一章 7 『トモ=無力』
歓迎会ということで、全員の視線がトモに向いた中、ナイフとフォークをうまく使えず辱めを受けた食事が終わった。
トモの家ー田下家では、ナイフを使うような料理が出たことがない。そもそも食事用のナイフがあったかすら定かでない。なんとなくで使えると思っていたトモだったが、全くだった。そんな訳で、無駄に器用で何でもできてしまうタノシタ・トモの完全上位互換ベルセルクにこっそり「箸」をオーダーメイド。
トモ自身、自分は割となんでもできて器用貧乏だと思っていたが、ベルセルクを見て考えを即座に払拭した。
因みに、熊に引き裂かれたパーカーも頼んでおいた。異世界に来たときに血や泥が付着していなかったのが謎を深めている服だ。
「適性診断〜 ! 全員集合 ! 」
片付けが終わったテーブルを前にして、フェルが明るく美しい声で呼びかける。
食事中、トモのエナが無限という事実が表に出たので、食事が終わりしだい、トモの魔法適性を調べることになっていたのだ。
「適性って言われると、高校のときの適性調査を思い出すな……」
都会進出希望なのに農家血統が証明された適性調査がフラッシュバックした。
「何かあった ? 」
「いや、何も……」
魔法適性とは、その名の通り、魔法の適性があるかだ。この世界における魔法はどうやら術式や詠唱をひたむきに覚えれば使えるわけではないらしい。つまり、先天的なものがないと魔法は扱えない。
「それじゃあトモ、始めよっか。調べる方法はね、メイリーの力を借りるの。メイリーは、精霊使いよ。世界で確認されている精霊使いは一人だけ。そう、メイリーがその一人なの ! 」
フェルは、嬉しそうにメイリーを紹介する。それに対してメイリーは、フンと鼻を鳴らすような仕草をする。
「メイリー、お前オンリーワンなのか ! 因みに俺は、ロンリーワンだったぜ」
トモは人差し指を立て、歯を出して決めポーズ。
「苦労してきたんだな、相棒……」
なんとなくだが意味をくみ取ったベルセルクはトモの肩に手を掛ける。
「……お兄さんそれは、かっこつけて言うことでも、自信を持って言うことでもないわ。でも、私がオンリーワンなのは確かなのよ。それに、私の力が無いと、魔法適性は調べられないわ。感謝してよね。やり方だけど、お姉ちゃんで見せてあげるわ」
メイリーがそう言うと、白く光る球体がフェルの目の前に現れた。光る球体はフェルの周りを回り始める。するとどうだろう、白く光っていた球体が色を持ち始めたではないか。暫く回って、最初の位置に止まった球体は、四色に光り輝いている。
「はい、完成。魔法適性は無色の精霊がエナを吸ってどの属性に染まるかで調べるの。因みに一般的なやり方は、魔石だわ。お姉ちゃんの場合、地・水・風・火の四種類。属性はこの四つに光と闇を足して、六種類。四つ使えるお姉ちゃんは人の域を超えていると言えるわ」
「今しれっと、一般的には魔石でできるって言ったよな……で、フェルは人の域を超えている ! ? 馬鹿強くても可愛いから許す ! それにしても緑っぽい色が多くないか ? 次に青で地球を思い出す配色だなー」
「ちきゅうってのがよくわかんないけど、お兄さんわりにはいい発見だわ。お姉ちゃんはフーラの使いすぎだわ。フーラは、風属性派生型の転移魔法でエナの消費が激しいわ。本には、『ロプト・ロニル・ロキ』が開発した魔法と書いてあったはず。青は治癒魔法よ」
「私もなんで使えるのかわからないの」
「緊急事態以外は使わないことよ」
メイリーに指摘され、フェルはふてくされた顔をしている。といえども、メイリーは見た目、十歳くらいのロリ。手足は伸びきっておらず、身長は座っているトモといい勝負。大人びた格好をしているので目に映る彼女には、かなりの補正がかかっているがこのやり取りが成り立っているのが不思議である。
「『ロプト・ロニル・ロキ』か……それじゃあ俺のも調べてくれ。ひとつ言っとくが、メイリー、俺は六色に光って神の域なんて言われても嬉しくねぇからな」
少々、生意気なメイリーには先手を打っておいたが自信はある。何たって、マジックポイントにあたるエナがプレゼントされているのに、魔法が使えないのは幾ら何でもコメディだからだ。勝手な推測だが、この世界のシリアス具合からして、それはないと思われる。
「トモ兄に限ってそんなことはないわ……」
エナが無限ということもあって、可能性を捨てきれないメイリーは、強気のトモに動揺している。
「今、トモ兄って言った ? 言ったよな ! ? 」
「からかうんじゃないわ ! ちょっと間違えただけよ。見てなさい ! 」
動揺を隠し切れないメイリーへの次の一手を考えていると、さっきと同様、白く光る球体が現れ、トモの周りを回り始める。が、色を付け…………ない ?
