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武器と少女と鍛治師の苦悩  作者: 現状思考
第1章
2/4

まったく旧友って奴は!

 しん、と静まり返る薄暗い部屋の中。

 一人の男が目を瞑って何かを思い出しては不気味な笑みを浮かべ、おかしな笑い声を漏らしていた。


「ぅえへへへ」


 他の者が聞いたら確実に奇異の目を向けられる類いの笑い声。しかしどうやら自分の口から漏れ出ているなどと、その男はまるで気付いていなかった。

 笑い声を無しにしても、仰ぎ見るように椅子の背もたれにどっしりと体を預け腕を組む姿は、見る者によってはいっそ清々しい程のふてぶてしさを感じさせた。

 その男の脳裏には、ある光景が何度も映し出されていた。

 あの時、おいらの前に現れた魔獣―――鋼の鱗を持つドラゴンを倒した。

 ガキ一人で敵うはずがない相手に、()()()()()()()使()()()

 翻弄し、傷つけ、圧倒し。

 そして最期、あのガキは大剣で竜の首を切り落とした!

 砂塵舞うその隙間で微かに、だがはっきりと目にした留めの一撃。

 今もそうだが、思い出すだけでもまた胸が熱くなる。自然と両腕に拳が握られる。

 これは、夢じゃねぇ。


『魔獣は魔法を使わないと倒せない』


 誰もが知る常識。

 詳しい理由は知らないが、魔法をその身に当てないとダメージが入らない。例え、魔獣の大小・種類が違えど魔法でしか相手の生命活動を止めることが出来ない。

 しかし、だからといって物理的に触れることが出来ないわけではない。武器や盾、防具を使って魔獣の攻撃を防いだり反らしたりする事は出来る。だが、致命傷はおろか傷一つ与えられないのだ。


 ―――しかし、だ。


 それを今日、物理的武装では決して倒すことが出来ない魔獣を。

 その常識を。


 ―――おいらは塗り替えたんだ。


 おいらの、ヨーグ・ボロッゴの武器は魔獣に通用する。そして、竜種でさえ圧倒してみせる。

 これは革命的だ。

 心に抱く野望が現実味を帯び始める。


(ああ、くそう。胸の疼きが止まらねぇ。次はどんな武器を作ろうか。軽量で使いやすい片刃剣。いや、それとも優位な間合いで攻撃ができる長剣か。ああいやまてまて焦るなよ。まずはあの折れた大剣を修理しなけりゃな。せっかくの成功例だ。あのガキにも手伝わせて実演販売とでも行くか!これは忙しくなるぜ)


「うふふふ。………ぅえへへへへ。あっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!」


 何度目とも知れない不気味な笑いを浮かべ、さらに大声で笑い始めたヨーグはそこでようやく目を開けた。

 すると、視界に入る影から突然声を掛けられる。


「おはよう。そのままもう一度、次は目も口も閉じて永眠してくれて構わないぞ、ヨーグ」


「―――――っは?」


 そんな嘆息混じりの声に、ヨーグは目と口をいっぱいに開けて固まった。

 短く切られたブロンドの髪が特徴の男が、さっきまでヨーグの他に誰もいなかったはずの部屋に、それも机を一つ挟んでヨーグの向かいに座っていた。


「報告にあった通り、お前が『変態』にクラスアップしていて、正直言葉が出てこないからな………」


 驚きと恥ずかしさに顔を赤らめながら硬直するヨーグに、目の前のイケメン男は顔半分を片手で覆って目を逸らし、そして引き気味に言葉を漏らすのだった。






「ヨーグ、せっかく見逃してたんだから捕まんなよ。商業区での無許可無断出店、鑑定証書無しでの鉱石売買、さらに販売認可無しでの個人客との取引。その他にも条例違反を云千、云万回と繰り返し、辿り着いた先が子供への暴行及び誘拐未遂って……。ほんと、今までの俺の努力が全てパーだ。分かってんのか?」


