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武器と少女と鍛治師の苦悩  作者: 現状思考
第1章
3/4

まったく旧友って奴は!その②

 街に大きな被害をもたらした魔獣侵入の事件からすっかり陽も暮れて、そろそろ良い子のみんなの腹が空く時間になる頃、子供の喚き声が軍隊の施設にある一角から響いていた。


「だぁかぁらあ!僕が倒したって言ってるでしょーー!!なんで信じてくれないのお!!なんでよお!なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで」


「ああ、やかましい…」


 一国の兵団の長として部下からも慕われ、他国にもその力と功績を讃えられるほどの実績を持つ男―――シュトルツ・ディルドは1人の小さな子供を相手に文字通り頭を抱えていた。

 肩まで伸びる黒髪に赤いメッシュが特徴のその子供は、細い腕を上げてぶんぶん振り回して抗議していた。


「ちょっとおじさん!今、なんて言った?やかましいって言ったよねえ!おじさんが僕の話を聞いてくれないからでしょ〜〜!!もうもうっ!ほんとの事しか言ってないのにぃ〜!」


 魔獣が街に侵入し、その討伐隊を率いて現場に向かったところ、そこで男に投げ飛ばされていたこの子供を保護した。ついでに魔獣討伐をした者について情報を聞き出す為に連れて来たのだが、思わぬところで手を焼いてしまっていた。

 魔獣を倒した人を見たかと聞くと、僕が倒したと虚言を吐き、疑いの言葉を掛ければこの始末。

 先程までもう一人、部下が同席していたのだが、この目の前にいる子供の話を途中まで聴いたところで、急務を思い出したとかで勝手に退席したのだ。騎士団長を残して取り急ぐ務めとは何なのか伺ってみたいものだ。

 お陰で取り調べでなく、単なる子守をする破目に陥っていた。


「分かった。分かったからボク、もう少し静かにしてくれないか」


嗚呼(ああ)ぁああ―――。また、言った…。僕のことボク……、ってまた、言った!!」


「しまっ」


「僕は女の子なのに、また男扱いした!この変態っ!スケベ!セクハラっ!」


 しまった、と言う前に子供―――いや少女は、二人を遮る机を回って駆け寄ると、シュトルツに向けて指を指し、顔を真っ赤に染めながら怒った。

 大人の威厳はどこへやら。

 シュトルツは少女を前に扱いも分からず、ただただ苦笑いを浮かべてごめんと連呼した。


「おじさん、シャロンはお腹が空きました。そんなに謝るなら黙ってあげるから、ご飯頂戴(ちょうだい)!!」


「な、なんて……」


 図々しいガキなんだ、とつい口から溢れでてしまうところをギリギリの所でシュトルツは飲み込んだ。

 仁王立ちして、手の平を差し出してくる少女に腹が立たないこともないが、これで静かになるのなら願ったり叶ったりだ。商人でなくともそのくらいの損得勘定はできる。


「頂戴。美味しいご飯をシャロンに頂戴!」


「わ、分かった。手配させるから待っていなさい。一応、扉に鍵をかけるがくれぐれも逃げようとしたらダメだからな。忘れてもらっては困るが、君には不法入国の容疑も掛かってるんだからな」


「もー、うるさいなー。言われなくても出ないよ!僕はこれでも14才なんだからね、立派な大人の女性なんだから分かってるよ!」


「それなら、そんな太々しい態度も不法入国もしないと思うんだが……」


 少女に聞こえないように小声でごちると、まるで本当に一人でドラゴンを討伐したかのような疲れを伴い、部屋を後にした。

 そして一人ぽつんと取り残された少女は、ローブ代わりに使っていた麻布を身に纏うと、床に転がった。


「ご飯が来るまで、ちょっと寝ようかな。寝る子は育つんだもん。目が覚めたら、少しくらいおっぱいだっておっきくなるはず!成長期をなめるなっ」


 少女―――シャロン・クリフターは誰に言うでもなく一人呟くとふて寝を決め込む。

 そして、ゆっくりと眠りに落ちていく。


 シャロンは彷徨(さまよ)っていた。

 気が付けば荒野にいて麻布を纏い、その場に立ち尽くしていた。

 周りは砂埃ばかりを撒き散らすだけの、荒れた大地。

 視線を何もない荒野の景色から自分の体に向けると、麻布の間から覗かせる服装は実に簡素だった。上半身のボディラインに合わせてぴったりと肌を包む黒のノースリーブと、太ももから下を大きくさらけ出したショートパンツ。斜め掛けされた太いベルト、脚部用のホルスター。両手に手甲、両足に脛当て、足袋に似たサンダル。その他の荷物や装備は何も持っていなかった。

