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武器と少女と鍛治師の苦悩  作者: 現状思考
第1章
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まったく旧友って奴は!その③

「フンッ。聞けば聞くほどに下らん。本当に報告にあった事と同じような話をするとは。貴様はあれか、夢見がちのバカなのか?」


 ブレロにしては珍しく人の話を最後まで聴いていたのだが、あれだけ楽しそうだった表情は今や影も形もない。ヨーグへ退屈そうに蔑みの眼差しを向けていた。

 カイラットに組み伏せられながら、ヨーグは(つまび)らかに事実を話した。事実と言っても、ドラゴンを倒した功労者である少年の活躍よりは、自身の打った傑作の自慢を前面にアピールする内容だったが。



「だから、おいらの打った(ぶき)があのドラゴンをぶっ倒した!!」



 そうしてその言葉を受けたブレロは辛辣にそう返したのだった。

 だが、ヨーグはそれに対して不敵に笑って返すだけにとどめた。

 ヨーグ自身、別にこれで信じてもらえるなんて甘いことは思っていなかった。

 ヨーグにとって今ここで重要なのは、下手に嘘を付いたりして状況を悪化させない事だった。言葉に詰まったり、迷いを見せるなどは(もっ)ての(ほか)

 床に転がる少年にこれ以上被害が加わらない様にする。それにはこれしか思いつかなかった。


(なにせ魔獣を倒したってだけの話で、カイラットが黙りこくるほどのお偉いさんが出てきたんだ。おいら一人なら別にどうなっても良かったんだがな)


 部屋の後方へ転がされた少年の様子を伺うが、やはり目を閉じたままピクリとも動かなかった。

 そこでヨーグはちら、と自分を組み伏せるカイラットへ視線を移す。

 自分の言動がこの状況を招いてしまったのだが、この際カイラットに協力を仰げないかと顔色を伺う。しかし、カイラットは未だヨーグを拘束するようにして掴んだ腕を緩めず、ブレロへと顔を向けていた。

 助力を願おうにも、この状況ではカイラットへ話しかける事すら出来そうにない。


 ーーーさて、どうするか。


 ヨーグが漂う沈黙の間に考えていると、それを破るようにギチギチと椅子の音を立ててブレロが腰を上げた。


「ふっ、話にあった剣ってのはこの(なまくら)のことだろう?」


 唐突に放たれた言葉にヨーグは訝しむようにそちらへ視線を向ける。

 壁に立て掛けるようにして置かれた鉄塊へブレロが重い足で近づくと、片手で掴み上げて机の上へと落とすように置いた。


「竜種の攻撃こんな感じか?」


 すると不意にブレロは拳を作って短い腕を上げると、何事かを呟き、机に転がる刀身に向けて振り下ろした。


 ーーーバキイイーーーン!!!!!!!


 瞬間、ブレロの拳の軌道に合わせて赤い光が迸り、金物が打ち合った時に鳴らす酷く耳障りな音が狭い部屋を轟かせた。

 ブレロが何をしたのか咄嗟(とっさ)のことに理解が追いつかないヨーグとカイラットは、響き渡る不快な音に表情を歪めながら、その光景を目の当たりにした。

 くるくると回転しながら机から跳ね上がる黒い塊。やがてそれは勢いを失うと下へと降ってくる。

 二人の目の前には、真っ二つに両断された刀身が映し出されていた。それは縦に、綺麗に等分された状態で床へと落ちていった。


「………ぁ」


 まるで時間が進み方を忘れたかのようにゆっくり落ちてくる鉄塊に、どちらともなく声が漏れた。

 信じられないとばかりに目を見開くヨーグは、自分が打った剣がどんなものだったのか、頭の中で確認せずにはいられなかった。

 全長180Rd(※リード)あった大剣は、城壁の建材にも使われているアムドダイト鉱石をベースとして利用している。魔獣の攻撃にすら簡単に傷付かない硬度に優れた、これぞ魔獣に一太刀入れるために作られた高強度を誇る逸品だった。

(※Reedはこの世界で長さを表す単位。㎝と同義)

 奇しくも、ヨーグの大剣があの戦いで折れたと言っても残りの刀身の長さは、未だ少年の身長を超えており、横幅ですら少年の胴体よりも広かったほどだ。成人が帯刀したとしても、分かっていたことだが、常人にはそう易々(やすやす)と扱えない。

 それを。


(それを…、こいつは片手だけで全部やりやがった……)


 これこそ夢であって欲しい。

 ヨーグはそう胸中で言葉を漏らした。しかし、現実へと引き戻すように耳障りな声が再びヨーグの耳朶を打つ。


「うわっはあ〜あ!?壊れてしまった!いやあ〜、どうしたことか!これはこれは悪い事してしまいましたねぇ」


 そのわざとらしい声にヨーグは凄まじい剣幕でブレロを睨み付けた。

 しかし、その視線を受けてもどこ吹く風という様子でブレロは、更にわざとらしさに輪をかけていく。頭を抱えると落ちた刀身の前に(ひざまず)いて悲劇を演じるように喚き始める。


「ああ、せっかくの証拠品を、私としたことが。まさかこんなにも繊細なものだったなんて!」


「…よくもおいらの傑作を……」


「まさか、小突いただけで割れてしまうとはっ。わは、わは、わたし、はなんて事、をして、………うふ、…へへはは!……これは、うひひひひ、もも、もしかして。ガラスかなにか、…うへ、ガラスか何かで、出来てたんですかっ?あっはっはっははははははは、でぁあはははははは」


