これでわかっただろ。お前が何をするべきか」


「あぁ」


 もう一度俺は、自分に言い聞かせるようにあの光景を見た。


 頭がくらくらする。怖い。自分がああなることを考えると、とてつもなく怖い。


 怖くて怖くて、腰が抜けてしまった。


「よし、じゃあ今日は帰るぞ」


「すまん。うまく立てない」


「ちっ、仕方ねぇな」


 そう言って、俺を持ち上げるギル。


 帰りに水を撒いて床を掃除した後、俺達は地下室へ帰ることになった。


 帰るとソフィアとシアが何かしていて、何か言ってきたので何か言葉を返したような気がするが、よく覚えていない。


 とりあえず疲れたので、早めに寝たのは覚えている。


 夢でもあの光景を思い出して、度々起きては吐き気と戦った。


 荒ぶる呼吸の中、負けてばっかりだなぁと俺は、笑うしかなかった。

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