 次は自分の内へと意識を落とす。

 分かるのは、名前と歳、言葉。そして、身体に染み付いた身を守る方法。

 それだけ。

 自分がなぜその場に一人でいたのか、何をして、どうしようとしていたのか。

 一切思い出すことができなかった。



 ―――だから、シャロンは街を目指した。



 自分が知らないシャロン・クリフターを知る人物を求めて、歩みを始めた。

 この一年で小さな村や町をいくつも訪れては渡って行った。旅の道中、危険な目に何度もあった。

 その度に、どうして今自分はこうしているのだろうと歩みを止めてしまう。

 しかしそれでも、一度たりとも泣かなかった。

 寝て起きれば、いつも通り歩み始める。

 自分を知る誰かを見つけるために、儚く茫漠とした考えだと自分でも分かっていても。それでも、諦めてはいけないと思う自分がいた。

 その気持ちをシャロンは何よりも大事にして、今も歩み続けている。


 シャロンを知る誰かに会うために。

 シャロンの居場所を見つける為に。


 ようやくたどり着いたこの大きな街も、もしかしたら、すぐにでも出なければいけなくなるかもしれない。だから、少しだけでも寝よう。




 そうして、シャロンが眠りにつき始めたころ、遠くからズシッとした振動が近づいていた。

 しばらくして、シャロンはその振動に気付くと瞬時に目を覚まし、身体を起こした。


(足音?すごく大きな何かが近づいてきてる!)


 空腹と睡眠欲を自制心で押し殺し、小さな身体で近づいてくる振動に全神経を尖らせる。同時に周囲の状況把握も怠らない。

 狭い部屋に机一つと椅子が二つ。武器はなし。窓のない部屋に明かりを灯す魔鉱石が一つ。

 それだけ。

 振動から伝わる相手の大きさを予想し身構える。ここは街の中だが、警戒は必要だ。


(間違ってもこれは、あのおじさんじゃない)


 そして、一定のリズムを刻んで床を揺り動かしていた足音は、シャロンの居る部屋の前で止まると、ガチャガチャと鍵を回す音に変わる。

 すると瞬間、扉が内側へ開け放たれ、巨大な黒い影がその身を捩らせながら入ってきた。


「ん゛んんんんんんんんんんんっ。あと少し、もおおお少おおおしっ!」


 身構えたシャロンはその姿に絶句し、ドラゴン相手に立ち振る舞っていたその足を震わせた。

 その影は部屋の薄明かりを浴びて次第に明らかになっていった。

 頭頂部だけ短く生えた髪の毛。少しの明かりだけで光を反射させるてらてらした顔。顔と胴体の境目がわからない首に、隠しきれない腹を露わにする寸胴な体躯。そして、こちらに近づいてくる度に大きな振動を生み、自らも揺れ動く太い脚。