「クソ豚野郎ッ。てめえ、今すぐ殺されてぇみたいだな!転がってねぇでさっさと(つら)貸しやがれッ!!」


 跪いたブレロは演技を続けようとしたが、笑いが堪えられなくなり床を拳で叩きながら、一人大爆笑し始める。

 その光景にヨーグはついに抑えきれなくなり、身を捩りながらブレロに噛み付く勢いで暴言を吐いた。


「だはっはっはっはははははははは。あーー、腹が、腹がよじれるぅうっあはははははは!これ、これで、魔獣をっ、だぃあはは、倒し、た、ってさああっはははははははは」


「デブ野郎ッ、てめえ挑発するくらいなら直接来いっ!今すぐにでもぶっ殺してやるからこっち来やがれ!!」


「あはははっ!私をぶぶっ、ぶっ殺すって、だあーーはっははははははっ、たしかに、あは、あははっ、……ククふふっ、これは笑い死ぬかもしれないっひひひひひははははははははははははははは」


「この野郎ッ!!!クソッ!おい、いい加減離しやがれカイラットっ!!」


 ブレロに殴りかかろうにも押さえつけられているせいで身動き出来ないヨーグは、視線をそのままにしてカイラットへと怒鳴り散らす。

 頭に血が上ったヨーグは、既に少年の身の安全など気にかけてはいなかった。

 そして、知ってか知らずかそんなヨーグに返ってきたのは、酷く冷めた声だった。


「黙れヨーグ」


「はあ!?この状態でどうして黙ってられんだ!おいらの傑作をあいつはっ!!…くっ、…お前ぇもあいつと同じか、俺を馬鹿にしやがるのかクソ野ウガバッ!」


 ブレロへ向けた剣幕をそのままに振り返ったヨーグの言葉は、最後まで続かなかった。

 感情を無理矢理殺し、それでも抑えられない怒りを覚えていたカイラットは、ヨーグの言葉にすぐさま拳を叩き込み、冷えた怒りをヨーグの耳元に囁いた。


「俺が一番に跳びかかりたいのに我慢してやってんだ、感謝しろ」


「…ぁ、…はぃ」


 カイラットの言葉に、ヨーグは全身に冷水を浴びせられたような感覚を覚え、怒りの炎は一瞬にして消え失せる。しかし、カイラットに向けた返事が小さかったのはそのせいだけではなかっただろうが。





 カイラットはヨーグを黙らせると、組み伏していた手を僅かに緩め、事態の元凶へと顔を向ける。

 未だ腹を抱えるブレロは、何かを口にしようとしては笑い声をあげるという動作を延々と繰り返していた。もやは二人の事を気にしているようには見えない。

 それならば、と。

 我慢の限界だったカイラットの脳裏に、ブレロへ殴り掛かろうとする考えがよぎる。

 だが、それでも理性がここで自分が出ていくことを反対し、怒りで震える身体にブレーキを掛けた。

 瞼を閉じ、ゆっくりと息を吐いてから思考を始める。


(あいつは、完全に遊んでいる。ヨーグを挑発させるあの行動は拘束を解いた時、自分へ殴り掛からせるための罠だ。明確な罪を着せ、更に甚振(いたぶ)るのが目的だろう。ここで俺が出ていけば更に奴の思う壺だ。統制管理、あそこは謂わば情報集積所だ。国中の情報を集め・扱う事ができるこいつが、どんな情報を握っているか分かったものではない。最悪、ヨーグの条例違反について、ないし俺がそれらを隠蔽していたことすら知っている可能性がある)


 考え過ぎかも知れないと思いつつ、しかし、シュトルツから受けていた注意もありカイラットは自然と噤んでしまう。


(同じ盤上に向かい合ってはダメだ。あいつをこの部屋から退ける方法を見つけなければ。……だが、下手に発言が出来ない)


 相手の腹の内を測れないせいで、何が地雷を踏むか判らなかった。

 煮え切らない思考を繰り返すカイラットが、それでもこの場を納めてブレロに大人しく退場してもらう策を練ろうとし始めたその時、またしても部屋の扉が開け放たれた。





「………、これはいったい…!?」


「はははははっ、はは、あーー、…あ」


 ばちゃばちゃと音を立て、廊下に出来た水溜りにブーツを濡らしながら部屋に姿を現したのは、シュトルツ・ディルド騎士団長だった。

 シュトルツは取調室に入るなり目に飛び込んできた光景に、反射的に口を開いた。それに反応したのは笑い転げていたブレロだった。

 二人は目を合わせること(しば)し、先に動いたのはやはりシュトルツだった。

 慌てて立ち上がろうとするブレロをシュトルツは、そのシミ汚れた胸ぐらを強引に掴み上げた。


「ウブッ!…おい、離せ。苦しいじゃないか、シュトルツ」


「やはり貴様か、ブレロっ!これはいったいどういうことだ!!内容によっては職務妨害で貴様を告訴してやるっ!」


 ぐっと首を絞めるように掴み上げるシュトルツによって、ブレロの顔いっぱいに余った肉が寄って行く。自然、ブレロの表情はよく判らないものになっていったが、声は若干の焦りを伴い言い訳を口走った。


