一章 6 『トモ=無限』
オープンの看板をひっくり返す。
「はぁー、終わったーーー接客業って思ったよりきついな」
トモとしては、静かな空間を紅茶と共に楽しむカフェテリアを想像していたが、『レイン』は違った。フェルやベルセルクは、お客さんと和やかな会話を楽しんでいるし、何だか街に寄り添うみたいな感じだ。トモはどうだったかというと、少し天気の話をしたくらいだ。得意の野菜系統の与太話で野菜の名前を全て一文字外したのは無しとして。
「疲れたし、部屋に戻って一服するか」
トモの部屋は二階に上がって一番奥まで進んで左。『レイン』に連れてこられたときに寝かさせられていた部屋だ。
因みに、部屋は六つある。階段を上って手前、左手側が、ジグロさんの部屋。実を言うと気になって入ろうとしたのだが鍵がかかっていて入れなかった。
真ん中、左手側がベルセルク。右手側にも住んでいる人がいるそうだ。フェルいわく会ってみてのお楽しみだとか……
そして奥の左手側がトモの部屋、右手側つまり正面にフェルの部屋だ ! ベルセルクが隣なのはよしとして、正面にフェルがいることが最高だ。朝起きて部屋を出るとばったりみたいなシチュが脳内で完成する。
部屋に入ると、
「あれっ ? ソファーがない。」
無くなったソファーの代わりにベットと机が置いてある。
「ベットはいいとして、机……」
机の上に積み上がっている本にハッとする。
「そういえば、この世界の文字読めないんだったー」
これまで、話が通じていたので言語的な問題は無いと思っていたが、フェルに渡されたメニューで突如、言語の壁が立ちふさがった。この本は、勉強しろということだろう。出来ればフェルに教えてもらいたいところだ。しかし、今日は迷惑をかけすぎた。何度も同じミスをしたときのフェルの仏頂面を見飽きるまではやってしまいそうだが……
「おーい、相棒、下来いってんだな」
今日一日を通して、トモは何故か、ベルセルクに相棒と呼ばれるようになってしまった。ーー親密度をぐっと上げるイベントはなかったと思われるが……
階下に着くとフェルとベルセルクが夕食の支度をしていた。
「ごめん、今すぐ手伝うから。」
「トモはいいのそこに座ってて、それじゃあ、今日はトモの歓迎会をしまーす。はい拍手」
フェルが拍手を呼びかけたものの、ベルセルクは料理中で手が離せないらしい。結局拍手をしたのは二人だけだった。何だか田下家のようだ。
「もしかしてだけど、フェル……俺の部屋にベットと机を設置した ? ベルセルクは、下で働いていたから一人で……」
「うん。そーだよー。机の上の本に気づいた ? 私が文字を教えてあげるからね」
悪い予感が的中した。今日一日、フェルがフライパンを握ったのを見てない。お茶はいれれるようだが……つまり、いやこれは確定したわけではないが、彼女は力仕事が得意 ! 多分料理スキルはゼロ !
「何でも力任せでこなしちゃうもんな……こんなに可愛い顔をしてるのに、ちょっと脳筋な部分もあるんだよな……」
「トモ、さっきから頭を抱えて何ぼそぼそ言ってんの ? 考え事 ? なんかあるならちゃんと言ってね」
「そうそう、フェルが文字を教えてくれるんだよね。いやー嬉しいなー」
「私も頑張るから。トモ、今夜は眠らせないよ」
とんでもないのが返ってきた。不意打ち天使の天然パンチ(不天天拳)がクリティカルヒットしたトモは、顔を紅潮させる。
「まあまあ、二人とも席につくんだな。相棒、勘違いしちゃ駄目なんだな。姫は朝まで文字の勉強を付き合うって意味であんなことを言ったんだな。たぶん、机に縛られるんだな。」
「ナイスフォロー、ベルセルク ! お前がいなかったら一発 K.O.だったぜ」
ーーフェルのことだ。ベルセルクの言った通りである。縛るという単語が聞き捨てならなかったが……誰にでもこんな態度をとるもんなら同じ屋根の下で暮らす者として心配だ……
と思っていると、目の前に料理が並べられた。
ステーキにサラダ、スープにスライスしてある固めのパン。そして、盛り付けがオシャレ。卓上に並べられた食事は、高級レストランで出される類と変わりないだろう。トモにとって高級レストランなんて想像上のものだが……
ーーというか、ベルセルク料理上手すぎだろ !