 極め付けに蒸気のように噴出する汗が、その者の体全身を纏っていた。


「ハァハァ、やあっと、見つけた。クソガキが居ると聞いて、ハァ……ハァ、わざわざスキップして来てしまったんだよ」


「――――――――――――――――――っ!!!」


 取調室に身体をねじ込ませたブレロがハァハァ息を荒げながら言うと、生理的拒否反応を示したシャロンの口から声無き絶叫が迸った。







 中央政府と併設される軍事関係の施設、その取調室からシュトルツは食堂へ向かっていた。

 場所がまったく異なる別館への移動を強いられた騎士団長は、足取りを重くして歩いていた。


「厄介な者に関わってしまった…」


 まさか40半ばというところで、子供にいいように使われるとは思ってもみなかった。

 あの子供、自分のことをシャロンとか名乗っていたが、本当に14も歳を重ねたのか判らないくらい精神的に幼く感じた。もう少し何とかなっただろうに。

 親の顔が見てみたいもんだ。


「はぁ…」


「シュトルツ団長?珍しく溜め息などつかれて、どうなされたのですか」


 その身長と立ち居振る舞いに似合わずとぼとぼ歩いていたシュトルツに突然、声がかけられた。

 優しく響く女性の声にシュトルツはその声の方角へ一瞥した。


「ああ、エイリット・チュールか。いやなに、大したことじゃない」


「フルネームで呼ばなくて良いですよ、シュトルツ団長。頼まれた書類を持ってきたのですが、このまま私が持って行きましょうか?」


 シュトルツの顔を伺うように傾げられたエイリットのポニーテールがそれにつられて揺れる。

 赤地に白の刺繍が入ったローブが特徴の制服。それを纏う赤の魔導士、それがロゼム共和国攻撃専門部隊所属、エイリット・チュールだ。

 こいつもまだ若いのにしっかりしている。あの子供に見て欲しいものだが。


「その気遣いが染みるよ。ありがとう。書類は今もらっていこう。それと一つ頼みがあるんだが、いいか?」


「はい。団長からの頼みとあらば断る理由はございません」


 そういうと、エイリットは敬礼して見せ、笑顔を向けてくる。

 シュトルツは書類を受け取るとその笑顔に破顔した。


「ははっ。嬉しいことを言ってくれる。それで実は、食堂へ向かっているとこだったんだが、二人分の食事を頼めるかチュール」


「二人分ですね。あの子と一緒に召しあがれるのですか?確かにお疲れの様ですし、休息は必要ですしね。かしこまりました」


「いや、二つともその子供に与えてやるんだよ。腹がいっぱいになれば少しは落ち着くだろう」


 両手を挙げやれやれとお手上げするシュトルツにエイリットは、つい、とばかりに笑みをこぼした。


「うふふ、そのようだとだいぶ翻弄されてますね。まさかシュトルツ団長の苦手が子供だったなんて、部隊のみんなが聞いたら驚きますね」


「いやな、別に苦手って訳ではないんだがな、とにかく手が付けられん」


「では今こちらにいらっしゃるということは、オディナ三等軍曹が相手を?」


「あいつは急務を思い出したとかなんとか言って、部屋を出て行来やがった。ありゃ、絶対逃げたな」


 そういや、別室に行くともなんとか言っていたような気がする、と記憶を巡らしているとエイリットが少し困った様な表情を浮かべた。


「どうしよう、カイラット……子供嫌いなのかしら。私は子供好きなんだけど。…たくさん欲しいんだけどなぁ」


「ぉ、おい。チュール?どうしたいきなり?」


「あっ!ええ?いいえ、すいません。何でもありません。しし、失礼しました」


 何でもないという割に顔を赤く染めて大仰に取り付くろうエイリットに、シュトルツは肩をすくめるだけに追求するのはやめた。


「そうか。お前も疲れてるんなら無理しなくていいからな」


「いいえ。これくらい平気です。今取調室にはあの子だけしかいないんですよね。シュトルツ団長は早く戻ってあげて下さい。私が美味しいご飯を頼んできますから安心してください!そしたら、私も手伝います!」


「わかった。助かる。では頼んだ」


 後ほどお持ちします、と軽く頭を下げると、エイリットはシュトルツが行こうとしていた食堂への廊下を歩いて行った。

 ポニーテールを揺らしながら歩くその後ろ姿を見送るとシュトルツは踵を返して、疲れの元凶である問題児(シャロン)のいる場所へ戻っていく。

 そして少女のいた取調室まで、あともう少しという廊下まで差し掛かると、ある異変に気が付いた。


「なんだ、これは。だれか水でも零したか?いや、この濡れ方は漏水か?」


 大人二人がすれ違うには十分な幅の廊下には、まるで水をひっくり返したかの様に水浸しになっていた。

 その光景に単純な考察を口にするシュトルツは、天井から水滴が垂れていないことを観察するとその考えを改める。

 そして視線は、自然とその跡を追っていく。


「これは、…やられたかもしれん」


 シュトルツの視線は少女のいた取調室で止まっており、当然水浸しの床の跡もそこで途切れていた。

 嫌な予感がシュトルツの肩を重くしていく。

 面倒な事になった。いや、これからなるのか。


「あの子供が逃げ出してこの状態を作り出したなら、まだ楽だ」


 片手で頭を覆いながら呟くシュトルツは、水浸しの廊下をゆっくりと進んでいった。

 ブーツが床に広がる水を踏み鳴らし、その音が廊下をこだまする。

 シュトルツはしかし、と胸の内で呟くと、ある不安を口にした。


「この、水のようで水じゃないねっとりとしたこの液体……。ブレロ・オイッコニー…。この予想が外れてくれることを祈るしかない」







 二人の男は眼に映る蠢く影に驚愕を隠しきれなかった。


((なんだ、この臭いデブはッ))