「ぇぇと、だなぁ………」


 あの一言からしばらくして、取り調べもとい説教を受けていた。

 机の反対に鎮座する男は、呆れとも怒りとも付かない声で畳み掛けてくる。

 青の軍服に身を包むこの男は、ロゼム共和国防衛専門部隊に所属する青の騎士団、カイラット・オディナである。

 おいらの事をヨーグと気安く呼ぶ事から分かるように、知り合いだ。それもかなり古い頃からの。

 なぜこいつがここにいるのか、というとあの時が原因だろう。

 軍に捕まり、この取調室まで連行される間においらは知り合いのカイラットの名前を出し、取調室に来るようにあざとくアピールしていたのだ。まさか本当に来てもらえるとは思ってはいなかったが。

 軍関係者の友人ということを利用し、事の成り行きを説明して、さっさと無実を証明し釈放されようと踏んでいた。そもそもが言い掛かりで無実だ。しかし、顔を合わせるなりカイラットが放った開口一番がアレだった。流石に返す言葉も失うというもの。

 カイラットは俯くヨーグを前に、机の上を目の前でコンコンとノックして見せると、高く積み上げたいくつもの用紙の束をヨーグの前に出してきた。


「これを見ろ、ヨーグ。お前が今まで犯してきた条例違反の、その詳細が記された書類の、山だ!」


「………うそ、こんなに!?ほんとに……、おいらのか?」


 恐る恐る手を伸ばしてその中の1束を掴むとパラパラと目を通してみる。そこには無断露店出店や一般人の武具販売による条例違反、それに伴う罰金などの金額がびっしりと載っていた。

 手があらぬ震え方をし、俺は咄嗟に掴んでいた書類を投げ捨てた。


(なにこれ、目を通しただけで寒気が!新手の呪いかコレは!!)


「はは、は、……魔本なんて初めて見たぜ」


 背筋に寒気を感じながらヨーグは強がって冗談を言ってみせた。

 すると唐突に、


「こんの、馬鹿野郎があああああああ!」


 カイラットはガタッと椅子を蹴り立ち頭を抱えながら、発狂した。


「お前って奴は人がせっかく、せっかくっ!俺が巡回中に何度路上で注意しても聞かねえし、この間だってそろそろ本気で連行されるぞって忠告しておいてやったのに!!お前が言うこと聞かないからっ、あの手この手で上手くやり過ごして隠し通してきたんだぞ!俺の労力と良心と睡眠時間を返せ!!!…くっそ。……まさか、…まさか子供を襲って捕まるなんざ………、うわああああああああ!!!正直どう接していいか分かんねえんだよおおおおおお!!」


「おおおおおおおお!!!おま、ちょっおお、ばばバカッ、バカやめろっ!誤解だ誤解っ、本当にっ!!子供を襲うわけねぇだろっ、ていうか、外にまで聞こえちまうから少し黙れっ、落ち着け!!!」


 端整な顔を一気に歪ませて雄叫びを上げるかつての友を目の前に、ヨーグは一瞬呆気に取られるが、すぐさまカイラットの口を塞ぎに掛かる。

 しかし、ヨーグの制止も虚しく、軍人として鍛えられたカイラットの片手にことごとく阻止され、返り討ちとばかりに拘束される。


(ぐっ、喚きながらとか、無駄に器用なっ!)