「おおっ、まま、お落ち着きたまえよ!き、君から報告を受けた私の部下が、な、何やら変なことを口走っていたのでな。だから、ただならぬ事だと思い、仕方なく私自らが手伝いに来てやったんだ!」


「ぬかせっ、ダルマ野郎が!貴様が管轄外の仕事を親切で手伝った試しがどこにある!即刻ここから出て行け」


 シュトルツの突き放す言葉に、しかしブレロは予想した反応を示さず、それだとばかりに声高に言葉を返してきた。


「そうさ、君の言う通り親切だ!確かにこの状況を見れば、そうは見えないかも知れん。だが、君たちの手を煩わせない為に、私なりに短時間で色々と情報を集めてからここに来ているんだ。人の親切は素直に受け取るのが大人ってものではないかな、シュトルツ君?」


「ブレロ、そろそろ舌を引き抜かれたくなければその口を閉じろ」


「わかった。ああ、そうさせてもらうよ。だから、シュトルツ君もその手を離してくれないだろうか?」


 焦りを帯びていた声音は、すっかりブレロ特有の相手を逆撫でする口調へ変わっていった。

 シュトルツが眉間に皺を寄せブレロを脅すが、もう既に何処吹く風だった。

 自らのペースへ引き込もうとするブレロの嫌らしい手口をシュトルツはよく知っていた。

 会話を切らせず、足元をすくうように相手を挑発し、いちいち反応していくうちにこいつの術中に嵌められていくのだ。それが会話だけでないのだから、なおタチが悪い。


(こいつはひとまず放っておくしかあるまい。まずは体制を立て直さないとな)


「口の減らん奴め」


 これ以上、口を利くまいとその手を離し、様子を黙って伺っていたカイラットへ歩み寄っていく。

 シュトルツは強張ったままのカイラットの表情から大分、悪い流れに持ち込まれていたことを察する。


「おい、カイラット。ご苦労だったな。そいつを離してやれ。俺が許す」


「は」


「まさか、おいらを捉えた奴に助けられるとはな」


 シュトルツがカイラットに指示を出すと、その返事と共にヨーグが解放された。

 ヨーグは、皮肉もそこそにゆっくりと身体を起こし、首や肩の凝りをほぐしていった。


「別にお前さんを助ける訳じゃねえよ。しかし、何がどうなったらこんな有様になるんだ。一度部屋を移して話を聞こう。カイラット、この事は後でしっかりと俺に報告を上げろ。そういう事だ、ブレロ。貴様はもう帰れ。これ以上の厄介ごとはごめんだ」


 シュトルツは早々にここを立ち去りブレロのいない環境を整えようとカイラットに指示を出すと、部屋を出ようとする。

 しかしシュトルツが最後、言葉を滑らせた瞬間、ブレロは嬉しそうに食らいついてきた。


「ぐふふふふふ、それは出来ないなあ、シュトルツ君」


 ようやく自分の足で床から立ち上がったブレロは、汚く笑い声をあげながらシュトルツの行く手を阻んだ。


「ブレロ、どういうつもりだ。この件は俺が責任を持って上層部へ報告する。貴様の出る幕ではない」


「それだよ、それ。私がここで引き下がってしまったら、私の有る事無い事を報告されてしまうじゃないか。しかも、直接上層部へだなんて、それは嫌だなあ」


「俺は事実のみを報告するだけだ。その事実に自身の恥ずべき行為が有るのだとしたら、これを切っ掛けに改める事だな。いいから通せ。私たちにはこの後だってやらなければならない事が山ほどある。こんな事に時間をかけている暇などない」


 言いながらシュトルツはブレロへ近づいていき、仕方なく巨体を押しのけようと手を伸ばす。そこへすかさず、ブレロが口を開く。


「そうか。では、私からもこの件を報告させてもらおうかな」


「貴様、何を言っている」


 報告?こいつが何を報告するのだ?

 頭を()ぎった疑問が反射的に口を突いて出てしまう。

 次いでブレロに視線を合わせたシュトルツは、それが悪手だったことを理解せざるを得なかった。

 そこには、待ってましたと言わんばかりのブレロの上目遣いがあったのだ。そして自分のターンだと、ブレロは滑らかに舌を回していった。


「いんやあ?ただ、私は今回の件、見過ごせないなあ〜、なんとかしなければなあ〜、って思っているだけさ。情報統制管理という任に就いているといやに色々と聞く私は、この件に通ずる決定的な原因を見つけてしまったのさ。それは実は、国中の誰しもが思っていたことなのかもしれない。これに気がついたと同時に察したさ。こう見えても私はそれなりの階級を持つ者だ。国に住まう下の者が上の者に声を掛けるのは、難しいし苦労するだろう。だから私という中継役が声を届けようと思ってな」


