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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

彼女はデートの意味を間違っている。

作者: 禮矧いう

オチはないです。

 肌寒くなってきた。

 つい最近まで、半袖で何の問題も無く過ごせていたが、途端に気温が低下してブラウス一枚では何とも心許ない。

 最寄り駅のロータリーは過疎化で、他人も疎ら。一応地方の中心だというのに寂寥感が漂っている。

 壊れたのか。経費削減か。それとも騒音対策か。水が止まり干上がった噴水の縁に腰を掛け、スマートフォンでSNSを流し見する。

 リアルでの友達はいないけれど、芸能人や出版社、新聞社なんかの公式アカウントもまあまあ面白い。

 特に一つ一つの記事に注目する気はないけれど、待ち合わせの時間つぶしにはもってこいだ。突然、呼び出した癖に全然来ない。

 まあ、時間指定も無かったから、向こうからしたら僕が早く来過ぎと言われるだろうけど。

 そんなことを考えながらちらちらと周りを伺うとすぐ横に見知った顔が立っていた。

 何時からいたのだろうか。

 黒いシャツに黒いパンツ、それから黒いジャケットを羽織っている。

 女なのに多分男物の服で、白い肌だけが浮いている。

 自分の彼女ながら色気も生気も無い。

「おはよ。」

 僕がそう声を掛けると彼女はうんと頷いてそっぽを向いたまま口を開く。

「どうする。これから。」

「映画って言ってたよね。」

 彼女は今朝、突然電話をしてきて「映画見たい。駅で待ち合わせ。」とだけ言って一方的に切ったのだ。

 今日はアルバイトもないし、まあいいかと僕は駅前まで来たのだ。

「うん。」

「それで、何が見たいの?」

 近くの映画館はここら辺で一つしかないこともあってか、異様に上映タイトル数が多い。

 どれが見たいのだろう。というかまず、この彼女が映画を見たいと本当に思っているのか怪しい。そういうやつじゃないのだ基本。呼び出す時は理由をつけるだけでいつも違う意味だ。

「時間は?」

「今?」

「映画。」

 こいつは見るタイトルも伝えていないのに時間を気にするらしい。

 責めても何も出てこないと自明なので僕は諦める。

 もう数年来の仲なのでこいつが訳の分からないことを言っている時に何かしても前に進まないと学習した。

「取り敢えず映画館行こうか。」

 僕は近くの映画館が併設されている総合スーパーに向かって歩き出す。歩くには微妙に遠いけれどわざわざ本数の少ないバスを待つのも面倒だし、自家用車どころか免許証すら取得していない身なので、歩くしかあるまい。

 彼女はてこてこと付いて来て、僕の右腕にしがみつく。

 僕はその腕に当たる胸の感触を無視する。


「面白かったね。」

 映画館のスクリーンから出るとやっぱり僕の腕にしがみつく彼女はそう言った。

 ククククとか変な笑い声を上げている。

 見た映画は過疎っていた。元来今日は平日であるし、人気タイトルだか人気監督作品だかよく分からないけれど、そういう要は人気なのが二つ三つあるらしく、ただでさえ他の作品に足が向かない時期な上、中身もいまいちだったからだろう。宣伝も全然されてなかった。観客は初め僕と彼女とくたびれたおじさんだけで、途中からおじさんは大きな溜息を一つ零して出て行った程だ。

 僕は途中、突然誘った上に自分はつまらなくなって寝息を立てている彼女になんとなくむっとしたのでほっぺたをむにっとつまんで起こした。そうしたら彼女はすっと起きて、おじさんの退室を見つけると僕にちょっかいを掛け始めた。

