【第二章6話 ステータス】
それぞれの過去を打ち明け、なんとなく仲が良くなった俺達。
ソフィアは相変わらず口が悪いが、以前のように俺の事を気嫌いしている様子はない。シアとも以前より心の壁が薄くなったような気がする。前世ぼっちだった俺としては、結構嬉しい進歩だ。
そしてシアの魔力量は無事、元の半分まで回復できた。これなら明日の仕事は復帰できそうだ。
あの後、カピカピのパンを持って部屋にやってきたギルにどうやって回復したのか聞かれたから、俺の魔力を譲渡したと伝えると、「そんな事できるわけねぇだろ」と大きな声で笑われてしまった。ムカつくので、また機会があれば実際に見せつけてやろうと思う。
そんなこんなで翌日。
辛い仕事を終えた俺達は部屋に戻り、早速魔法の訓練に取り掛かる事になった。
少し距離を空け、俺、ソフィア、シア、の3人で輪になって座る。
「まずは魔法について説明してあげるわ! 」
開口一番、ソフィアがビシィっと人差し指を俺に向けながら言った。
それからソフィアは色々な事を教えてくれた。しかし、いくら真面目に聞いてもソフィアの説明が適当すぎるので、理解するのに随分と苦労させられた。
とりあえず、簡単にまとめるとこんな感じだ。
魔法には属性があり、火、水、氷、土、雷、風、闇、光、無の9種類に分けられる。無属性魔法とは、身体能力強化や錬成魔法のことを言うらしい。
他にもなんか色々言われたが、とにかく練習すれば下級魔法までは全ての属性の魔法が自由に使えるようになるのだとか。
……と言う説明を、ドヤ顔でぽんぽん魔法を披露しながら言われた。いつか見返してやりたい。
さらに魔法には強さがあり、下から順に下級、中級、上級、皇級、神級まであるらしい。
俺達はギルのスキルのせいで下級魔法しか使えないので、下級魔法を使いこなせるようになるのが俺の当面の目標だ。
「とりあえず、魔法については理解したかしら? 」
「ま、まぁ、多分……」
ソフィアの説明で理解できるほど、魔法って簡単じゃないと思う。
自信のなさそうな俺を見て、ソフィアは呆れ顔で嘆息した後、
「まぁいいわ。次はスキルね」
「それは知ってるぞ。固有魔法だろ? 」
前にギルが自分だけしか使えない特別な魔法だと言っていた。ゲームとかアニメでも、そんな設定があったような気がする。
「そうよ。まず私のスキルを見せてあげる」
そう言ってソフィアは俺に手をかざし、短く詠唱を唱えた。
「硬化」
その瞬間、俺の体が石のように固まってしまった。まるで金縛りに掛かっているかのような感覚で、指先を動かそうとしてもピクリとも動かない。というか指先の感覚がない。とても不思議な感覚だ。神経が断絶されているのだろうか。
しかし、口元は動くので声を出す事に制限は無いみたいだ。
「なんだこれ、動けないぞ」
「ふふん、すごいでしょ。このスキルはね、15秒間相手の動きを止める事ができるんだから」
得意げな表情のソフィア。
しかしたった15秒とはいえ、体の感覚がないのは何とも気持ちが悪い。
「あの、できればこれ、解除してくれないか? なんか感覚が気持ち悪い」
「はぁ? 無理よ、スキルの解除なんて」
「嘘だろ……」
俺は軽くショックを受ける。
そんな俺のことは無視して、ソフィアがさらに話を続ける。
「最後は特性についてね。えっと、なんて説明したらいいのかしら……ほら、私達って前世は犬だったでしょ? 」
「おう」
「だからなのかな? 私もわかんないんだけど、とにかく今でもすっごく鼻が効くのよ」
「へぇ」
確か犬の嗅覚は人に比べて数千倍から1億倍優れているんだっけか。しかし遠くからでも嗅ぎ取れるのではなく、どれだけにおいが薄まっていても敏感に感じ取れるのだとか。
