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一章 5 『帰宅』

 脳が、身体が働き始める。硬いものに座っているーー尻から伝わってくる。いい匂いがする。ーー鼻からだ。そして脳からゴーサイン。

 トモは重い瞼をゆっくりと開く。

 光が差し込んでくる。柔らかな光であるが、暗闇の中にずっと閉じこめられていたトモにとってはかなりの刺激物だった。


「トモ ! 」

「よかったんだな」

「馬鹿 ! 」


 目の前はフラッシュ。だが、声は届いている。どの声も懐かしく聞こえた。そして、優しかった。

 一面真っ白の景色にだんだん色が塗られていく。


「ただいま」


 これにてトモの、『レイン』への帰宅が完了した。



「トモ来て」


 フェルに呼ばれたトモは席を立ち、足下を確かめるかのようにして慎重に歩く。

 そんなトモをフェルが抱きしめる。

 脳の処理が追いつかず、あたふたするトモに対して、

「よかった、本当によかった」

 とフェルは涙目で安堵する。

 脳が追いついて、三人のいる場所に、『レイン』に帰ってこれてよかったと思うばかりだった。



 食事中の話は必然の流れでトモについてだ。


「相棒は剣で一体目をやっつけたんだな ? 」


「まあ、そんなところ。初期装備みたいないかにも粗悪な剣だったけど、どうにか」

「どうして逃げなかったの ? 戦う必要はないって言ったよね ! 」


 フェルが強い口調であたってくる。


「波のゆくさきといいますか、心境的な意味で」

「何言ってるの ! 死んだらどうするの ! 」


 トモ自身死というものに敏感だ。だが、今日は考える以上に動かなければ先はなかった。悪手だったとしても本能に従ったまでなので仕方がない。


「姫、生きてるからいいんだな。今、相棒を責めるのはかわいそうなんだな。多分、逃げれなかったんだな」


「むぅ、わかったわよ」


 フェルは頬を膨らます。


「なあ、相棒。どうして地面を転がってたんだな ? 魔法でもかけられたんだな ? 」


 思い出したくない。奥底に封じ込めたはずの何かが出てこようとしている。

 トモはその何かを拒絶した。


「悪いベルセルク、わからない」

「別に悪くないんだな」


「それよりさ、火の魔石に関して教えてくれない ? 悪魔に対して投げたんだけど全然効果がなくて」

「ちょっと、トモ ! 使い方も知らないのに魔石を使ったの ! ? 」


 フェルは机を両手で叩き、立ち上がる。


「ああ……」


「姫の言いたいことはわかるけど、相棒は『レイン』の魔石を持ち出したんだな ? 」


「そうだけど……」


「あれは調理用で、純度が低くて小さいから火種くらいにしかならないんだな。火の魔石は、純度が高くなるほど高温で、大きさが大きいほど、巨大な炎になるんだな」


「なるほど。もう一つ、悪魔に相対したとき、悪魔がかなり弱ってたといいますか、ボロボロだったことに関して。悪魔って結構陰キャ的なーー日光当たったら死んじゃいますみたいな感じだったりする ? 」