 僕の顔や脇腹をつまんで遊んだり、キスを無理やりしてきたり。

 それからずっと映画の間中、傍から見たら迷惑なくらいイチャイチャしてると思われるようなことをし続けての、今だ。

 彼女が面白かったと言ったのは映画の内容ではなく、それの事なんだろう。

 僕はまあ、そうだね、と答えてつつ、取り敢えずスクリーンから出る。

「ねえ、どうする?」

 彼女は朝よりも高いトーンで言う。

 さっきまでしていたイチャイチャの続きを求める時の声だ。

「ご飯いこうよ。もう昼だし。」

 僕は無視をして人も疎らな劇場を出て総合スーパーの専門店街横のフードコートを目指す。

「うん。まあ。」

 彼女は抗議のためか僕の腕をぎゅっと強く締め上げる。

 腕は谷間に埋まって鎖骨や肋骨にゴリゴリと当たる。

 やっぱり、彼女のしたいことは食事では無い様だ。

 嫌そうではないけれど、嬉しくなさそうではある。

 何を食べよう。


 重い足取りの彼女を引きずりながらラーメンのファストフード店で大盛を一つ頼み、なるべく綺麗な机を探して座る。

 僕は一度ズルズルと麺を啜って横にもたれかかる彼女に箸を渡そうとする。

「食べさせて。」

 彼女は憮然とした態度で要求する。

 僕は麺をニ、三本摘まんで彼女の口元の持って行く。

 彼女は両手を僕の腕にまわしたまま口だけ突き出して麺を啜る。

「あっつ。」

 彼女が勢いよく啜った所為で僕の顔にまでスープが飛んできた。僕は机上の紙ナプキンを取って頰を拭う。

 机やお盆の上にも飛んでいるけれどまだまだ飛んでいきそうだから今はいいや。

 彼女の顔も拭ってやると彼女は僕の方を見上げて冷徹な目をする。

 やはり、顔に飛んだのは嫌だったようで僕から箸を奪い、ラーメンを啜り始めた。

 昼飯を嫌そうにしていた癖にズルズルと吸い込んでいく。

「おいしい?」

「--」

 無視だ。

 僕の腕から手を解き、長い黒髪を片手で耳に掛ける。

 何となく艶めかしい。

「次は買い物でもいく?」

 いつも格安衣料スーパーで売っている黒の服しか着ない彼女に誘っても意味は無さそうだ。

「なんか、買ってあげようか?ここに入ってる店だったらそんなに高くないし。」

 けれど、僕は続ける。

「--」

 やっぱり無視。

 数年来付き合って僕からのプレゼントを一度も受け取る気の無い彼女にいうのが間違いだったようだ。

 彼女は僕の一口しか食べていないラーメン大盛をその痩せた体とは対照的な様子で消費していく。

「ーー僕にもくれない?」

「--」

 またもや無視。

 彼女は頑なだ。

 自分の意見を言わないのに自分の意思に沿わなければ徹底的に抵抗してくる。

 もうラーメンは駄目だな。

 彼女は麺を吸い切った後、バクバクとメンマとチャーシュウを口に入れ、スープをゴクゴクと飲み切った。

 僕が分けて食べようと思っていたラーメンは綺麗さっぱり、無くなった。

「トイレ。」

 彼女はそう言って立ち上がり、ずんずんと進んでいく。

 僕は虚しい状況になった器とお盆を近くの返却口に素早く置いて彼女を追いかける。

 一番近くにある多目的トイレに向かっているのであろう彼女に追いつくと、僕の手を無理やり摑んでその個室に僕も強引に押し込める。それから僕を彼女のドアの前に放置して自分は洋式便器に顔を突っ込む。

「ぅおぇ。」

 彼女はせっかく胃の中に押し込んだ食品を吐き出した。

 そして僕の方を振り返って睨みつけてくる。要求する目。

「――」

 はぁ、仕方ない。

「うち来る?」


 彼女は「にっぱっ」と子供のような笑顔となった。

 もちろん、僕の言葉に反応してだ。

 親の仇のように凄んでいた目はもう影も形も無くなって、無垢で明るい表情になり、それが凶兆であるという事が分かっていても温かい気持ちにさせてくれる。思わず頰が緩んだ。

 彼女の顔には僕の口に入るはずだった昼食がこともあろうか彼女の口移しで便器の物になった名残が飛び散っている。

 頰の麺がチャームポイントといった感じだ。

 彼女はそんなことも構わずにすくっと立ち上がって僕に飛びついてくる。僕はそんな汚い彼女を受止めようとするが水を得た魚の所業ともいえる勢いを止めることなど到底出来ず、壁に激突する。ーートイレの近くに人が居たら何事かと思うだろうな。変に心配されて救護とか呼ばれないといいけれど。