実は俺は犬好きで、昔よく犬に関する本を読んでいたのだ。恥ずかしいから2人には内緒だけど。
「でも、前世とは鼻の効き方が少し違うんですけどね」
シアが説明を補足する。
「人の体になってからはなんというか、遠くのにおいを感じ取れるようになったんです」
「へぇ、それは便利だな」
「そうなんです。なので今ギルさんが部屋にいない事なんかも、直ぐにわかっちゃうんです」
誇らしげにシアが胸を張った。
「あんたは何かないの? そういう特性」
「俺か……」
何だろう、何かあったかな……。
人間の特性といえば、頭がいいとか? という事はもしかしたら、俺はこの世界だと頭いい方なのかもしれないな。
「頭が良いとか? 」
「……? それはどういう事? 」
自信なさげに俺がそう言うと、ソフィアは真面目に聞き返してきた。今気づいたのだが、素で返された方が罵られた時よりも数倍傷つく。
「それじゃあ、えっと、えっと……」
何かあるはずだ……。俺にしかできない、特別な何かが……。
とか考えていると。
【特性: ステータスが見れるようになりました】
目の前に、こんな表示が現れた。
「何だこれ……? 」
前世でこのような空中に浮かび上がる文字を、VRゲームで見たことがあるが、まるっきり同じ物が浮かび上がっていた。この文字は目線を動かせば勝手に付いてきて中央に止まり、さらには目を瞑っても表示される。
「どうかしたの? 」
訝しげな表情で、ソフィアが尋ねてきた。
「なんか、特性がわかった」
「ほんとに!? どんなの? 」
少し前のめりになるソフィア。
「す、ステータス? 」
「え、なに? 」
「ステータスだ」
「すていたす……ってどういうこと? 」
……そう言われましても、俺にもわかりませんよ。
「すてーたす、ですか……私も聞いたことありませんね」
シアもどういう事だろうと顎に手を置き、考え出した。すると、
【ステータス更新中……】
表示が変わった。
「わからんが、ステータス更新中らしいぞ」
「?? 」
俺が言うと2人ともポカンとした顔で小首を傾げた。赤い髪と白い髪がサラサラと揺れる。とても美しい。
やがてステータスの更新が終わると、ずらーっと目の前に大量の文字が浮かんできた。一番上には、
【ステータス】
と書いてある。
下には【魔法】【スキル】【特性】
と三つ並んで書いてあって、それぞれがボタンのように四角く囲われている。
俺はとりあえず【魔法】を押してみた。
すると一番上に【下級魔法】と書かれたボタンが表示され、下には使った事のある下級魔法が多数表示されていた。
下にスクロールすると、まだ使った事がない下級魔法が少し薄くなった文字で大量に表示されており、さらには【中級魔法】から【神級魔法】までの魔法が表示されている。
因みに、【中級魔法】からは全てに×が付いていて、【鬼哭啾々の効果により使用できません】と書かれてあった。身体能力強化の魔法が中級魔法だったので、使えなくて残念だ。
とりあえず上にスクロールして【下級魔法】にまで戻り、一番上に表示されていた【火球】というボタンに触れてみた。すると画面が変わり、【火球】の説明が表示される。
【火球】
手に小さな火の玉が出る魔法。
小さく「かきゅう」と唱えると発生し、大きく「かきゅう! 」と唱えて腕を振ると飛ぶ。
初歩中の初歩の魔法で、初めからみんな使える超便利な魔法。主に料理などに使う事が多い。
レベルが上限に達すると【火炎球】に進化する。
レベル 1 (最大レベル8)
消費MP 2
……何だこれ。説明が雑すぎないか?
レベルは使っていれば上がるのか?
消費MPは……あ、マジックポイントのことか。
……ってか、俺のMP残量はいくつなんだ?