 明るい話題を持ってきた訳でもないのにブレロの口調と表情は、まさに朗報を告げるそれだった。

 しかしそこで言葉は区切られた。

 瞬間、ブレロは張り付いた笑みを剥がし、苦い表情をするシュトルツに侮蔑の目を向けた。


「軍がクソほども使えない、ってな」


 ブレロが放った侮辱の一言にシュトルツは再び胸ぐらを掴み上げる。


「ブレロ、貴様自分が何を言っているのか分かっているのか!それほど私を怒らせたいか。決闘を挑むのなら今ここでやったって俺は構わんぞ」


「おうおう、何一人でエキサイトしてるだい、シュトルツ君。物騒なことは言うもんではない。私はさ、軍の解体と再構築を提案しているだけなんだよ」


「!!?」


 シュトルツが湧き上がる殺気をぐっと押し殺して言葉を紡ぐ中、ブレロはお構い無しに軽々しく上から目線な物言いをする。

 決闘だなんてなに言っちゃってるのさ、とブレロは目を据えたまま口元を笑みの形に変えていく。


「今回、お前達はなんの役にも立たなかった。魔獣の侵入を許し、住民に死傷者を出し。この国で最も利益が高い商業区域に被害を出し、瓦礫に変えた」


「…ッ、ブレロ」


「睨むなよ、怖いなあ騎士団長。うそうそ!商業区域のほんの一部が瓦礫になった。少し脚色しただけさ。でも結局、軍が魔獣を討伐出来てないのは事実だろ?」


 ブレロがシュトルツを宥める気もないのにスラスラと言い訳を放つ。

 そしてブレロは部屋を回るようにして歩き始める。まるで授業をする教師の様に。


「君たちはこの街の、いや国の沽券に関わる一大事に出遅れ、単に現場までランニングしてきただけ。それを知った住人たちはどう思うか?想像に難くない。さぞ不安に駆られる事だろうなぁ。平和の象徴として各国の力を合わせて建国された、この国が、全く安全でない事実に。戦争が起こっていた時代ならまだしも、今この世界で戦争なんて起きやしない。なのに!どうしてだろうか?城壁を築いた街の中で、迂闊に夜も寝られなくなってしまった。それもそのはず。この国を守る兵士は、たった一体の魔獣すら抑えられず、倒すことすらできないのだから」


 ああなんという事だ!

 そう盛大に両腕を広げて天井を仰ぎ見るブレロは、不意に首を元に戻す。


「………」


「おやあ?どうしたのかね、ちみたち?もうお眠の時間なのかな?」


「…だからと言って、それで軍の解体が叶う思っているのか」


 稚児にでも話しかけるようなブレロの挑発に、シュトルツが渋々答える。だがその答えにブレロは頭を抱え、その動きに合わせ汗が飛び散っていく。


「おっと、これはシュトルツ君。君は観察能力に長けていると思ったのだが、私の思い違いだったのかな?」


「いちいちはぐらかすな!」


「チッ、これだから低脳は。この部屋に散らばる用紙を見てみろ。それらは全て、その男が犯した罪状を記した記録だ。ヨーグ・ボロッゴとか言ったな若造。ようやく捕まって何よりだ」


 そして今度は再びヨーグへと白羽の矢が立った。


「てめえ、いつからそれに気付いてーーー」


「ーーー初めからに決まってるだろ?貴様の様なゴミカスの情報など調べるまでもないわ。そして、それを幾度も隠していた奴もな。会えて嬉しかったぞ、三等軍曹」


「ッ……」


 言い当てられぐうの音も出ない二人に満足するとシュトルツへとゆっくりと歩みを進める。


「平和を乱す不届き者を捕まえず、処罰せず、あまつさえ逃がそうとする。どうだろう、シュトルツ。そんな組織、要らないと思わないかね?」


「豚野郎、てめえハメやがったな!」


「口を挟むな、罪人風情が。檻に勝手に入ってきたのは貴様だろうが。シュトルツ、君がこの現状を知っていて放置していた事も、もちろん私は知っていたぞ。そして今もまた隠そうとしているな。君が持っているのはそのガキの入国申請書か?」


 まるで表彰の赤い絨毯を踏みしめるように歩むブレロへ、ヨーグは堪らず横槍を入れるが一瞬にして切り伏せられる。そして、ブレロはそのままシュトルツを追い詰めるように捲し立てていった。


「……ブレロ、そこまで知っているのなら、俺たちだけじゃなく、他の部署の汚職や怠慢も知っているんだろ?」


「んふふ。ああ、もちろんさ」


 ブレロの尋問に答えず質問したシュトルツに対して、どうやらいい問いだったらしくブレロは歩みを止めて機嫌よく答えた。

 その答えにシュトルツは胸に引っかかる疑問の原因を紐解いていった。

 ブレロは多部署の汚職まで知っている。だが、今まで告発しなかった。そして、今わざわざ告発すると脅してきている。攻防両隊を指揮するこの俺に、出来るかどうかもわからない軍の解体など散らつかせて。静かに一人でその告発書を作り、上層部に出せばいいものを。


(こいつは、まだ他に何か隠している。それがこいつの本当の目的だ。そこに向かって話が進んでいるのだとしたら、無駄な会話はなるべく省いた方がいいな。こいつに探るような言い回しは通じないだろう)


 ブレロがこの話の肝となる何かに向けて話を進めている、と踏んだシュトルツは、そこまで考えると話の発端となったワードを使うことにした。


「おいブレロ。貴様がここにいた事実を無かったことにしてやる。だからよ、そろそろ本当の目的を話せ。こっちにはやる事が山ほどあるとさっき言ったろ?」


「んんんふはははは!全く察しが良いのか悪いのか。君って奴は。ま、悪いな。こんなにヒント出させておいて、がっかりだよ、シュトルツ君」


 声高に笑うと、ブレロはやれやれと呟いていった。そして、言い終えると同時にぽんぽんとシュトルツの肩を叩いた。


「だが、そこに行き着いたご褒美に今から話そうか。というか、もう話すつもりだったさ。腹も空いたからな」


 そう言うと、ブレロは扉の位置まで戻り、ある者たちへ視線を送った。


「そこのクソ鍛治師とそのガキで、街の外に出て調査をして来い!出発はそうだな、優しい私からの譲歩だ。2日後にここを発て」


「なにを言いだすかと思えば!こいつらは民間人だぞ。外に放り出して殺す気か!」


 突然の無茶振りに応えたのはヨーグではなく、シュトルツだった。

 一般人の似非(えせ)商人(※自称鍛治師)と子供では、魔獣に出くわした時点で死が確定する。もし本当にそこの子供が一人で竜種を倒したのだとしても、群で囲われ、戦えそうにない男を背後にして生き残れるはずがない。