 そして、拳の形に握られたカイラットの片腕が弓を引き絞るように構えられ、その光景が見上げるヨーグの視界に移った。


「お願い、落ち着いて!悪かった、すみませんでしたっ!謝るから、感謝もするから、だからっ、その拳は下に下ろして!な?この通りでェズガハッ!!」


 机に突っ伏すように頭を下げようとしていたヨーグに向けて、叩きつけるようにカイラットの拳が後頭部に炸裂した。衝撃は机を大きく揺らし、カイラットが持ってきた書類が宙を舞って床にパラパラと落ちていった。


(………下ろせって振り降ろせって意味じゃねぇ)


 何とか意識を保ったヨーグは、打たれた後頭部と打ち付けた顔面を抑えて呻き回る。

 そして、その上から静かな声がヨーグに向けられた。


「ヨーグ、俺たちはもう大人なんだ。いい加減、だだを捏ねる子供の真似はやめろ」


 カイラットのその声にヨーグはようやく身体を起こすとゆっくり顔を上げる。

 ヨーグの視線の先には、呆れるような心配するような、そんな旧友の眼差しがあった。

 こいつからしたら、おいらは旧友で問題児で、それでも心配してくれる間柄なんだな。

 短く息を吸って、吐く。

 再びカイラットと目を合わせるとヨーグは少し声に力を入れた。


「……くそっ、てぇな。……、カイラット。おいらは今でも本気だ。上手くいかねぇ失敗続きだ。時間だって金だって足りゃあしねぇ。だがよ、間違ってるなんざこれっぽっちも思っちゃいねぇよ。おいらは絶対ぇやり遂げる」


 自分で作り上げた武器を使って、この世界にはびこる魔獣を根絶やしにする。

 昔も。今も。そしてこれからも、この想いだけは変わらねぇ。こいつに子供だと言われようが、やらなきゃいけねえんだ。

 だから、弱音なんざ吐いてたまるか。

 するとカイラットは、ヨーグから視線を外し、言葉を咀嚼するように俯く。


「本気、なんだな」


「当たり前ぇだ!おいらは諦めねぇ。この手が例え役に立たなくなろうと必ずやってみせる」


「そうか」


 カイラットはそう言うと再び顔を上げ、握手を求めるように手を差し出してきた。

 取調室に入ってからようやく柔らかい表情を見せるカイラットに、ヨーグは照れるように鼻を擦るとその手を掴み取った。


「悪りぃな、おめぇに迷惑かけっぱなしでよ」


「気にするな。しばらくは楽できる」


 ーーーガチャッ!


「え?」


 何の音だ?と口を開きかけた瞬間、カイラットの手に向けて差し伸べたヨーグの右手に重々しい輪がかけられた。

 ヨーグは何が起こったのかと呆然としながら、重く冷たい感触のある手首へと視線を移し、そして。



 今度はヨーグが発狂した。



「なななにしてんだてめぇええええええ!!!!」


「まさかお前がそんなに子供を欲しがっていたなんてな。すまなかったな、気づいてやれなくて」


 ひどく可哀想な人を見る目がヨーグを見つめていた。


「ちょっ、おい、まてまてまてっ!いつおいらがそんな話をしたよ、ええ!?」


 両腕を完全にロックされ、それを外せと言わんばかりにがちゃがちゃ鳴らしながら抗議する。


(なんで子供を欲しがっている(てい)で話が進んでるんだよ。おいらとお前の話題はいつも、武器か魔獣についてだったろうが)


 そうして混乱するヨーグに、それまでにないカイラットの真面目な青い瞳が向けられた。


「何言ってんだ、ヨーグ。そんな熱意を向けられちゃ逮捕するしか無いだろう?親友を助けられなくて俺は残念だが、せめてこれ以上悪化する前に、……俺がお前を止めてやる」


「しばくぞ、コラァ!なにカッコつけたこと口走ってんだ!シチュエーション考えろよっ!それに、子供の話なんてしてねえから、てめぇで作った武器で魔獣を倒す話してたからっ!」