「む、無色ってなんだ ? 」
「はいおめでとう、トモ兄。魔法適性無しだわ。エナが無限の木偶の坊ね」
「期待した俺が馬鹿だったよ……」
メイリーの嬉しそうな態度を見て、トモは肩を落とす。
「ごめんね、トモ。私も悪魔と戦ったときからなんとなく、わかっていたの。だけどなかなか言い出せなくて……トモにはトモの出来ることをやればいいの。戦えなんて言わないわ。そばに居てくれるだけで十分だから」
湯船に浸かりながら、ため息をこぼす。フェルの意味深発言を聞いてから、風呂に直行した。意味深発言でありながら、フォローでもあり、戦力外通告でもある。この世界が理想と異なるということは既知であったが、今回の適性調査は流石に応えた。あれだけ振っておいて、期待させといて、無力と知ったとき、どの世界でも敗者なんだと自己憐憫に陥った。
暮らしている人数の比に合わないくらい広い風呂だった。田下家の薪で焚く風呂とは大違いの大きな浴槽の中心で一人湯気に紛れていると、
「トモ入っていい ? 」
脱衣所から高い声が聞こえてきた。
ーーん ? ってまじか、まじか ! なんだよこの急展開 ! 二日目にしてこんなことがあっていいのかよ ! 一度だけやったことのあるエロゲーでは確か……
パソコンが共有ということで、親に即バレしたエロゲー。思い出したくもないが、今回は参考にさせてもらうつもりだ。
キィィと音を立てて風呂への扉は開かれた。
ーーガチで入ってきたじゃねえか ! もしかして、俺を慰めようとして……フェル、君はなんていい子なんだ。本来ならもっと段階を踏んで……いや、流石のフェルでもわかっていて入ってきている筈。となると、追い返すのも……仕方がない
「お父さん、お母さん、俺は二日目にして男になります。どうかお許しを。これが最後の報告になるかもしれません。それも、どうかお許しを」
湯けむりの向こうにフェルがいる。だが延々と立ち上がる白い水蒸気の塊がその姿を見せまいと妨害する。
トモが、
ーー自分からアプローチしてやる !
と思った矢先に煙が動いた。
ーー背後に回ったな。やっぱ、恥ずかしいのか……
トモは中心で背を向けながら待った。すると、
ドッボーンと凄まじい飛沫を上げて彼女は入ってきた。
ーーときに天真爛漫のフェルだ飛沫くらい気にすることでない。これは試練だ。振り向いてはいけない ! 待つんだ、落ち着けー
音が近い。ーーこの音はフェルの生脚ーふとももが湯を切る音だろう。波がトモの背中にぶつかる。つまり、ーーもう後ろにいる !
「ごめんなさいね」
「全然気にすることはないさ、フェ……」
トモは振り向く。そこに立っていたのは、お湯にしっとりと濡れた……
「このくそクマぁ ! 」
湯けむりプロレスが始まった。
「なあベルセルク、風呂入ったら縮まねぇか ? それより、俺はずっと中の人がいるのかと……」
二人は、男同士裸の付き合い ? ーフロレスを終わらせて今に至る。断じて風呂を抜くということではない。
「何を言ってるんだな ? なあ相棒、おいらだって軽い治癒魔法しか使えねぇんだな。だから、悲しむことはないんだな。武術でもいいんなら、明日の朝、店の前で待ってるんだな。じゃ、あがる。のぼせたんだな」
「それが言いたかったのか。ああ、考えとく。っておいベルセルク ! 」
ベルセルクは湯の中に沈んでいく。
「お風呂は苦手なんだな……」
トモは、お湯を吸って重くなったベルセルクを背負って風呂を出た。その姿は濡れて使えなくなった商売道具を背負って退場する中の人のようだった。
「浸かりすぎたか……」
ベットでのびるトモは茹で上がったタコのように真っ赤になっていた。ベルセルクとのプロレスもあって疲れていたのだろう、フェルとの約束を思い出すこともなく眠りに落ちた。
窓から光が差し込んで眩しい。
「もう朝か……」
ベルセルクとの約束を思い出す。
「別にいいや。フェルも無理に戦わないでいいって言ってたし。そんじゃ今日も今の俺に出来ることだけ頑張りますか」
『レイン』二日目の朝。外は快晴だった。