 そう考え、当然とばかりにブレロへ怒声を上げて抗議する。

 しかし、ニタリと笑うブレロは分かっていると言わんばかりにその抗議に制止をかけた。


「おいおい、本当に元気が良いな。まぁ、聞いてくれよ、シュトルツ君。こいつらは魔法を使わないで魔物を倒したと話してくれたんだ。すごい事じゃないか。なんて勇敢なんだろう、私はもう感動を隠し切れない」


「この野郎、バカにしやがって」


「止めろ、ヨーグ」


「だから、彼らに活躍の場を作ってあげたいと思ったんだよ。だって竜種をたった二人で相手取れてしまうんだ。相応の場所を用意してあげなければ、大人として失礼だ。だから、私はこいつらに、今回の魔獣の出所を調査して欲しいと考えた訳さ」


 小芝居を挟むブレロにヨーグが口を挟もうとするが、それをカイラットに止められる。彼も物言いたげな表情のまま堪え、拳を握りしめていた。

 その二人を気にも止めず、ブレロは大人の(たしな)みだと語って聞かせてくる。

 魔獣の恐ろしさを嫌というほど知るシュトルツはそれを看過できない。


「正気の沙汰じゃねえな。ふざけるのも良い加減にしろよ」


「心外だな、私は至って真面目さ。げふふ、まあ私が私自身の過ごす時間を楽しくする為に、って意味だけどなぁ。ああ、その為に心を鬼にして危険な命令を下すなんて。なんて私は仕事熱心なんだろう。つい自画自賛してしまうよ」


「お前の優越の為に命を賭けるバカがいるとでも?ましてや、そんな命令が受け入れられるとでも思っているのか、貴様は!」


 シュトルツの怒りに、うんうんと頷くブレロは転がった椅子を立て直して座りだす。


「だがシュトルツ、考えてもみろ。武器で魔獣が対処出来れば、下級の魔法しか使えない民間人でも魔獣への対処は変わってくる。そして、街を襲った魔獣の出どころを突き止め、その問題を排除してしまえば軍の信用回復にもなる。この件で成功を収めれば、それは知れ渡り人々の意識は変わる。大いに画期的な事だろう」


「クソッタレめ。よくもまぁ、そんなことをすらすら言えるな」


 言ってシュトルツは歯をギリリと食いしばった。

 すらすらと述べられたブレロの言葉は、然もそれに見合うだけのメリットがあると聞こえてくるが、しかしそれは単なる方便でしかない。

 武器の威力が魔獣に有効だ、と言う確実性があった場合を前提にしている。だが、現時点ではそれを信じるに足る確証が無いに等しい。

 シュトルツはシャロンと二人きりになった時、魔獣を倒した話を拙い説明であったが耳にしている。しかし、だからと言って常識を覆す出来事をハイそうですかと簡単に信じられるはずがない。だからこそ、それはなんの根拠もない事だと言える。

 シュトルツが信じていないように、同じくブレロもまったく信じていないだろう。

 こいつが言っているのは、正真正銘のお遊びだ。


「間違ったことは言っていないつもりだが?それと言い忘れていたが、これは上層部からの意向でもあるんだ。ぐふふふふ。だから、お前達がどんなに嫌がろうと関係ない。人選の決定権は私にあるのだ」


「…貴様、いつの間にそんな指示を受けた」


「私が調べ物をしている間さ。たまたますれ違ってね、魔獣が向かってきた方角の調査を部隊に命じて来いって言われてしまったのだ。部隊の人選と正式な書類はと聞いたら、緊急でそんな暇ないお前がやれだとさ。指揮系統の違う私に指揮権を与えるなんて、この国の上層部は本当に面白いねぇ」


「……腐ってるのはお前だけじゃないってことか」


 ブレロが言う上層部とはおそらく政府の大臣辺りだろう。政府の連中は軍隊を傭兵とでも勘違いしているのか、外敵に対する対応指示はいつも適当なものだった。

 その弊害がここに来て自分の身に降りかかるとは最悪だとシュトルツは胸中で吐き捨てる。

 政府と軍隊の関係に摩擦があるからこう言うことになる。

 シュトルツがもう返す言葉も無いと言いあぐねていると、タイミングを伺っていたカイラットが声を発した。


「それならば、ブレロ様。恐れながら申し上げます。その作戦に私も参加願えませんでしょうか。成功率を上げる為にも、人員・戦力は必要と進言致します」


「は、仲間思いだな、三等軍曹。中・小隊を預かる立場の貴様が私欲で部隊に迷惑をかけ、恥を晒すつもりか」


 話に横槍を入れられるのが嫌いなブレロはカイラットの進言を即座に一蹴する。しかし、カイラットは下がらなかった。


「民間人も守れずして部隊を率いる資格など元より無いと思われます。危険を知っていてそれを見過ごすことなど、それこそ、この国の恥と言えます」


「おい、誰が発言を許した!意見なんて聞いてないんだよ若造がっ!!感に触る貴様には、上官からの修正が必要だな。歯を食いしばれっ!!」


 言うと扉の前から一瞬のうちにブレロの姿が消える。

 して、一度の瞬きも間に合わない刹那。

 カイラットへ拳を叩き込まんとするブレロの姿が映り込んだ。

 息を呑む間も無く、時が引き伸ばされたように感じたカイラットはしかし、出来たのは殴られることへの覚悟だけだった。


 ーーーバシュッ!!!!