 そんな僕の心配などなんのその、何も考えていない彼女は僕の上に立ち上がり、目の前の引き戸をガラッと開ける。

 その体は確実に軽い方なのだろうけれど、硬い靴底が僕の肋骨を圧迫して、息がグハッと体外へ放出される。

 彼女は苦しむ僕の体から飛び降りて多目的トイレの外に降り立つ。

「早く早く早く!」

 便所の床に寝転ぶという、いじめられている学生か、心筋梗塞で倒れた老人くらいしかしない貴重な経験をしている僕をせかして起き上がらせる。

 あと少しくらいはもう一生しない体験を楽しんでもいいと思えるくらいには彼女の突進で負ったダメージが蓄積していたが、頑なで欲望に忠実な彼女に逆らえる訳も無かった。

「はいはい。ちょっと、ちょっと待って。」

 もう半分引きずるように僕を先導する彼女へ声を掛ける。

 このフードコートに来るまでに僕が引っ張って来たからってそんなにすぐ仕返しをしなくてもいいだろうに。

「待てない!待てないよ!ずっと、ずうっと待ってたんだから!」

 彼女はそんな弁護士志望の旦那がやっと司法試験に合格し、今まで全く我慢してきたデートや家族旅行が解禁になった妻のようなことを言う。

 彼女に急かされながらも何とか体勢を起こして走り出す。

 小柄な体格のどこにあるのか分からない力を発揮する彼女を見るとなんだか容赦が無くなれば人は強くなれるんだなぁと感心すら覚える。

 人も疎らな総合スーパーの中を駆ける僕らには物珍しそうな目や冷ややかな目が向けられ針のむしろだ。人目に過敏な僕からすれば嘔吐レベルの不快感だが、常軌を逸している彼女は気にしていないようだ。むしろ待ち望んだ展望に彼女は喜んですらいる。

「おっと」

「うわっ」

 勢いのあまり出口の自動ドアへ彼女が衝突するところだった。何事かとより耳目を集めることになったが彼女の突進で自動ドアのガラスが怪我することを防いだと考えれば納得も行く。

 外に出ると空は使い古した油彩画の筆洗液のような色で、雨が降りそうなんだか降らなさそうなんだか判断つかない気分の悪い模様だ。秋霖が終わった後というのにからっとしない空気だ。

 彼女は信号なんて無視して僕のアパートへ一直線。

 小さくて車通りの少ない道はわざわざ引き止めて、焦って癇癪を起こす手前の彼女を刺激しようなんて思わないが、大通りや踏切はそうもいかず後から抱きついて動きを止める。

 口や手で示しても言うことを聞いてくれないが体格的に大きな僕が抱え込んだら彼女は身動き不能になるのだ。

「ふぁはひへー!」

 僕の服の胸元に齧り付きながらそんなことを言うけれど危ないから僕も必死に抑え込む。

 そんなこんな晩秋の寂しい風に吹かれつつ、好奇の目と戦いながらどちらかと言えば人目の多い、街の商業的中心部を通り抜けるともう僕のアパート近くの簡素な住宅街に出る。彼女もそろそろ疲れたようで息が上がり足も遅くなりだしたがそれでも進み続けている。

 寂びれて空き家が目立つ住宅街は僕ら二人を無視したまま通してくれて、人がいた街中よりも僕らは受けいれられていると感じる。


 僕の住むボロアパートは、なぜ建て替えられていないのだろうかと疑問を呈せざるを得ない様相で、二階にある自室まで続く鉄の赤茶けた階段は上る度にギシギシと音を立てる。もう住み出して数年経つというのにまだ恐怖を覚える、というより住み始めたころより古くなってより信用出来なくなっているその階段も彼女は何の気なしにトコトコと登り、竟には僕から手を離してマラソンランナーのラストスパートといった具合に三つある部屋の真ん中のドアに駆け寄り、ドアノブを摑んでガチャガチャと何度も捻って開けようと試みる。本人も出来ないと分かっているだろうに、続けてしまう様子は生得的行動のようにすら感じるが、只、欲望が暴走しているだけという現実を知るとやり切れない。

 僕はポケットに手を突っ込んで鍵を取り出す。

「あーーかないーー。」

 ガンッ。

 解錠の為に彼女を退けようとしたら、そんなことを叫んでドアへ頭突きをかました。

「ねえ、ねえ、このドア、このドア邪魔をするの、邪魔、邪魔、邪魔。」

 彼女は額から血を一筋流しながら僕の胸元を摑んで揺さぶる。

「そうだね。邪魔だね。ちょっと待ってね。今開けるから。」

 鍵を錠に差し込み捻る。

 彼女は「待てない待てない。ちょっとも待てない。」と僕の服で割れた額の血を拭う。嘔吐物に血に、今日の僕の服は彼女のタオル代わりになっているらしい。

「開いたよ。」

 彼女に告げると彼女は僕の顔を見上げ満面の笑みを輝かせ、それからフィギュアスケート選手のようにひらりと身を翻しドアを開ける。

 その全開になったドアから部屋がハッキリと僕の目に伝達される前に僕は部屋の天井を見上げていた。

 彼女のまた容赦のない馬鹿力によって腕を引かれて玄関というにはおこがましい沓脱の框の所へ腰を打ち付けられるように押し倒されたのだ。彼女はもちろん僕の上にうつぶせでのしかかっている。