「これからお前の新居となる独房を案内するが、これだけは謝らせてくれ。そこにお前の嫁候補はいない」


「って人の話聞けよ!いなくていいからっ!」


「だが、お前が外に出れたなら、いい伴侶が見つかることを切に願おう。そして、念願だった子供を授かれることも」


「願わなくていいから!いらないからっ!もうさっさとこれ外せっ!っておい、その顔やめろ腹立つ。おめぇから見えるおいらはどうなってんだよっ!!」


「変態」


 まるで神に仕える司教の様な笑みを浮かべるカイラットに、ヨーグは繋がれた両腕を出して外せと詰め寄った。

 と、そこでカイラットは堪えきれなかったかのように口元が綻んでいき、ついに顔と腹を抱えて(うずくま)った。

 呆気に取られるのも束の間、ヨーグの耳に笑い声が届くのだった。





「ああー、すっきりした。本当に久々にこんなに笑ったよ」


 あれから十分ほどが経ち、ようやく落ち着いたらしいカイラットは大きく身体を伸ばすと、すとんと椅子に座った。


「お前、悪ふざけにも程があるぞ」


「良いだろ、たまには。ヨーグの不始末を俺がいつもどうにかしてたんだ。今の逆襲に加えてお釣りが来ても良いくらいだ」


 散々笑って疲れたのか頰を摩るカイラットは、どうせ外に誰もいないから俺とお前しか聞いてないし。と付け加えてくる。

 だが先程、カイラットが笑い転げている間、廊下の方から微かに女性たちの声で「やっぱりあの人子供趣味だったんだわ、こわ〜い」「え、キモいんですけど。そんな奴がこの街にいるとかほんとキモいんですけど」「ゾクゾクするわね」とかなんとか聞こえてきたんだが。そうか、気のせいか。てか最後のなに?

 カイラットは首を回してぱきぱきと音を立てるとストレッチも終わったのか、ふぅっと軽く息を吐いた。


「さて、本題に入ろうか」


「………前置き長ぇよ」


 つい先程のノリのせいでヨーグの口から溢れる。

 立ったり座ったりを何度も繰り返したこの椅子に、そろそろ尻が馴染んできてしまった。

 正直もう帰りたい。


「子供への暴行及び誘拐については、その様子だと本当に言い掛かりみたいだな。実際、団長の早とちりだろうとは思ってたしな。討伐隊が駆け付けたタイミングが悪かったのだろう。だから、その件についてはよしとしよう」


「誤解が解けて嬉しいが、まだ帰してくれねぇのか?」


 その件については、ねぇ。

 やっぱり条例違反についての処罰か。と、嫌な予想を立てる。

 未だ床に散らばる書類の数々に、ヨーグは目を逸らしたい気持ちで一杯になっていた。

 あわよくば、カイラットに頼み込んでこの不始末をもう一度隠蔽してもらおう、と決意する。

 しかし、カイラットはそんな思惑を持つヨーグの言葉に答えること無く、話を進めていった。


「それと、数々の条例違反については後に話すとして。単刀直入に聞くぞ、ヨーグ。広場に侵入した魔獣を倒したのは誰だ?」


「…え?あぁ、それは、………だな、……」


 なんだその話か、とヨーグはその先を言おうとして言葉に詰まる。

 小僧が自分の武器を使って魔獣を倒し、俺は後ろに隠れてビクビクしてました。なんて、そんなこと信じてもらえるのだろうか?

 ………いや後者は真実だけれども、信じられるのは心外だ。

 しかしなぁ。

 カイラットは幼い頃からの付き合いだと言っても、こればっかりは信じてもらえないだろう。

 魔獣の上位種族に位置する竜種、その中でも珍しい鋼の鱗を持つドラゴン。それは騎士や兵士が束になってようやく抑えることができる相手だった。それを幼い子供の手によって足止めされ、退けられ、圧倒され、終いには剣によって留めを刺されたなんて。

 足りない頭で珍しくヨーグはどう話を進めていくべきか考えを巡らせていた。しかし、それを答えるよりも早くカイラットが口を開いた。


「まさかお前が()っただなんて言わないだろうな。時間がない、さっさと答えてくれ。だれがアレを仕留めた」


「おい、人の思考を遮っておいて今、おいらをバカにしたろ!?つーか、無駄に時間使ったのお前ぇだろ!」


「ヨーグ、そうかっかするな。お前が魔法を使えないことは重々承知の上だ。お前が倒したという可能性が万に一つもないとは思わない。たが、限りなく低いことも十分に分かっている。だかな、お前は今の今まであの場にいた。知ってることを話せ。お前一体あそこで何してた」