「トモ、まだ食べちゃダメだよ。もう一人がもうすぐ帰ってくるから」
正面から注意を受けてトモは料理から目を離す。因みに、席の配置は部屋の位置と同じだ。斜め前の人を待っているのだろう。ここでイケメンに登場されると終わる。始まったばかりの異世界生活が揺らいでしまうのだたった一人のイケメンで。
「女の子がいいなー」
トモが女の子がいいな発言をした瞬間、店のドアが開いたときになるカランカランという音がした。
「何だ、ロリか」
トモは、ぼそっと呟き一安心。
「ねえ、お姉ちゃんこの人何なの ? 何だか不快なんだけど。変なこととかされてない ? 襲われたりとか」
店に入ってきたのは、紺色の髪の女の子。年齢は十二歳くらいに見えるが黒いドレスを着こなしていてとても上品、かつ落ち着いている印象である。花だったら紫陽花がお似合いの少女だ。
「見掛けに相反していきなりとんでもないことを言うな。どんな育ちをしてきたんだか、親の顔が見たいぜ。あと、俺の名はタノシタ・トモ。昨日からここにお世話になってる。……昨日からだから俺のこと知ってたりする ? 」
こんな小さい女の子に言い返すのは、トモ自身いけ好かないが、少女の言っときながらあなたとは関係を持ちたくないわ、と言わんばかりのすました顔を見ていると言い返すほかなかった。
「お兄さんそれはタブーよ。どこの田舎者かしら。まず、親のことを聞くなんて死んだ方がいいわ。次に名前、名前はその人の唯一の証明となることがあるの。知らない相手に簡単に名乗らない方がいいわ。名前は、記憶と結びつく。名前を奪う呪文もあると聞いたことがあるわ。でも、今のであなたが名前を奪われたような世間知らず、もしくは相当なバカとわかって安心したから、私の名前教えてあげるわ。私の名前はメイリー。これ以上は言うこともないわ」
見た目からは想像出来ないくらいの辛口コメントに罵倒され、トモは一瞬狼狽するが負けじと、
「それは悪かった。世間知らずは認めてやるけど、相当なバカではないぜ。お嬢ちゃんには負けませんよ」
「わかったわ。変態なのね。ねえ、お姉ちゃんなんでこんな人匿ってたの。一言くらい言ってよ ! エナが溢れているから ? ジグじいはどこに行ったの ? 」
メイリーは不満げな顔をしている。
トモは、くんかくんかと腕の匂いを嗅いで困った顔でベルセルクを見る。ベルセルクはやれやれという態度だ。
「ごめんねメイリー。トモは大丈夫だから。じーは、調べ物があるって言って出て行ったそうよ」
「俺ってそんなにヤバイ ? 」
「ふーん、それでこの人は、ジグじいの代わりになるの ? 」
完全に無視だ。
「……」
「ほら、ベルの作った料理が冷めちゃうじゃない。話は食事中でもできるからもう食べよ」
「そうなんだな。食べるんだな」
沈黙の後、フェルの一言で食事が始まった。
トモは、三人がナイフで料理に切れ込みを入れる前に切り込んでいく。
「なあ、俺って何かしらの素質があったりする ? 」
ーー悪魔のお前は恵まれている発言、メイリーの溢れるエナ、エナというものが体臭でないことは確認済み。そして、ジグロさんの代わりになる発言。トモは、これらの証言から、自分はこの世界に来る際に何かしらを貰っているという確証を得た。
フェルとベルセルクが目配せをする。
「私が責任をもって話すわ。まず、ここ『レイン』はカフェテリアの仕事と並行して、街を守る仕事もしているの。そして、トモはエナの溢れる異質の存在よ」
「なるほど。それで、フェルは悪魔と……同時に俺がなんか特別なのがわかったけど、エナとは ? 」
シンプルな疑問だ。目に見えないものだ直感的にわかるが。
「エナは魔法を詠唱するときに必要なエネルギーだよ。生命活動にも使われるからみんなが持ってる。だけどトモは量がおかしいの、私が思うにトモのエナは無限……こんなエナの持ち主見たことがないわ。心当たりとかある ? 」
「あー、俺の故郷でいうマジックポイントってやつか。心当たり ? うーん、あるような、ないような。やっぱない。それより、溢れててもいいのか ? そのエナってのは」
異世界に来る過程に決まっているのだが、誰から貰ったのかは未だに謎だ。容疑者ベルセルクは今日一日を通して違うとわかった。心当たりは、ありありだが、あるかもしれないペナルティを避けるためにトモは、転移してきたということを告げなかった。杞憂かもしれないが、念には念をだ。
「大丈夫だと思うけど……どう思う、メイリー ? 」
突然会話を振られたメイリーは驚いた顔をする。
トモは、そこメイリーに聞くか ! ? と思っていると、
「う、うん。えっと、多分、変態なのよ。ここまでのエナはあの狂人大魔法使いでも持ってないのよ。……もう人じゃなかったわ」とのコメント。
メイリーにこれ以上の無知を晒したくなかったが、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥という言葉を頼りとして、
「その狂人なんちゃらとは ? 」と聞いた。
案の定、メイリーに無知を侮辱されたが、一つ知識を得た。
「上位悪魔『風の座』ロキ」のことを。