 鉄製の思いドアはゆっくりと閉まるドアに足を挟まないように引っ込めると彼女はまるで映画のゾンビかキョンシーのように勢いよく上半身を起こして悦に入った顔つきになる。

 一辺六十センチほどの四角形の中に成人済みの人間二人が収まるには少しと言わず全く足りない。彼女を胴の上に乗せたままフローリングの上へと全身をずり上げる。

 彼女はグラッと倒れて一度僕の胸に一度抱きついてから這い上がって僕の唇に噛み付いてくる。

 中々、刺激的なキスだ。口の中が鉄の味に染まる。

 僕は彼女の行為を無視してまだ寝転んでいてもそれ程冷たくはない床で力を抜いて天井を眺めるだけだ。それが僕の贖罪。多分彼女に性欲を与えたのは僕だ。

 彼女は僕の唇に飽きると一度立ち上がって靴とチノパン、それから下着を脱ぎすてる。僕の位置からでは彼女の大切な部分は上のシャツに隠されて見えないけれど多分もう下半身に何も身につけてないのだろう。

 それから無造作に寝ている僕のベルトを解いてチャックを下ろし綿パンとトランクスを少し下ろして僕のものを顕にさせる。

「まだ、準備できてない。」

 彼女は不満そうに呟いて僕の腹へ一度拳を下ろしてから、まだ柔らかいそれを口に含む。

 気持ちいいのか気持ち悪いのかよく分からない感覚ではあるが僕のはいつの間にきちんと充血して臨戦態勢となる。

 肉体的にはきちんと興奮しているようだが、精神的にはそういうことは全くなくてこの冬前の空気くらいには乾いて冷たい。

 彼女は臨戦態勢になった僕のそれを確認するとポケットから避妊具を取り出して手際よく装着しすぐに僕のものを自分の体内に押し込める。

 僕の腰に跨る彼女はクリスマスに待ち望んだおもちゃが手に入って喜ぶ子供のように無邪気な笑顔で、自分の体内に僕が入り込むことを心から喜んでいる。僕を押し倒した時の悦に入った顔つきとは違う。あの時はまだ性欲のようなものがあったのかもしれないが、今は単純に欲しいものが自分の思い通りになったという事実のみに歓喜しているようだ。

「やっと、やっとだよ。」

 無邪気にそう言う姿からもそう思える。

 彼女は結局まだ僕のものを入れ込んだだけでそれから何もしようとしない。

 ここで僕が動くと彼女は驚いて僕に殴りかかったりする恐れがあるから僕は何もできない。前一度早く終わらせようと主体的に動き出したら驚いた彼女に思い切り頭を殴られて気絶しかけた。それからはこうなったらもう彼女の思うがままにさせるしかなくなった。

 こうなったら仕方がない。

 それがもう僕の感情と精神のほとんどかを占めていて彼女から伝わってくる快感を締め出してしまう。諦めという感情がこれ程乾いて冷たくて自分の感覚まで鈍くさせるものと知らなかった頃もあったが今ではもう慣れっこで、案外それに身を任せると楽だと気がついた。