「うぐっ………」


 カイラットの淡々とした言葉にヨーグは再び言葉を詰まらせた。

 カイラットは旧知の仲であると同時に軍人だ。最悪、この取り調べの証言によって自身を取り巻く状況が大きく変わる可能性だってありうる。

 普通なら、街に侵入した魔獣討伐に貢献すれば報償金の一つや二つもらえるようなものだろうが、しかし、カイラットの纏う雰囲気は何かが違っていた。

 ヨーグが嫌な口の渇きを感じていると対面に座るカイラットは不意に立ち上がり、そのまま扉の外へと出て行ってしまった。

 だがそれも束の間。

 数秒もかからないうちに再び部屋へ入って来ると、その手には見覚えのある『鉄の塊』が抱えられていた。


「お前、それ…」


「その反応。本当に分かりやすくて助かるよ」


 言って、カイラットは抱えていた鉄塊を壁に立て掛ける。それもわざわざヨーグの付けた紋章を表にして、だ。

 どうやらカイラットは、ヨーグが軍に指名したからこの取調室にやって来たわけではないらしい。

 カイラットは腕を回すとまた椅子に腰掛け、ヨーグに向き直った。


「あれな、魔獣の腹の中から出てきたんだ。両断された首の切り口とあの鉄塊の刃先が一致している事も確認済みだ。ヨーグ、何を心配しているか知らないが、こっちとしてはお前が知っている事を話してくれると大変助かる。時間も惜しいしな」


 要するに『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』とカイラットは言外にそう語っているのだ。もちろん、その武器を作ったのがヨーグである事も既に知っていて話しているとみて間違いないだろう。

 しかしなぜ、こんなに重々しい空気を醸しているのだろうか。

 先ほども思ったが、魔獣を倒したのだから、報酬さえ受け取れど罰則を受けるいわれはない。

 しかしそこで、ヨーグは一つの考えに思い当たってしまう。だが、その可能性を言うか言うまいか、僅かな躊躇がヨーグの口を重くした。


「………この雰囲気で、と言うより手錠をかけられた状態で、てめぇの身を心配しねぇ方がおかしいだろ」


「おお。さっきまであんなに楽しくお喋りしていたというのにか?お前が空気を読むなんてな。ようやく大人になったようで父さんは鼻が高いよ」


「誰が父さんだ、誰が!」


 27歳の同年代が何を真面目な顔でボケているんだか。だがまぁ、時間が惜しいというのも一理ある。

 会話のハードルを低くして話を進めるためにも、ヨーグは危惧していた事を頭の隅に置きカイラットにまっすぐ聞くことにした。


「もしよぉ、武器を使って魔獣を討伐したとしたら何か都合の悪い事でもあんのか?」


「……ああ、少しな」


 とたん険しい表情を見せるカイラットが歯切れ悪く、ヨーグの問いにそう答えた。

 魔獣を武器で倒す。その事実が状況を悪くしている。

 魔法に頼らず、誰だって魔獣の脅威から身を守り、それに打ち勝つことができる可能性が生まれたというのに?