 ノックもなしに身を捩って入室して来たその巨体に心の内で感想を漏らす。

 ヨーグとカイラットが立ちあぐねていると、もぞもぞと脇に抱えていたモノを放り投げた。

 ベチャッ、と音を立てて床に転がるそれに目を向けようとしたが、理解が追いつく前に高い位置から声が掛けられる。


「やあ、ご機嫌はいかがかな?早速だが、話を聞かせてもらおうか」


 ねっとりとした野太い声が無機質な取調室に響く。

 図体の割に小さな目が、鋭く二人を居抜き、ヨーグは言葉を失う。代わりにカイラットが立ち上がり、目の前の化け物に対峙した。


「私は防衛専門部隊所属、カイラット・オディナ三等軍曹であります。ブレロ・オイッコニー統制管理局長とお見受け致します。この様なところへ御足労頂けるとは。本日はどの様な御用件でしょうか」


「社交辞令はいい。ややこしい階級名をだらだら口走りおって。私のことは様付けで呼べ、階級など付けんでいい」


 ブレロはカイラットに一瞥してそう言い放つとふんっと鼻を鳴らし、煩わしそうに階級バッジを付けた襟首を引っ張る。そして鼻息荒くそのままに、二人へ近づくと椅子を二つ取り上げた。

 ミシミシと悲鳴をあげる二つの椅子に座り込むブレロに、ヨーグは一歩後ずさった。カイラットは立ち位置を変え、ブレロとヨーグを見渡す様な位置に移動し、壁の側で起立する。

 そんな異様な光景に包まれる部屋で口を開いたのは、またもカイラットだった。


「ブレロ様。つかぬ事をお伺い致しますが、その床に転がる者は別の部屋で取り調べを受けていた者ではないですか?」


「ああ、それのことか。先程、立ち寄ったのだが、私を見るなり白眼を向いた無礼者だ。なに、別に殺してなどいないから安心しろ」


「お答え頂き感謝致します。口を挟み、失礼致しました」


 嫌らしく響くブレロの太い声に、カイラットは感情を出さずに返答する。温度差を感じさせる二人の会話にヨーグは思い出した様に振り返り、後ろに転がるそれを見た。

 そこには麻布に包まれ拘束された小さな子供の姿があった。そして、麻布から顔を覗かせる子供にヨーグは見覚えがあった。


(あの時のガキじゃねぇか!?)