「何かわかったの? 」
「あぁ。どうやら俺の特性は、自分の使える魔法を確認できるというものらしい」
「なにそれ? へんなの」
ソフィアが少し鼻で笑った。
「でも便利かもしれませんね、その特性」
シアが優しくフォローを入れてくれた。
そんなシアに軽く「だよなぁ」と共感し、俺は続いて右上にあった戻るボタンを連打し、初めのステータス画面に戻った。
「なんか動きが気持ち悪いわね」
「う、うるさいな」
ソフィアが奇人を見るような目で俺を見てくる。確かに、この表示が見えていないソフィアからすれば、今の俺は空中を連打する頭のおかしなやつに見えるだろう。
そんなどうにもならない事は放っておいて、俺は【スキル】をタッチした。
スキルの下には【魔力譲渡】【ヒール】【オートヒール】と書かれており、その下には例によってまだ使えないスキルが薄い文字で大量に書かれてあった。
俺はまだ使えないスキルである、【隠密】をクリックした。
【隠密】
周りから見えなくなる魔法。
しかし、音を立ててバレると見えるようになるので注意が必要。
お風呂を覗くことに特化した最強スキル。
レベルが上限に達すると【超隠密】に進化する。
レベル0 (最大レベル5)
消費MP35
「いや、もっと他に使い道あるだろ! 」
「もう、いきなりなに? 」
思わず突っ込んでしまった俺に、ますます奇人を見るような目で俺を見るソフィア。
「いや、すまん」
軽く謝罪して、俺はもう一度スキルを確認した。まだスクロールできるようなので、下にスクロールする。
スキル所得には、SP40が必要です。
現在SP 18
えすぴー?
あぁ、スキルポイントの事か。
スキルポイントって、一体どうやったら増えるんだろう……。
とりあえずまた【ステータス】まだ戻り、今度は【特性】をクリック。
すると【特性】の下に、【ステータス】と表示されていた。ステータスも特性の一つなので当然だ。
しかし、それだけではなかった。その下にはもう一つ【無詠唱】と書かれていたのだ。
「無詠唱? 」
思わず声に出して読んでしまった。
すると、シアの眉がぴくりと動き、
「無詠唱魔法をご存知なのですか!? 」
シアはずいっと顔を近づけてきて、キラキラとした眼で俺の目を見つめてきた。
「おぉ近い近い」
「あ、すみません」
シアは頬を紅潮させながら後退る。
「それで、この無詠唱ってなんなんだ? 」
「はい。無詠唱魔法とはその名の通り、詠唱なしで自由に魔法が使える特性の事です。私も本でしか見た事がないのですがそれはそれは貴重な特性でして、あの伝説の神級魔道士、ノア様がお使いになられていたという、それはそれはもうびっくりするほど凄い特性なんです! 」
顔を輝かせながら早口になって説明するシア。まるで好きなアニメを語らせた時の俺のようだ。
「おぉそうかそうか。わかったありがとう」
「んで、無詠唱がどうしたって言うの? 」
シアに気圧されながらも適当に受け流していた俺に対し、ソフィアが不機嫌そうに聞いてきた。
俺は自慢っぽくなってしまうので言いにくいなぁと思いながらも、白々しく言ってやる事にした。
「ん? あぁ、、ど、どうやら俺は、無詠唱が使えるらしいぞ? 」
言うと、ポカンとした顔で2人に見つめられた。そして少し間の空いた後、
「はぁ!? 」
ソフィアが驚きの声を上げた。
シアも半信半疑な様子で、
「本当なのですか……? 」
「まぁ、書いてあるしな」
「一応言っておくけど、オートヒールは無詠唱に入んないからね? 」
疑わしげな目を向けながらソフィア。
「わかってるって。……というか、お前らの前でも無詠唱でヒール使ったことあるぞ? 」
「それは私たちに聞こえないように言ってただけじゃないの? 実際、戦闘時とかは聞こえないように詠唱するものだし」
「そうなのか? 」
「はい。私も戦闘中はよく使う手です」とシア。
「ってか、できるものなら見せてみなさいよ」
ソフィアが、どうせできないでしょ? みたいな顔で煽ってきた。
「ふっ、なら見せてやろう」
俺は自信満々に言って、無詠唱で手の中に火の玉を浮かび上がらせた。
すると、未だに疑わしげな表情のソフィアが口を挟んでくる。
「今、口動いてなかった? 」
「動いてねぇよ! 」
全然信じないな……。
「すみません久也くん、もう一回やってもらえますか? 今度は私も全力で聞き取りますから! 」
そう言ってシアは【拡聴】と唱え、耳を澄ませた。