(わからねぇ…)


 無い頭を使い必死に考えるヨーグだったが、しかしカイラットの返答が示す意味を察することが出来なかった。

 ヨーグはカイラットの返答にさらなる疑問をぶつけようと口を開けた。

 しかし、喉元まで出かかった言葉は、荒々しく開かれた扉の音に押し込められることになる。

 その音に息を飲むヨーグとカイラットは反射的に扉へ振り向き、そこに立つ者へと視線を送った。

 扉の前には丸太の様な大きな影が身体をめり込ませていた。





 ブレロ・オイッコニーは今日も今日とて退屈していた。

 外の光が照らす書斎には、書類や置物、ちょっとした観葉植物など、それら調度品がきっちり整頓されている。

 そんな静謐な空間を思わせる部屋にはギィギィボリボリくちゃくちゃと似つかわしくない音が絶えず響いていた。

 音の原因は、もちろんブレロだった。

 部屋で1人、勤務中だというのに暇を持て余して菓子を頬張っていたのだ。荒い呼吸と時折()せる振動のせいで椅子の悲鳴でさえ部屋に響いていた。

 何度拭っても滴り落ちる汗を、首に巻いたタオルで幾度も拭き取る。

 白の制服に包まれた肥大した体は納まるところ知らず、無様に肌が露出している。純白と金の刺繍を基調とした制服は既によれよれで、ブレロが手や口から零す菓子のかけらがその純白を濁していた。

 やる事もすべき事もないブレロの頭の中は、もはや晩飯の献立について思考がシフトしていた。

 だが別に、ブレロは仕事をサボっているわけではなかった。仕事が既に彼を必要としていない。ただそれだけだった。


 ロゼム共和国の軍指揮系統の一つにその席を置くブレロは、情報統制管理という仕事に就いていた。

 ブレロがこの任に就くまでは、息つく暇もない地獄の部署として知られていた。商業区域、産業区域、都市部、国の外壁など、その細部に至るまで国全土の情報がこの統制部へと集積されていくのだ。そんな状況では当然綻びが生じ、部署内の人員だけでは手が足りず、街を巡回・警備する兵士を招集し手伝わせることも日常茶飯事だった。

 部下へ随時、的確な指示を飛ばし処理を片付けながらも、常に集められる膨大な量の情報を一括管理し、有事の際に必要な情報を利用しなければならなかった。

 ブレロは就任直後、この有様を見るや否や、この部署で一挙に管理する事を諦めた。

 管理部署を国全体のブロックごとに分散させ情報を分割管理する。さらにそれら各所が最適な行動を取れるよう教育して自立させた。

 統制部はと言えば、有事や重要案件、定期報告などに際してのみ情報が勝手に集まるようにし、また必要な時に各ブロックから情報を引き出せるように組織の流れを構築し直されたのだった。

