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一章 8 『小悪魔、悪魔』

「なんで俺がお前を、学校まで連れていかなければならないんだよ ! 」


 日差しの強い朝だった。人通りは少ないものの、商人の声で活気づいている街をトモと紺色の髪、黒いドレスで飾られた大人びた少女メイリーは歩いていた。


 こうなったのは、フェルにメイリーを学校まで送ってと頼まれたからだ。トモは送ることに嫌気が差していたが、メイリーが学校に通っているということには安堵していた。年相応な部分が垣間見えたので。


「私まだ子供だし……やっぱお姉ちゃんには忠実なんだね」


「まあな。それより、例の『ロキ』について教えてもらいたいんだが。フェルとベルセルクの前じゃ言い難いんだろ ? 」


 メイリーは確言を避けている。昨晩の態度からはそう感じられた。


「外でする話じゃないわ。誰が聞きたいと思うそんな話。悪魔なんて不快極まりないもの。それとジグじいに釘を刺されているから」


「ジグロさんかよ」


 ジグロという名が出てくると、少女の甘い声に重みが乗る。乗るというより、乗せているといった方が正しいだろうそれは少女からのトモに向けた格言であったのだから。


「また今度、二人っきりのときならいいわ」


「おう、よろしく頼むぜ ! 」


「わかったわよ……二人っきりに食いついてくるかと思ったのに意外ね ! ? 」


「あいにく、ロリ属性はないんでな」


「……やっぱり、お姉ちゃんか……昨夜はどうだったの ? 」


「昨夜は ? ってなんだよ ! どういう教育を受けたら、そんなおませになるんだよ ! 」


「図星ね。私は、文字を教えてもらったのかって聞いているのよ。そういう答えが返ってくるトモ兄の方が変態だわ……」


「教えてもらってねえよ。あのなぁメイリー、お前昨日から変態しか言ってないよな……そんなんじゃこの俺、タノシタ・トモは落とせねぇぜ ! どんな先生に何を教えてもらってるかは知らねーけど」


 トモはため息の後、指を鳴らし、歯を出し、アイアムナンバーワンといわんばかりの決めポーズ。そんなトモを気にする様子もなく、


「トモ兄って残念で低俗で泥臭い田舎者。隣にいると穢されそうで、周囲が気の毒だわ」


「悪魔かよ……」


「…………」


 沈黙が訪れる。トモは、軽いノリで言ったのだが、「悪魔」というのは、この国における最低の表現とベルセルクに教えてもらっていた。そんな言葉を少女に掛けてしまったと気づいたときには遅かった。会話の流れは一言でひっくり返る。これで二度目。自覚はある。だから、沈黙は耐えれなかった。


「悪かった……」


「……そうそう、トモ兄が悪いのよ。急に悪魔なんて言うから驚いたわ……」


 メイリーは目を白黒させる。あのメイリーがたった一つの単語に干渉され狼狽しているのだ。トモは、次の言葉が出てこなかった。


 ギクシャクしている。そんな雰囲気を消し去ろうとメイリーが口を開く。


「……トモ兄って髪と目の色以外何の特徴もないわ」


 どうでもいいことだった。どうでもいいことにしか聞こえなかった。


「……ああ、俺 ? 実は俺、富士額なんだよ。髪長くてわかんなかったと思うけど」


 トモは、前髪を手で上げてメイリーに見せる。隣にいるのに、さっきから目を合わせられない。


「……ベル兄にでも切ってもらうべきだわ」


 トモとしては、ここを「富士額ってMじゃないの ? 」と言ってもらい、「こう見えて俺はSだ。Mって……サイヤの王子みたいになるわけないだろ ! 」と切り返すのが理想だった。トモの故郷が誇る野菜の戦士の話に繋がれば、もう少し時間が稼げたものの出てきたのはベルセルク。


「ベルセルクか……」


「ベル兄器用だから」


「だな ! 」


 トモは、ベルセルクのマネをするも思いっきり空振り、会話は途切れた。


 街は、朝とはいえ商人の声があちらこちらから聞こえてくる。しかし、二人の間には沈黙が生まれてしまった。


 沈黙は続き、暫く歩いたところで、メイリーがトモの手を握ってきたがトモは横を見ることが出来ない。小さな手だった。


「小悪魔って言って欲しかったなぁ」


 少女が急に小さな声で呟いた。


「う、うん」


 メイリーらしいことを言ってきたが、今のトモにツッコミを入れることは出来なかった。


「あのさ、トモ兄。さっきからどこ見てるの ? トモ兄はさ、他人の目を気にしすぎだわ。元々のトモ兄は知らないけど、なんだか一番見なきゃいけない足元が見えていない。もしもそれが私のせいだったら、ちゃんと叱ってよ。私ね、トモ兄が来てくれて嬉しかったんだから。私の期待に応えてよ」