「ぅ、うう……、この…」


 衝撃波が短く鳴ると、加えて短い呻き声が混ざる。


「だ、団長……!?」


 赤い燐光を帯びていたブレロの拳はカイラットの顔の横をそれていた。そして、その二人の間にはシュトルツが立ち塞がっていた。

 首の肉を片手で鷲掴みにするシュトルツの手は、ブレロの拳と同様に赤い燐光を放っている。唖然と見つめるカイラットを背に、シュトルツは握る力を徐々に強めていく。


「ブレロ、俺の部下に向かってなんて口効いてんだ、コラァ!こいつの上官は俺だ。調子に乗るのも大概にしろよ?返事がねえな。その肉、引き千切るぞ」


「グフォフォッ!!すまない!しゃ、謝罪しよう!よし、オディナ三等軍曹も同行を許可しよう、だから」


 みちみちと嫌な音を鳴らしながら締め上げられるブレロは、この時ばかりは必死の形相で慌てふためく。ぼたぼたと脂汗を撒き散らしながら捲し立てた。

 しかし、シュトルツはそれを聞いてもまだ肉を掴む手を緩めなかった。


「この状況でも命令を引き下げないとは大した忠誠心だな、この野郎」


「ででで、出来るわけななないだろうっ!!曲りなりにも、ここれは上か、らの、命令、だ!あぐっ」


「ああそうかよ!加える人選は俺が決める、いいな?」


「分かった分かった、任せるよ!!……だからその手を…離してくれっ」


 覆らない命令を振りかざすブレロから部隊編成の権限を奪ったシュトルツは、その腕に纏わせていた燐光を解くと、片腕だけの腕力でブレロを壁まで突き飛ばした。

 ブレロは壁に当たると贅肉で弾ませ床に転がった。

 そこへすかさずシュトルツが歩み寄り、上から影を落とすように見下ろした。


「要件は終わったか?」


「あ、ああ、もう何もないな!よし、私は席を外すとしよう。そ、それでは良い報告を待っている。では!」


 向けられた者の背筋を凍らせるシュトルツの声に、ブレロは慌てて立ち上がり愛想笑いを浮かべながら足早に部屋を出ていった。


「くそがっ!やっと帰りやがった」


「シュトルツ団長、お手を煩わせてしまい申し訳ございません」


 手首を回し悪態を吐くシュトルにカイラットは駆け寄り、頭を下げた。しかし、シュトルツは気にした様子もなく、その後ろにいた男へと声をかける。


「構わん、あれしきのこと。ったく、予想してた通り、面倒臭せぇ事になったな。おい、そこのにいちゃんよ。悪いがお前さんとそこの子供(チビ)に拒否権はねぇ。だが安心しろ、必ず生きて返してやる」


「あ、ああ…。助かる」


「……!?待ってください、それは、シュトルツ団長も同行されるという事ですかっ!」


 声を掛けられたヨーグは諦めたとばかりにその場に座り、胡座をかいていた。

 その様子を一瞥していたカイラットは、シュトルツの言葉を聞いて咀嚼した意味に違和感を覚えると、その意味を驚きのままに聞き返した。


「当たり前だ。部下を危険な目に合わせておいて目を瞑ってられるか。第一、お前さっき似たようなこと言ってたろうが」


「お心遣い感謝致します。ですが、その場合ここの不在をどうなさるするおつもりですか?」


 心配するカイラットをよそにシュトルツはあっけらかんと答えた。


「いいんだよ、そんなん心配しなくても。適当に何とかなるだろ。それよりだ。この件は実際問題、かなりややこしい事になっている。通常なら小隊でも率いて行きたい所だが、それを容認出来ない状況にある。だからと言って、このメンバーで行けば間違いなく全滅する。だから最低でもあと一人メンバーが欲しいところだ」


「そうですね、これではバランス的にも体制が悪いですね」


 行くと決まってしまっている任務に躊躇なく話を進めるシュトルツに、カイラットも頷く。調査は確かに国のことを考えると必要だが、内情を知る者は増やさない方がいいと言うことだろう。