 そして更に、ブレロは統制部内でも部下たちに仕事を全て割り振り、通常時であればブレロ無しでスタンドアローンできる組織を作り上げた。


 故に組織改革を行ったその終着点が、


「グェェェエエエエエップッ」


 今の有様だった。


 仕事にやり甲斐を無くしたブレロは、時間を無為に過ごし、次第に自堕落になっていった。ちなみにブレロの横幅が広がり始めたのもこの時期からである。

 なにせ、仕事が自身を必要としないのだから。この書斎に時間通りに出勤したところで、報告を受けること以外さしてすることもないのだ。

 そうしてやる事がなくなってしまったブレロは、ここ数年、気が向くと他の部署に顔を出しては作業の邪魔をするようになり、やがてお気に入りを見つける。


 ―――それが尋問官という役割だった。


 この平和を謳われた国内で不穏な動きや悪事を働く者達に、国の秩序という大義名分を押し付け、力を振るう事にブレロは快感を覚える。

 自分が取調室に姿を現わすだけで相手は身を縮こまらせ、問いかければ震えだし、手を振りかざせば涙し、許しを請う。

 小さな部屋で自分一人と目の前の相手だけで全てが思い通りに行き、完結する。

 ブレロの知る世界でこれほど素晴らしい場所は無かった。


 そして今日も再びブレロの元へ、退屈させない一つの至急伝が入ってきた。


 ブレロの書斎に慌ただしい足音と一拍置いて急かすようなノックが数回打たれる。その音が、バリくちゃと咀嚼音を立てる書斎主へと届くとようやく間食の手を止まった。

 ブレロは指を一本ずつ舐めると一息着いてから応答した。


「…グェップ………。入れ」


「し、失礼します!ブレロ様、討伐隊より報告が上がりました」


「話せ」


 白の軍服を着た男の兵士がブレロの呼び掛けに早足で入室すると、背筋を伸ばし胸を張ってそう述べる。すると、ブレロは短く言葉を返し、出っ張る腹の前で手を組んだ。


「は!商業区域西中央街道にて魔獣の生命活動停止を確認。死傷者、行方不明者は兵士、住民合わせ131名。内、確認できた死者は28名。死因はいずれも捕食やブレスによるもので、兵士・住民の判別が困難な状況。続いて街への被害は、公道の舗装から住居や露店など合わせて40箇所にも登り、うち半数は露店とのこと。相手が飛行による移動を行ったこともあり、予想より被害は下回っています。最後に」


 と、兵士が言葉を区切り一呼吸置く。そして続いて出たきた言葉は、先ほどまでのはきはきとした報告とは打って変わって歯切れの悪いものだった。


「…ええ、最後に魔獣討伐の成果について。討伐隊が編成され現地に向かったところ、…既に倒されていた、…と」


 ブレロはその報告に目を細めるが、至って穏やかに兵士へと言葉を向ける。


「ほほう?軍が出遅れたとはな。勇敢な住民でもいたか。それとも、優秀なハンターが仕留めたか。竜種を倒すとはさぞ名高いパーティーなのだろうな」


「いえ、それが…、辺りは避難が完了しており…、部隊が駆け付けた際、そのような一行は………いなかったようです」


「これはこれは報酬も受け取らず身を晦ます(くらます)とは、やけにキザじゃないか、え?」


 言葉に詰まる兵士の報告に、ブレロは訝しげに眉を寄せ目を細めていった。

 もたつく報告にブレロは内心苛立っていた。

 報告なんぞ、どんな案件でさえ要点を言えばすぐに終わる。こいつは伝達の中継役に過ぎないが、言葉に詰まるとはよほど残酷な倒され方でもしていたのだろう。

 下らん。そんな理由で私の時間を無駄にするとは。

 竜種を倒す程だ。どんな討伐のされ方をしていようと私が驚くとでも思っているのか。

 軍隊の手を使わずに討伐できる者は確かに存在する。だから、あり得なくもない。それに、その場に姿が無くともその者たちを見つけるのは容易いだろう。そういった奴らは相応の風格を有しているのだから。

 ブレロはわざとらしく溜め息を吐くと組んだ手を解き、天井を見上げて背もたれへと身体を押し付けた。


「お、恐れ申し上げますが、そうでは、なく」


「もういい、下がれ。討伐した者は簡単に見つかるだろう。報償金なり感謝状なり勝手に送ればいい。もう終わりでいいな?」


 焦りを見せる兵士にブレロは威圧的な言葉だけを向け、報告を強制的に終わらせようとする。

 しかし、兵士は下がらず、迷うように言葉を探すと脈絡をすっ飛ばし、要点だけを口にした。


「お、大きな(つるぎ)が、魔獣の腹に突き刺さっていたのです!胴体には無数の切り傷が確認されっ、竜種の首は胴から切り飛ばされいましたっ!!」


 言い終えると書斎は急に静寂を取り戻す。

 頰に伝う汗を拭うことなく固唾を飲む兵士を、ブレロは目を丸くしながら実にゆっくりとした動作で向き直る。

 そして、何かを口にしようともごつかせるが、言葉が出ないことに諦め盛大に息を吐いた。


「フウウウウゥゥ。私としたことが、どうやら甘いものの取り過ぎで何やら幻聴を聞いてしまったらしい。ははは、魔獣の腹に剣が?………ぅ、うっはっはっはは」


「…、あは、あはは」


「「はっははははははっははははは」、そんな訳あるか愚か者があああああ!!!!」


「ヒィッ!」


 同調して笑う兵士にブレロは怒鳴り散らす。

 そんな戯言(たわごと)あるはずがない。

 こんな奴が曲がりなりにも兵士、それも同じ白の軍服を着た私の部下だと!?