 それにこれはやっぱり僕の犯した罪に対する罰だ思う気持ちも大きい。償うためには彼女を受け入れるしかないのだと、そう自分の中に渦巻く後悔が言っている。

 僕は彼女の顔にニコッと笑いかける。

 彼女は歯を見せて「えへへ」と笑い返してくる。

 額から滴る彼女の血と歯をうっすらも染める僕の唇の血がとってもキュートだ。まあ、猟奇的で恐怖を誘うとも言うけど。

 そうやって僕らは繫がったまま熱く見つめ合って停止する。

 彼女は一旦満たされると、次のステップに進むまで時間がかかるのだ。その満足に陰りが指してもっとと求めるのを僕は諦めながら待つ。

 身体的に興奮していても精神的にそうでないとこの状態を保つのは辛くて嫌になる。途方もなくなって自分が何をしているのかと頭が疑問を呈し始めるのだ。

 こんなに意に沿わないことをしする必要なんてないじゃないか。

 殴られるかもしれないけれどその前に首を締めてしまえば彼女は動かなくなってら解放されるじゃないか。

 こんなのに付き合っている必要はない。贖罪だなんて考えなくてもいい。もう償いきったはずだとか。

 そう言う本音という屁理屈が頭の中に反響する。

 そうなってくると彼女の体内と快感にぎりぎり反応していた体ももう耐えられなくなって彼女の中にも関わらず、力がなくなってくる。

 流石にそうなると彼女が不満を持って爆発するのが怖くなる。

 けれどそうなると逆に満足度が下がるおかげが彼女が動き出すのでやっぱりそれを感じ取ってまたしっかりと充血する。

「んっ」という喘ぎ声とは言えない音を喉から響かせて彼女は上下運動をゆっくりと始める。彼女の体も僕のそれを圧迫する力が自然と強くなる。

 彼女は十分に快感を得ているようでもう無邪気な笑顔だけでは無くなりいつの間にか頰を紅く染め大人の顔つきになる。それでもやっぱりどこかに快感とは別の歓喜というのもあるようで口元と目が笑っている。

 僕も十分快感は感じるが、これ程までに喜ぶ彼女を見ていると乾いて冷めたものだった諦念がこんどはそれすら萎縮して無感動になる。こう彼女をしたのは僕だということは頭で理解し、体で体験もしているのだが、心は完全に無視しているのかキャパオーバーで処理しきれていないのか見慣れた天井の染みをじっと見たまま何かをする気なんてなくさせてくる。体と頭と心の理解が完全に乖離している。

 彼女は少しずつ早く動くようになってハアハアと息を切らし出す。僕の得る快感も徐々に増幅してはいるけれどやっぱりそれを楽しむことはできないみたいだ。そう冷静に思ってしまう自分がここにいるのだから楽しんでいないのは本当なんだろうとすら分析してしまう程だ。

「ああっ。」

 彼女はそう言って仰け反り、体内の圧を最も強くする。僕もそれによって果てる。

 彼女は激しく息切れを起こしながら僕の方へ倒れてしがみつく。僕と繫ったままでいる為か僕の胸を万力のようにがっしりと抑えて離さない。

「ねぇ、お風呂入らない?」

 僕は彼女にそう提案する。

「や。」

 許しは出なかった。

 仕方ない。

 僕はまたそう思い、彼女の頭を一撫でして脱力する。


 茹だった。

 風呂とかベッドとか床とか窓際とかトイレとか机の上とかの様々な場所で彼女の気が済むまでイチャコラといかにも恋人らしい営みを四時間以上も続けた。それはもう天にも昇るような気持ちで昼食がラーメン一口だけだった僕にはシャングリラが目の前まで迫ってきたほどだ。いつものことながら刺激的な時間だった。まあ、無理やり犯され続けていたともいうけれど。

 その僕を楽園へと導きかけていた彼女はというと生まれたままの姿、もとい、生まれてから二十年と少し育ってきた裸一貫と僕の体の一部だったものを体に付けたままベッドの上でカスカスと不思議な寝息を立てて僕の行くことを拒んだ楽園の中だ。局部からは避妊具で受けきれなかった僕の分身が流れている。

 僕はけだるさが残る中何かしらのエナジー補給を行わんとするため茹でてソースを掛けるだけで出来る簡単料理のパスタを作っている。まあ、本場の人に言ったら怒られそうだけど。

 茹だったスパゲティに同じく茹だったソースを掛ける。

 パクリ。

 という擬音は嘘で、ズルズルと音を立てて菜箸のまま麺を啜る。

 まあ、不味くは無いよ。安定のたらこパスタ。彼女と違いこっちは生まれたままの姿を恥ずかしげも無く晒しているあの人形がぐるぐると廻って喜ぶくらいはある。

 そう下品に人間臭く栄養価の低そうな栄養摂取を終えてシンクに沈めておく。寝る前に片そう。

 彼女はまだベッドの上だ。風邪を引かないように布団でもかけておいてやろうかと一瞬思ったけど彼女の体が結構汚いので彼女の服を掛けておく。マットレスのシーツはもう替えないといけないが、掛け布団のシーツまでとなると洗濯機がパンクするので汚したくない。

 寝顔はなんだか額に皺を寄せていて不細工だ。

 夢の中はディストピアか地獄みたいだ。

 僕は冷蔵庫からお茶を出して一口含み散らばっているゴミを軽く片しながらベッド横の座布団に腰を下ろす。

 カスカス。

 やっぱり変な寝息。

 これが目を覚ましたらまた面倒なことになるに違いない。

 今のうちに休んでおこう。

 僕は瞼を下ろして闇に潜る。





前書きでも書きましたがオチはないです。でも反響があれば前日譚や後日談、シリーズの他のキャラクターと絡ませても面白いと思っています。

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