「元々の俺か……俺は、自信過剰で望みだけが先走りして、無知で無力なくせにプライドがあって…… ! ! 」


「ねえ、どこ見て喋ってるのよ ! これだからトモ兄は……二人で歩いてるんだからもうちょっとまともな答えを返すべきだわ」


「……」


「もう、何考えてるの……トモ兄ー ! 聞こえてるー ? 」


「あのな、メイリー……悪魔に殺されかけるわ、フェルに脅されるわ、ベルセルクには何もかなわんや、俺は、気を張ってねえとこの世界で生きていけねえんだよ……人の目を気にするな ? 唯一の精霊使いかなんかの才があるからってチヤホヤされて、自分のわがままはなんでも聞いてもらえるお嬢様のお前に何がわかる ! 一つとて上手くいかない俺の気持ちがわかるのか ! 」


 トモは、メイリーの手を離した。というより、するりと抜けた。


「急に何よ……トモ兄の気持ちなんてわからない。もっと馬鹿で鈍感な人かと思ってたわ。期待外れね」


「あぁ ? 期待外れ ? なんで俺がお前の期待に応えなければいけない ? 俺は、フェルがいればそれでいいんだ。フェルの信頼を勝ち取って、本当の笑顔を見れればそれで……俺はこの世界に来て、全てを拾う力はないと思い知った。俺の理想や妄想は、所詮、理想や妄想止まりだと短期間で思い知らされたんだ ! だけど、フェルは、フェルだけは拾う……メイリー……悪いが俺の手は片手たりとも空いていないんだ……」


「そ、そう……わかったわ、私が悪かった。じゃあ、もう学校に着いたから……送ってくれてありがとう」


 メイリーは、小走りで周囲の風景に馴染んでいない赤レンガ造りの屋敷に入っていった。

 トモは上着のポケットに手を突っ込みながら、少女が屋敷に入っていくのを凝視していた。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 トモはメイリーと別れ、来た道を引き返していた。来た道といっても一本道のメインストリート。迷うことはない。背中側には城が聳え立っている。聳え立つといっても遥か遠くにだ。山が近くにあるようで遠いのと同じ原理である。


「確かここらで」


 ポケットの中で少し熱を帯びている石を転がしながら歩く。入っているのは、一粒の火の魔石。今朝『レイン』の物置から取ってきたものだ。ポケットを叩くと火達磨になるであろう代物である。二つに増えたりはしない。


 そのとき、「キャーーー ! 」賑やかな街に響く女性の叫び声。


 その声が、号令になったかのように人々が波になってトモの方へと押し寄せてくる。


 逃げようとして背中を向けたとき、一人の男がトモに転げるように、縋るようにしがみついてきた。


「なぁ、あんた『レイン』の店員だよなぁ……悪魔だ、悪魔 ! 悪魔が出たんだ ! 俺の息子と妻ががあっちにいるんだよ、このままじゃ殺されちまう ! お願いだぁ助けてくれ。お願いします ! お願いしますぅ」


 腰に剣をつけた四十半ばくらいの男が必死になって頼んでくる。服装だけが整っている少年が無力だとも知らずに縋る男が哀れである。


「腰の剣を……それと、安心しないでください」


 トモは、剣を貰い再び歩き出す。人の波が裂けてゆく。一人、自分たちとは反対方向に向かうタキシードを着た少年に期待の目を持って。


 人々が走り去り閑散とした街並み。そこに立っていたのは、忌々しい悪魔である。が、路地裏で出会ったやつとは様子が違う。灰色の肌がボロボロと焼け落ちていくのだ。


「かなり弱ってねえか ? 日光に弱いとかあるのか ? あの男の言っていた、息子と妻ってのはいないな。くそっ、もう一体は、どこにいやがる ! 」


 トモは、メイリー送迎中に物陰から放たれた異質な目線を察知していた。目を見ればわかるという類の察知の仕方だ。結果、一つは目の前にいる悪魔のもの。となると、もう一つも悪魔のもの。直感的ではあるが間違いではなかった。だが、そのもう一つが未だ見つからない。


 トモは焦っていた。自身の無力さ。無力をさらけ出して縋ってくる男。メイリー。全てがトモを感情的にし、ここまで連れてきた。早い段階で気づいていたものの、勝つための算段を立ててここに立っている訳ではない。


「なんで、俺が……」


 手に握っていた剣を見下ろす。汗ばんだ手で握っているそれは安物の金属でできた粗悪品。剣とは思えないほど軽いが今にも手から抜け落ちそうだ。


「どうにでもなれよ。おぉぉぉぉ ! ! 」


 もう一体がいる。前かもしれないし、右、左、後ろかもしれない。上か下の場合だってある。とにかく今は、目の前の弱っている一体を早急に片付けなくてはいけない。感情を殺して前に進むほかなかった。


 トモは雄叫びをあげながら走り、剣を振り抜く。


 カランッ……


 軽快な金属音と共に断末魔の叫びが静かな街に鳴り響いた。


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