「魔獣討伐における基礎知識を貴様は知らないとでも抜かすつもりか、この馬鹿者が!」


「じゅ、重々承知しておりますっ!」


「ならば貴様はアホにもその情報を鵜呑みにして、この私に口走ったと言うのか!」


「い、いえ、そのようなことは―――」


「―――ならば」


 と、ブレロは兵士の言い訳を途中で遮った。そして、汗でてかりを増す顔に皺を寄せブレロは兵士へ鋭い眼差しを向けた。


「その情報の確証たるや何をもって証明する。何を貴様は私に示すか、言ってみろ」


 ブレロの威圧に冷や汗を流す兵士は、よろけそうになる足に力を入れ直し、少しの間を取って渇く口を開いた。


「………、このじょ、情報は騎士団長殿から直接伺いました。そして、騎士団長殿の傍には、魔獣を討伐したと言う子供が捕えられておりました。わ、私は偶然にも、騎士団長殿とその子供の会話を耳にしており、確かにその子供はそう言っておりました。証言にあった通り、腹部に大剣の刀身が折れて突き刺さっていた事も騎士団長殿自らが確認し、その刀身を回収しておりました。……、以上が、私が信じるに足る情報の証明です」


「弱い。それを真に捉えるに足る根拠としては弱過ぎる」


 拳を握り、息を荒くして述べた兵士に向け、ブレロは低く唸るような声で残酷にそう告げた。

 しかし、「だが」と言って区切ると、それまでとは異なる満遍の笑みを浮かべて言葉を続けた。


「興味が湧いた。その(うそぶ)く子供を捕えたと言ったな」


「…!は、間違いありません。現在、騎士団長殿自らが取調室で事情聴取を行なっており―――」


「ウヒッ。では、行こう」


「は…、えと、どちらへ」


「私が直々にこの耳で聞いてやるのだ」


 いまいち理解が追いついていない兵士を尻目に、ブレロはどうしてそんなことが出来るのかというような足取りで巨体を揺らし、部屋を出て行ってしまった。

 静けさを再び取り戻した書斎に残された兵士は、姿を消した扉を眺めたまま茫然自失していた。



「不法入国?僕、難しいことわかんない(キャピッ)」


「え。なんだい、今のキャピッ、て?」


「いやだから。不法入国?僕、難しいことわかんない(キャピッ)」


「よし、決めた。カイラット、私と一緒にまずはこの子の取り調べだ。何か知っているやもしれん。それと、手の空いている者へ入国申請書類を持ってこさせろ」


「は。かしこまりました。しかし、なぜ私なのでしょうか?討伐隊メンバーでまずは情報機密をするべきでは?」


「カイラットの言う通りだ。しかし、そうもいかない事情が君にはあるようだ。それに、私一人であの子供の相手は、な」


「おっかしいなぁ。色気が足りなかったのかな?(きゃるん?きゅるん?バキューンっ?)」


「た、確かにその様ですね。ですが、私に事情があるとはどういう」


「不届き者を捕らえたのだが、君の名を大声で連呼してな。だから、その件もあって君を指名したのだ」


「私の、名を、ですか。あはは、は、いったいどこのバカなのでしょうね。あはは」


「そうだ。一つ留意して欲しいことがある」


「どのようなことでしょうか」


「もしかしたら、上の部署から厄介な奴が邪魔しにくるかも知れない。今回連行する二人から情報を聞き出したら、下手なことは口走らず穏便に済せることだけ考えろ」


「は。肝に命じておきます。上の部署、白服ですか」


「ああ、それも一番厄介な豚野郎がな」


「ちょっとちょっとおお、無視しないでよ!僕がせっかく頑張ってるのにっ!!ドラゴン倒したのだって、僕なんだから!」


「「あぁー、はいはい」」

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