「悪魔が弱ってたから自分でも勝てると思って突っ込んだの ! ? 」


「そうじゃないってさっき言ってたんだな」


 またもベルセルクがフェルを止める。


「ほう、ベルセルク、よくわかってるな。俺たちは、相棒を超える馬合棒かもしれないぞ」


「ウマイボウって何なんだな ? でも少し嬉しいんだな。それじゃあ、さっきの質問に答えるんだな」

「待ってベル ! 私にだって答えられるんだから」


 フェルは再度立ち上がる。腕を組んでエッヘン状態である。


「この国には……たぶん結界が張られてるの。それがたぶん、悪魔に影響を与えてる。あと、結界は城から貼られてると思うの」


「やる気の割に、たぶんや思うを重ね重ね使ってますけど……」


「確証がない……言ってしまえば、おいらたちの経験に基づく予想なんだな」


「なるほどー」


「そうだ姫、下位悪魔が主人がいる的なことを言ってたんだな」

「何でそれを早いうちに言わなかったの ! 」


 フェルとベルセルクが情報共有を始める。



「そうだ、メイ……」

「私、食べ終わったからもう上がるわ。ごちそうさま」


 メイリーは食器を机から片付けて、部屋へ帰ってしまった。

 フェルとベルセルクは、話に夢中で大して気にしていない。


 トモは、野菜がゴロゴロと入ったスープを掻き込み急いで食事を終える。


「俺、もう行く。ごちそうさま」


 口にものを入れたまま、声にならない声と共に合掌し、急ぎで食器を片付ける。


 階段を駆け上がる。少女の「期待してたのに」という小さな小さな呟きが心の中で谺する。


「まさか、自殺とかしてねえよな……」


 トモは、メイリーの部屋の前に立ち深呼吸。

 重く感じるドアを叩き、恐る恐る開く。


「いない ! ? おい、メイリー ! メイ、ヴぉぉぉ」


 廊下側から突風が起こり、トモの身体はいとも簡単に投げ飛ばされる。

 幸運なことに投げ飛ばされた先にはベッドがあり、このままいけば、美しいベッドダイブが決まる。付け足して、この部屋にはベッドと高く積み重ねられた本しかない。もしも、机や本棚があったなら角に頭をぶつけてENDもある。メイリーがミニマリストで助かったといったところだ。

 風によって積み重ねられた本が倒れパラパラと音を立ててページがめくれる。


 もうすぐでベッドインというとき、ベッド側から風が吹き荒れる。

「ふごぁぁあああ」


 まさに人間ピンボール。フリッパーに打ち返されたようにトモは吹き飛ぶ。そして、ベルセルクの部屋のドアに激突。


「痛ぁ」

「ベッドに入れるなんて望みが叶うわけないわ。汗臭いもの」


 ドアの後ろに隠れていたメイリーが出てくる。


「私、お風呂に入るわ。入ってきたら殺すから」

「鶴の恩返し的なこと言うなよ」

「ん ! 」

「すみません……」

「あと、本を整頓しといて。毛の一本でも落としたら殺すから」

「……それは冗談ですよね ! ? 」


 メイリーは、無言のまま階段を降りていった。


「やられたな……」


 トモは、床に散らばった本を拾う。改めて、本とベッド以外何もないこの部屋を異質に思う。


「なるほどな……で、どんな本を読んでんだか」


 表紙に目を通すが全て横文字で何が書いてあるのかさっぱりだ。それに、どの本も分厚い。トモが読んできたような薄い本は存在しない。つまり、屋敷しもべ妖精さんが出てくる本、もしくはそれ以上の大きさのものしかない。


「横文字で分厚いって可哀想に」


 この世界における文字は縦文字と横文字。例えるなら、ひらかなと英語。日本人を基準としてだ。フェルいわく、横文字の識字率は大人でも五十パーセントくらい。難しい本にしか使われないそうだ。


 幼い女の子がこんな本を読んでいる。文字を読めないトモ自身が情けないと思う以上にメイリーが可哀想に思える。年齢的に、ぬいぐるみの一つや二つあってもおかしくないだろうに……