 だが、シュトルツはここにいる人間に聞かされていない情報を知り得ていての判断だった。

 パーティーを最低一人増やすと言う案に、思案を巡らせるカイラットを他所に、いまいち話に集中出来ていないヨーグへ質問が飛んだ。


「そこのにいちゃんは魔法使えんのか?」


 聞かれ、ヨーグよりカイラットが早く反応するが、ヨーグはそれを肩をすくめて構うなと合図する。

 ヨーグは見栄を張ること無く慣れたように答えた。


「ヨーグでいい。悪いが魔法は一切使えない。下級も無理だ」


「これは、…また珍しい奴だな。にいちゃ、じゃなかったヨーグか。俺のことはシュトルツでも団長でも好きに呼んでくれ。しかし、お前、魔法適正無かったのか」


「悪いな、存分に足手まといになる」


 魔法が使えない人間に会うのが初めてなのか、一瞬言い淀むシュトルツは頭をぽりぽりと掻いた。

 過去の大戦以降、魔法を使えない零適正(スキルエラー)が生まれるようになった。確認されている者数は多くなく、それこそ世界に20人といない。

 シュトルツが気を使い言葉を選ぼうとしているのを見て、ヨーグは平然と短く返した。

 しかし、それを聞いていたのは男三人ばかりではなかった。


「へぇ〜、そうなんだ!にぃちゃん、エラーなんだね!どんまい!!」


「ん」

「え」

「は」


「なあに?」


「「「うおあっ!!!」」」


 シュトルツ、カイラット、ヨーグは声のする方へ振り向くと、声の主がその視線に疑問の声を上げた。そして、大人三人は情けない悲鳴をあげるのだった。


「おいガキ、てめぇいつからそこにいた!?」


「いつからって、さっき?」


「いやだから、いつだよ…」


 そこにはブレロに抱えられ染み込んだ汗でベチョベチョに濡れた子供が立っていた。

 一際驚きの声を上げたのはヨーグだった。てっきり少年は一人で立てないほどボロボロに痛めつけられていると思っていたのだ。

 しかし、麻布を羽織った少年から覗かせる身体は特に目立った外傷はなく、というか全くの無傷だった。


「殺気を向けられた時……かな?僕の近くに魔法が撃ち込まれたでしょ。その時から起きてたよ」


 頰に人差し指を当てながら少年は意外な事を口にした。

 それに口を開いたのはシュトルツだった。


「お前、俺が来る前から起きてたのか。なんで起きようとしなかった?」


「なんでって、そんな雰囲気じゃなかったし。それに僕あの化け物、なんだか…こう、鳥肌がたって、無理だったの!」


 絶対無理!と意味わからない答えを繰り返す少年にシュトルツは「こいつが割り込んで来なくて良かった」と心底ホッとしていた。

 しかし、落ち着く暇はシュトルツにはなく、少年が大口を開けて叫んだ。


「あー!おじさん、シャロンのご飯はっ!!」


「げっ!しまったあ」


「ひどーい!おじさん忘れてたの!?」


「ああ、いやすまんな。いや、しっかり頼んだんだが、ちょっとそれどころじゃ無くなってな」


 ばつが悪そうに顔を逸らしたシュトルツに少年は憤慨して地団駄を踏み始める。そして怒りの勢いそのままにシュトルツに詰め寄って抗議しようとする少年をヨーグが掴み上げ引き剥がした。


「ちょ、あっ、はーなーしーてー!」


「おいガキ、話の腰を折るな。今はそれどころじゃねぇんだ。起きてたんなら話聞いてたんだろ?」


「もー!ガキって言わないでよね!僕にはシャロン・クリフターって名前がちゃんとあるんだから!」


 ヨーグの手元から離れるとシャロンと名乗る少年は、腹いせとばかりにヨーグに向けてぽかぽか抗議し始める。


「だぁー、はいはい、シャロンな。おいらはヨーグ。こっちはカイラット、おっさんはシュトルツだ。はい自己紹介終了!」


「早っ!!」


「……しっかし似合わねえ名前だな、おめぇ」


 きーきー煩いシャロンに、ヨーグはあしらうようにここにいる人物を紹介すると、少年の名前にぼそっと感想を漏らした。

 シャロンは適当に紹介された名前を人物と一致させるようにうんうん唸りながら反芻する。


「……えぇとヨーグのにぃちゃんに、カイ…ラットのにぃちゃんに、シュト……しゅとぉ……、おじさんね!あれ、にぃちゃんなんか言った?」


 シャロンを無視して前を向き直ると一瞬、シュトルツの方から「俺はおじさんのままか…。まあいい」と悲しげな独り言が聞こえたが触れないでおくことにする。

 シュトルツは顔を上げると再びここにいるメンバーを見渡し、話を元に戻すべく大きく咳払いをし、話し始めた。


「ん゛んっ。それで、話を進めるぞ。連れて行く人間の選出だが、全体の傾向を見てバランスを取る必要がある。まぁ、予想としては魔導士が必要だろうともうがな。まずは、そうだな。俺は団長を務めてるだけあって魔法も武器戦闘もそれなりにできる。だが、高等魔法の行使には不慣れだ。一応は、指揮系統を預かる身だから後衛に位置することが多いが、得意は中衛でのオールラウンダーポジションだ。まぁしかし、今回みたいな竜種が相手だと、前衛で持ちこたえているのがやっとだろうな」


 シュトルツが言い出しっぺと言わんばかりに、まずは自身のポジションを簡単に伝えてきた。

 それに続けてカイラットが口を開く。


「私は武器戦闘を専門としてますので、魔法は中級の下あたりしか使うことが出来ません。もちろん、前衛位置での壁役となります」


「ん?カイにぃの専門ってどういうこと?」


 魔獣との戦いに専門という単語がピンと来なかったのか、シャロンは小首を傾げながら質問を投げかけた。


「ああ、俺は防衛専門部隊ってのに属していてね。そこに所属する者の殆どは魔法をあまり得意としない者達なんだ。だから、魔法は補助程度にしか使わず、武器を使って魔獣の前に立ちはだかる。そうして、相手の攻撃をいなしたり、足止めをして攻撃する隙を作るのが主な役割なんだ。俺たちが前衛で交戦しているその間に、魔法が得意な人たちーーー部隊で言うと攻撃専門部隊っていう魔法に特化した人たちに留めを刺してもらうんだ。それが俺たちの専門って意味」


