第二章4話 【心配】
「で、一体どうやって治すわけ? 」
部屋に入ってシアを草藁の上に寝かせると、直ぐにソフィアが冷たい声色で尋ねてきた。
因みに、部屋に着くまでの間「どうせ出来るわけない」とか「ふざけてるなら死ね」などと散々な事を言われ続けながら来た。
……俺、一応救世主のつもりなんだけどなぁ。
だがしかし、結果の伴わない救いの言葉など、ただの妄言だ。無駄に期待させるような台詞は、口にしてはならない。
大丈夫、俺ならできる。
「まぁ見てろ」
ソフィアに背中で言って、シアの手を握り締め、指先から魔力を少しずつ注ぎ込むイメージを浮かべる。
集中して、何度も、何度も、同じイメージを。
………
……
暫く経っても、シアは眠ったままだった。
何度繰り返しても、魔法が発動しない。
……なんだろう、何かが足りない。
横目でソフィアを見ると、手を震わせながら俺に何か言いたげな顔をしていた。
俺も手が汗ばみ、自然とシアの手を握る強さが増す。
「ボウズ、大丈夫なのか? 」
ギルが心配そうな声で聞いてくる。
「ああ、もう少し」
俺は根拠のない事を、自信満々に言った。
「そろそろ、ゴミ漁りに行ってくる。あんまり期待は出来ねぇがな」
ギルは立ち上がり、
「あんまり無理するなよ」
そう言い残し、去っていった。
ギルが出ていくと同時に、部屋に重苦しい空気が流れる。
「何で、できるなんて言ったの? 」
感情のない、冷たい声が隣から聞こえてきた。
「……」
俺は返す言葉が見つからず、押し黙ってしまう。
「はぁ。……もういいわ、ギルを待ちましょう」
ソフィアは諦めたようなため息をついて言った。しかし、俺はシアの手を離さない。
するとソフィアは俺の腕を掴み、
「もういいって言ってんでしょ。離しなさいよ」
殺意すら感じられる目で俺を睨むソフィア。しかし、俺は手を離さない。
「もう少しだけ、時間をくれないか」
「嫌よ。シアの手が汚れるじゃない」
「お前なぁ……」
相変わらず酷いことを言うソフィアに呆れる俺。
「いいから離しなさいよ! 」
ソフィアが俺の肩を強く押し、俺を押し倒す。そして手からナイフを生成し、俺の顔に突きつける。
「もうシアに触れないで。いいわね? 」
あまりの威圧感に、こくりと頷いてしまう。
それを見たソフィアは突きつけたナイフを床に置き、シアの方を向いた。
「人間なんかに期待するんじゃなかった」
小声でボソッと何か聞こえたが、何を言っているのか分からなかった。
冷たい地面の上で、天井を見上げていた。なんか、コンクリートに黒い点々があって面白いなぁとか無理やり考えたりしたけど、でも、なんかものすごくムカつく。
「どいてくれ」
荒々しくソフィアの肩を掴み、横に倒した。
「何すんのよ! 」
「シアを助けるんだよ」
「もういいって! 」
ソフィアが起き上がって俺の肩を掴んで押し倒そうとする。俺も応じてソフィアの肩を掴み、なんとか持ち堪える。
「ギルが魔力欠乏症って言ってたでしょ! 私達には何もできないの! なんでそんなことも分からないの!? 」
「やってみないと分からないだろ! 」
「分かるから言ってるの! 」
怒りに任せて怒鳴り合い、いつの間にか俺がソフィアを押し倒していた。
なんとなく無言になり、見つめ合っていた。お腹が空いているからか、思考が一瞬停止する。
「頼む。俺にシアを助けさせてくれ」
ドカッ
ソフィアにグーで殴られてしまい、よろけて倒れそうになった俺は地面に手をつく。
「いったいな! 」
俺は右頬を押さえながらソフィアを睨む。
ソフィアは起き上がり、嘆息する。
「はぁ、もういいわ、好きにしなさい。そして馬鹿みたいに魔力を消費すればいいわ」
「は? 何言ってんの? 」
「もしかしてあんた、気づいてないの? さっきから魔法を使おうとするたびに……」
言いかけてやめ、恥ずかしそうに俯くソフィア。
あぁ、俺が魔力を無駄に消費しないように注意してくれていたのか。凶暴だけど、優しいところあるんだなぁ。
俺は意地悪な顔でニヤッと笑い、
「お前もしかして、心配してくれているのか? 」
「ち、違う! 」
「なんだお前、いい奴なんだな」
「違うって言ってたでしょ! このっ、うぅ……」
ソフィアは顔を真っ赤にして「ふんっ」と鼻を鳴らし、そっぽを向いた。
「ありがとうな」
「うっさい死ね」
悔しそうな顔をして悪態を吐くソフィア。
シアが、ソフィアをいい子だと言っていた理由が、分かった気がした。口が悪くて人間が嫌いなソフィアだけど、嫌いなはずの俺の心配をしてくれているから。
シアが目を覚ましたら、3人でお話しとか出来たらいいな。
俺はシアの手を取り、再び魔力を注ぎ込む努力をする。
……今度こそ。
隣には心配そうに見つめるソフィアがいた。もう、ソフィアに失望させたくない。
目を瞑り、イメージする。
不思議な感覚だ。体の中の何かを失い、何かを手に入れたような、そんな感覚。
手が熱くなり、体が脱力する。
目を開けると、魔力は指先から黒い霧のような状態になって放出され、シアの体に流れ込んだ。
「うそ……っ」
魔力が俺の手からシアの体に流れるのを視覚的に認識できたソフィアから、驚嘆の声が漏れる。
しばらく経つと肩や腕から痣や膿が消え、顔色が良くなったシアが目を覚ました。
「シア! 」
ソフィアがシアに抱きつく。
「ふあぇ? どうしたのソフィア」
「どうしたのじゃないよ! 心配したんだからぁ! 」
ソフィアが涙を流しながらシアの肩を優しく叩いた。
こうして、とりあえずなんとかシアを救うことができたのだった。