「まだいたの……」

 寝巻きに着替えたメイリーが立っていた。寝巻きは、歳相応。普段の態度や部屋からは想像できないほどに……下ろされた紺色の髪はびっしょり濡れている。


「早いな……髪、ちゃんと乾かさないと風邪ひくぞ」


 トモは優しく注意するも、メイリーは入口のドアを指さし硬直する。


「わかった。わかった。風呂入りますよ」


 トモは部屋に戻り、下着を選ぶ。

 下着が一枚ずつでは流石にやっていけないので、ベルセルクに何枚か作ってもらった。


「ベルセルクほんと優秀だよなー。さて今宵は、赤にするか、青にするか……」

「青にするべきだわ」

「おお、青か。じゃあ今宵は青に、って何でいるんだよ ! 」


 振り返ると、メイリーは風を起こし髪を乾かしている。髪から飛んでゆく水滴は、全てベッドに吸収されていく。

「ギョォォオーーーー ! ? 」

「何か ? 」

「変な声出たじゃねえか ! 魚の被り物した人の気持ちが少しわかったわ。何かじゃねえだろ、止めろ ! 」

「止めろって言ったら」

「はいはい、殺すんでしょ。お前なあ」

「さっきから、殺すしか言ってないよな……そんなんじゃこの俺とか言ったら殺すから」


 トモは無言で部屋を出た。



「今夜は、フェルに文字でも教えてもらうか。あれっ ? 開かない」


 風呂から上がり、入ろうとしたトモだがドアが開かない。

「さては……」


「いらっしゃい」


 メイリーの部屋に行くと、少女はベッドの上で横になっていた。無駄に艷麗である。


 風呂に入るだけでいいほどこのロリは、単純じゃない。そう思いながらも部屋の中央まで進む。


「お前だなメイリー」


 風が吹き、髪の毛が落ちる。髪をすかれた。


「髪、落ちたわ」

 殺気を感じる。忠告を破ったため、殺戮マシーンにでもなるのだろうか……

「わかったぜ、お前『ロキ』だろ ! 」


 ロキといえば、悪戯好き、変身可能のトリックスターというイメージがある。ロリとロキは少し似ている。


「……はぁ、興ざめ。ちょっと揶揄っただけじゃない」


「風の魔法しか使わないから、トリプルRの『風の座』かと。ほら、リデュース・リユース・リサイクル省エネタイプのサイクロン ! 」


 足下でちいさな竜巻が起こり、落ちた髪の毛が空中で集められる。


「私は、魔法を使えないわ。使っているのは精霊術。それと、『ロキ』は魔法における全属性を世界で一番最初に極めたものよ」


 髪の毛が竜巻と共に消える。


「ふーん、じゃあ、俺と同じで」

「一緒にしないで ! 『ロキ』については、これ以上教えない。教える意味がないから」


「そうだよな……ごめんなメイリー。酷いことを言った挙句、一人で危険を冒して……」


「気づいてたんでしょ……何で私に言ってくれなかったの」


「お前に戦わせたくなかった」


「私の方が強いってことがわからないの ? 悪魔くらい……」

「違う ! お前は殺したことがあるのか ! 断末魔の叫びを聞いたことがあるのか ! 」


「ないわよ」

「なくてよかったよ……」


 トモは、胸を撫で下ろす。


「今日のことは悪いが忘れてくれ。ちゃんと筋トレをして……」

「馬鹿 ! ! 忘れられるわけがないじゃない ! 筋肉がつけば勝てると思ってるの……」

「ああ、強くならなきゃいけないんだ。お前らが俺を大切にしてくれるように、俺もお前らが大切なんだ。頼む。わかってくれ」

「本当に馬鹿。カッコつける必要はないのに……もう、文字だけ教えるから、勝手にするといいわ ! 」

「ありがとな」

「……追いかけてきてくれて嬉しかった。強くなるまでは私たちを頼って。死なれたら困るの。約束」


 メイリーと小指を結ぶ。小さくて簡単に壊れてしまいそうな細い指。強がる必要がないのに虚勢を張る少女を救いたい。救わなければと思った。




 メイリーに文字を教えてもらった。縦文字は完璧。日本語と発音は同じなので、ひらかなの形が変わっただけ。これで、明日からの仕事は多少スムーズにいくかもしれない。

 何より、メイリーとの危うかった繋がりが深まったことがよかった。それに尽きる。




 トモは、ベッドに入る。まだしっとりと湿っていて、ほんのりと甘い香りがする。いい匂いだ。


 枕の下から、ちぎられた本の切れ端が出てきた。縦文字が並んでいる。

「いい匂いがすると思ったら殺すから」か……


「適わないな……」


 トモは一人ベッドで笑うのだった。





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