「わかった。じゃあ、もう一回いくぞ」
気を取り直し、今度は水の球を無詠唱で手の中に出した。
「すごい……本当に無詠唱なんですね……」
シアが感嘆の声を漏らす。どうやら信じてもらえたみたいだ。
「な? だから言っただろ? 」
「これはすごいです久也くん! シアは感激です! 」
俺の手を掴み、ぶんぶん上下に振り回してくるシア。ソフィアも「ま、まあ確かに、凄いんじゃない? 」と胸の前で腕を組みながら言っていた。
やがて興奮している事に恥ずかしくなったのか、シアは手を離して正座し、小さくなってしまった。
「し、失礼しました。久也くん」
「い、いえ」
「あの、一つだけいいですか? 」
「なんでしょう」
「無詠唱の事は、他の人にはあまり知られない方が良いと思います」
「それはどうして? 」
「久也くんの希少価値が上がり、ますますここから出られないようにされるかもしれないからです」
「確かに」
シアの意見はもっともだ。これからは出来るだけ無詠唱は控えよう。
そう思いながら、無詠唱の説明を見るためにボタンを押す。
【無詠唱】
詠唱無しで魔法を発動させる事ができる特性。
特に制限無しで使えるが、魔法の効果が薄くなるので注意が必要。
秘密で魔法が打てるので、戦闘時に役立つ。
レベルが上限に達すると【完成型無詠唱】に進化する。
レベル2 (最大レベル5)
消費MP 0
おぉ、レベル2か。
なんか嬉しい気持ちになりつつ、俺は戻るボタンを連打した。最後まで戻るボタンを押すと、左下に小さな△マークが表示されるようになり、視覚上邪魔にならないようになった。
残りのまだ見ていない魔法やスキル、特性などは、また後でじっくりと確認しようと思う。
「とりあえず、俺の特性はそんな感じだな」
「ふふ、良いものを見せていただきました」
「ま、まぁまぁ使える特性じゃない」
シアは嬉しそうだが、ソフィアは俺が凄い特性を持っている事が気に入らない様子。
その後ソフィアは仕切り直すようにごほんと咳払いし、
「じゃあ、脱獄の作戦を考えましょうか」
「ああ、そうだな」
急に真剣なトーンで話が始まった。
「まずあんたは、下級魔法をマスターしなさい」
「そうだな、頑張ってみる」
「できれば、明後日には決行したいわね。まだ魔力に余裕がある時じゃないと、難しいでしょうから」
「ああ」
魔力は無くなると死ぬのだから、あまり魔力を使わないように回数を制限しながら練習しないとだよな……。一回一回、集中して取り組もう。
「昼は人が多すぎるから夜に動くとして、、できればギルがいる時がいいわね」
「なんでだ? 」
「部屋に鍵がかかっているからよ」
「あぁ、なるほど」
ソフィアが、あんたバカなの? と言わんばかりの目で見てくる。今になって、俺の特性は頭がいい事じゃないか? と言っていた自分が恥ずかしくなってくる。
「じゃあ決まりね。明後日の夜、まずはギルを呼び出して鍵を盗んで脱獄。それから人のいないルートを通って、森を抜けたら亡命成功! どう? 完璧じゃない? 」
明るい声色で成功する未来を語るソフィア。しかし、俺にはどうしても確認したい事が一つ。
「なぁ、ギルは連れて行けないのか? 」
俺の、願いを込めたような疑問に一瞬、場が静まり返る。
「一応、行く前に説得してみましょうか」
「まぁ、無駄だと思うけど」
シアが提案して、ソフィアが渋々了承する。
「あと、この、なんだっけ? ギルのスキル」
俺が首元を指差す。
「ああ、鬼哭啾々(きこくしゅうしゅう)のこと? 」
「そうそう。それを解くっていうのはできないのか? 」
するとソフィアは表情を曇らせ、
「……解くのは無理よ。スキルは術者が死ぬまで解けないようになっているんだから」
「そうか……」
なら仕方ないなと、納得してみせた。
……この時誰も、ギルを殺してしまおうだとか、そんな事は言わなかった。
でも俺は、ギルが死ねば楽にここから出られるのではないかと、そんな愚かな考えを持ってしまっていた。心に余裕が無くなっている証拠だ。
しかしそんな愚かな考えを持ってしまったのは俺だけではないらしく、2人とも無表情で肩を丸めていた。
「とにかく、今日はもう寝ましょうか」
「そ、そうね。魔力をちょっとでも回復させないと」
努めて明るい声色で言うシアとソフィア。
こうして俺達は草藁の上で寝転がり、やがて眠りについた。
ーー誰も死なない、幸せな結末を夢見て。