 瞬間、ヨーグの中で怒りの感情に火花が走った。


「おいてめえ。ブレロとか言ったな、クソデブ野郎!こんな小さなガキに手ぇ出すとは、良い度胸してんじゃねえか、え?」


「はぁ〜あ??貴様、今……私をなんだと?罪人の分際で、貴様こそ良い度胸だな!」


 ヨーグの言葉に瞬時に表情を険しくさせるブレロは、巨体をぷるぷると震わせる。


「もう一度言ってみろッ、若造!その言葉が貴様の最期にならない事を祈りながら、さあ言ってみろ!!」


「てめぇが先に答えやがれ。そこのガキに何した?一発キツイのブチ込む前にさっさと答えやがれ!」


 ヨーグの言葉を受けて、ブレロの顔が真っ赤に染まっていき、その表面に汗がどんどんにじみ出していく。しかし、ブレロからの返答はなかった。

 そこにヨーグは答える気がないと見るや、一、二もなく飛びかかった。

 ムカつく顔しやがって、こういう奴は言葉より先に殴らねぇと理解できねぇ野郎だ。

 踏み込みがてら繋がれた腕を振りかぶるヨーグに、その横で同じく見兼ねたカイラットが切迫した。

 そして。


「馬鹿野郎、何してる!大人しくしろ!」


「カイラット、離せっ!そこの豚野郎に一発殴らせろっ!!」


「んん〜〜?お〜やおやおや、オディナ三等軍曹。これはこれは元気な方たちですねえ」


 感情的になり飛びかかろうとするヨーグをカイラットが咄嗟に押さえ込む。その光景にブレロは打って変わって楽しそうに眺めていた。

 そのブレロの声は先程とは比べ物にならないくらい、ねっとりとした気持ち悪さを感じさせる。

 カイラットに組み伏せられたヨーグは、机越しでも見える座高の高いブレロを睨み返した。


「なあ〜んて、良い眺めなんだ。これはいい。実にいい!おい、私を豚呼ばわりするウジ虫。しばらくそうしてろ」


「てめぇ、ムカつく面見せてんじゃねぇ!チッ、カイラット、離せ!こいつの言うことなんか聞いてる場合か!」


「オディナ三等軍曹、ぜぇ〜ったいに離すなよ。これは命令だ」


「は」


「くっそっ、このデブ野郎!!」


 顔を汗でテカらせながら満遍の笑みを向けてくるブレロに、ヨーグはさらに苛立ちを募らせていった。

 カイラットはヨーグと話していた時の表情や感情を一切に殺し、ヨーグとも目を合わせない。


「畜生がっ!何を訊きにきたか知らねえが、てめぇみたいな奴に答えるもんなんざ一つもありゃしねえ!話は終わりだ、さっさと家畜小屋へ帰りやがれ!」


「はっはっは。まるで怯まない達者な口に、敬意すら覚えるね。うんうん、頑張って吠えるその度胸に免じて苦しめるようなことはしないであげよう。君にはね」


「おい、何を言ってやがる」


「こういうことさ。―――《オル テル シュクト―――》」


 ヨーグの言葉に、ブレロは不気味に歯を見せながら口元で笑みを作りさらっと答え、同時に左手を前に突き出した。その動作に加えてブレロの口からゆっくりと、ヨーグにとって馴染みのない言葉が紡がれる。

 紡がれる言葉に反応するように、ブレロの突き出した左手の人差し指に緑の光粒が集まっていった。

 それを目の当たりしてヨーグはようやく、ブレロが何をしているのか気が付いた。そして、その指の指し示す方向にも。


「てめぇっ、待ちやがれっ!!」


「《―――テゥエ ダ フィーマ エン ギグス》!」


 意図してゆっくりと紡がれたブレロの詠唱は、その思惑通りヨーグを一瞬にして追い詰める。焦燥に駆られたヨーグの叫びも虚しく、ブレロは詠唱を終え、人差し指の示す方向―――気を失い床に伏したままの少年目掛け、光粒が放たれた。

 刹那。


 ―――バガッッッ!!!!!


 浅緑の光が尾を引き、同時に炸裂音が鳴り響いた。

 ヨーグは飛び散る床の破片に目を細めながらもその先の様子を必死に伺った。少年は一瞬前と変わらない体勢で横になっており、その体に外傷が見当たらないことを確認する。

 だが、それに安心することは出来なかった。かわりに穿たれた床がヨーグの目を釘付けにする。


「あっは〜〜あ??おやおやおや、顔色が悪じゃないか?もしかして、当たったと思ったか?」


「……くっ」


「当てるわけないだろ、馬鹿目。一発目から当てたら楽しめ、ん゛んっ、脅しにならないだろ?おやおや、まったく、良い顔しますねえ?安心すると良い。殺さない程度に当ててやるさ。まぁ、四肢は確実に無くなるだろうがな」


 そう言ってブレロは首に巻いたタオルを絞り出すと、タオルから大量に拭き取った汗が流れ出る。

 その臭いがヨーグの集中力を酷く鈍らせた。

 ブレロは再びタオルを首に巻くと、顔一杯の汗を拭きながら話を続けた。


「さて、私と話をしようじゃないか。なに、既にその男と話していたんだろ?私も同じ要件だ。魔獣討伐の現場に居合わせたであろう君達の証言を、直接聴きに来ただけだ。答えるだけで良い。うへへ、なんということも無いだろう?」


「ガキにこんな事しておいていけしゃあしゃあと!」


 無惨な姿で意識を失う少年を尻目に、ヨーグは言い放つと歯軋りする。

 そしてヨーグは瞬時に腹を括った。


(待ってろよ、クソガキ。ドラゴンから助けてもらった恩を返してやる!これでチャラだ)


 ヨーグは息を短く吐き、乾いた唇を軽く舐めると再びブレロへ顔を向けた。自分の額から頰にかけて一筋の汗が流れるのを感じながら、それでも不敵に笑みを作ってみせた。


「さっさとしろ。何でも答えてやる。だがよ、それを条件にそのガキを解放しろ。そうすれば話してやる」


 しかし、対するブレロはプルプルと首を振って残念そうに太い溜息を吐いた。


「なぁ〜んだか、貴様と言葉が通じるかすごく不安になってきたよ。条件を出せる立場にいるのは私なのだがね。いいさ。貴様が語ればそのガキは用済みだ。好きにしろ」


「チッ……」


「さて、それでは取り調べといこうか。お前達が見た魔獣討伐の真実を、話せ」

「ぱたり……」


「おおおい。寝るな、起きろ〜!くそお、気絶してる。せっかくここまで来たというのに、これでは話が聞けん」


「………」


「仕方ない。こいつを連れて、もう一人の所へ向かうか。どうやらそいつが一番重要らしいからな。うひっひひひひ」

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