「ふえ〜〜、変なの〜〜ぉ」


 カイラットの説明に頷きを何度か繰り返していたシャロンは聞き終わると、明らかに分かっていないだろう声で生返事をした。

 苦笑いを浮かべるカイラットを他所に今度はシュトルツがシャロンに問いかける。


「そういうお前さんは使えるのか、魔法?」


「失礼だな、おじさんっ。もっちろん、使えると思うよ!!!」


 ヨーグの横で仁王立ちしながら答えるシャロンに皆が一瞬静まり返る。シャロンだけが、ふふんと鼻を鳴らして得意げにしていた。


「……あのなぁ、答えになってないぞ。なのになんで自身満々なんだよ」


「ん〜、僕、魔法使ったこと無いんだよね」


 ヨーグが呆れるとシャロンは顎に人差し指を当てながら思い当たる節を探そうとして、結果そう答えた。

 あの強さを目の当たりしたヨーグは、てっきりあれは魔法の効果も含まれていたものだと勝手に思っていた。しかしそうでないと言われ、人知れず混乱した。


「えっと、シャロン。では、君は本当に魔獣を武器で倒したって言うのか?それは今までもか?」


 するとカイラットも困惑した顔でシャロンに問いかけた。


「武器がなければ気合いで乗り切る!…けど。ん?どしたの?なんか変なの、カイにぃ?」


 答えたシャロンは、それを聞いて頭痛を抑えるように頭に手を当てるカイラットを見て、何か変な事を言ったのかと自信なさげに聞き返した。


「ああ、いやそうじゃなくてね。その年で魔獣と戦うことができることも十分驚きなんだけど、やっぱり魔法も無しに魔獣を倒したってことがどうしても信じられないんだ」


「お前ぇの戦い方は確かに凄かったが、魔法も武器無しは嘘だろ」


 正直に答えたカイラットにヨーグも言葉を続けた。

 武器も無し。素手で魔獣を退けるなんて、それこそホラ吹きの謳い文句だ。第一に魔法を知らないヨーグでさえ、魔獣を倒せるほどの身体強化魔法が無いことくらいは知っている。

 いったい自分はあの時何を目にしたのか、自分が信じられなくなる感覚に陥りそうになる。そんな感覚にヨーグは苛まれそうになった。

 しかしそんな考えも他所に、シャロンはシュトルツも加えて三人の大人から疑問の目を向けられ、涙目を浮かべていた。


「嘘じゃないよ〜〜だ、しょっちゅう手ぶらだも〜〜ん!倒せるんだからね!僕つよいもんっ!!」


「はああぁ。今になってどっと疲れが来るのを感じる……」


「まぁ、言いたいことは判る。俺も同じ気持ちだ。だがしかし、これでこの無謀な任務に現実味が帯びて来た」


 シャロンの叫びにカルチャーショックを受けたように揺らぐカイラットはぼそっと溜息と共に吐露した。それを聞いていたシュトルツはカイラットを気遣うと、しかし前向きに捉えることにしたらしく会話にひと段落をつけた。

 それに反応したのは、この中で唯一の非戦闘員のヨーグだった。


「おっさん、それであとメンバーってのはどうすんだ?」


「おい、おっさんという呼び方は候補に入れた覚えはないぞ?…まあいい。そう多くはこの件に関わらせられない。だが、最悪あと一人は欲しい。魔導師…、オース・シーカ級の。いやそこまで高望みはこの際無しだな。せめて、その下のトレモ階級か。段位はなんでもいい、とにかく高出力を放てる魔導士が良いんだが…」


「そうなるとメンバーが限られますね」


「「うーーーーん」」


 ヨーグの疑問にシュトルツは何やらブツブツと独り言のように用語を並べ立てると、それを理解できたのかカイラットも一緒になって悩み出した。

 それを聞いていたシャロンとヨーグはまったくピンと来ず、頭上に疑問符を大量に作り出していた。

 そこへ。


 ーーーガチャ!


 本日何回目になるだろう訪問者がこの狭い取調室に訪れたのだった。


「ああっ!こんな所にいましたっ!探したんでからね、団長!」


「「いた!!」」


 そこには頭の後ろで結わえたポニーテールを揺らしながら入ってくる女性がいた。それはシュトルツが給仕を頼んだ、エイリット・チュールだった。

 扉の音に振り向いたシュトルツとカイラットはエイリットの姿を視界に入れるや否や、思考の海から飛び上がるように声を上げた。


「へ?!」


 矛先を向けられたエイリットは、突然のことに戸惑いを隠しきれず声に漏らしたのだった。

〜〜幕間〜〜


「にぃちゃん、シャロンの服がベトベトですごくすっごく臭いんだけど…、どうして?」


「近寄るなよ?」


「どうして?教えて?」


「お、おい」


「ねえ、教えて!」


「ばか来んな臭い怖い、臭い!ってうわバカやろっ、離れろクソガキ!」


「団長。やはりヨーグはこの件が終了次第、逮捕しましょう」


「許可する」


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